第7話

僕は確信にふれることもできず、ただ会話を続けていった。

司はいろいろ報告してくれた。

素人の僕を相手に自分のやってることを、慎重に言葉を選んでゆっくりと。

司のその言葉の選び方にも僕はいちいち司を確認してた。

その言葉だけで、時間が埋る気がしてた。

目の前にいるのに実体がない司が、だんだんカタチになってく。

こんなヘンなこと、本人には言える訳ではなかったけれど。

「なんか俺ばっか話してない?」

「そんなことないんじゃない?」

僕は相槌を打ってるだけだけどね。本当は。

「でも、中原の仕事と俺の仕事は本当に対照的だよね」

「理系と文系って差があるからね。そもそも」

「いや俺のやってることは、あることでしかないんだよ。中原はないことを仕事にしてる。その目でしか見えないものを皆に見せてるんだ」

僕は笑った

「それはウソっていうんだよ。ヨノナカ的には」

「皆が幸せになるんだからいいんじゃないか?事実が全て幸せな訳じゃない」

「司がやってることは人類の役にたつじゃないか。ヒトゲノムの解析が社会の発展の方向性を変えるってどっかに書いてあった」

「1分1秒で特許とりあって、利権争いしてるんだぜ?その為に俺らは夜も昼もない生活。なんだかそんな気はしないなあ…でもまあ、俺は解析さえ出来れば別にいいわけよ。どこが権利もってようと、そんなの会社の都合だから。最終的に解明さえできればそれでいい」

司はちょっと手をあげて、冷酒のおかわりをお願いする。とても手慣れたスタイルで

「ほんの一寸のことなんだ。例えば俺の目が色盲なのもね。ほんの一寸のミスでこんななんだ。ほんの一寸の違いで、俺と中原の見ためはこんなに違う。その仕組たるもの、本当にクールでね。コンピュータは1と0の反応だとすれば、ヒトのソレは4種類。それだけの差しかない。でも本当にそれだけなんだろうか?」

受け皿にこぼれる程なみなみと注がれた冷酒。

僕ものんでる辛めの冷や酒は、喉越しが先輩がくれた酒よりもっとキリキリしてた。

そのキリキリした喉越しが司にはピッタリだ。

「司はいつも世の中を疑ってるようだね、まるで」

「そうかもねえ」

「高校生の僕に司は教えたんだ。目を疑うことを」

「高校生の俺が見てた世界は、中原なんかには見せられない程のクールさだったぜ…いやそれは今でもかな?」

「これも個体差?」

「そういえばそう。でも俺が今の仕事をしててますます確信したことがあるんだ。それは世界もカラダのシクミもすごく空虚だってこと。じゃあ何が世界を、俺達をこんなにしてるか?」

司はそこで一寸わらった。

本当に誰がみてもわかる照れ笑いだ。

僕はつられて笑った

「こんなトシになってこんなコト悟るのは恥ずかしいんだ。でも毎日思ってる。高校生の頃の俺を覚えてくれてた中原には言っておかなきゃいけない気がするんだよ。今の俺を誰かに覚えていてもらうためにもね」

誰がどうきいてもわかる照れかくしの言い訳だ。

「科学をつきつめればつきつめる程思うんだ。世の中をこんなにしてるのは、魂や心や記憶ってやつなんだ」

「うんそうだね」

「青クサイよねー今更。でも本当にそう思うんだ。本当にこんな組み合わせに全ての秘密が隠されているんだろうか?本当にこんなチッちゃな世界だけみてていいんだろうかって」

こういう場合は、応も否も言えない気がした

どっちも当たって無い。どっちも当たってる。

「うまくいえないけど、大学の時の洋画の先生の言葉を思い出すよ。『世の中は全てが謎に満ちている、その謎を解明する為に観察しなさい。でもそれは観察すればする程見えなくなります』って」

「先生はどうしろって?」

「その先は教えてくれなかったなあ… 僕にはその事についての解答があったしね。『司の目はこれなんだなあ』って。つまり必要なことだけが見えるように、最初からカスタムされてるんだなあって」

司は一寸わらって

「かいかぶりすぎだよ。僕の目は観察したくても出来なかったんだ。そしてその観察できないことを悪いとも思わなかった。世の中殆どをナメきってたといっても過言じゃないな。全てがキライだったのさ」

司は煙草に火をつけて、やや苦笑した。

「このいいかたすら、ほら、なんだか青クサイだろ?俺が大学にいって今の仕事はじめて気付いた事なんて、たったこれだけのコトなんだ。ここまでくるのに、10年以上かかってるんだぜ?他のヤツならなんもしないで自然に気付く程度のコトなのにさ」

そういって司はやや照れた。

僕はなんだかもう、どうでもよくなってた

それは興味が失せたとか失望したとかってんじゃなく、どうでもよくなってたんだ。

司はいつでも僕の前にいて、司から落ちる影だけを僕は見ていたんだ。

僕が追ってたものは司の影で、司じゃない。

それは司の所為じゃなく、僕の目がわるかったってことだ。

ほらね

やっぱり僕の目は何も見てはないわけだ。

「司あのね…」

僕は目の前でしきりに照れている司に、ひらぺったいトーンで話しかけてしまった。

場違いな程。

「司の気付いたことだけど、他のひとは意識もしないんだ。たとえば僕とか。僕が意識してたいわゆる本質は、いつも司のその特別仕様の目が見てるんだとおもってたんだよ。そして司はその特別仕様で、僕らが無意識に受け入れている全てを推察して納得してたってわけ。わかる? 僕はいまとってもスゴイ事に気付いた気分なんだけど…」

司は照れから脱出して、あきらかに首をかしげていた。

自分でも言ってることがよくわからない。

「えーとその…なんだ」

マンガみたいだ。司の頭の上にデッカイ、クエッションマークがみえそう

僕の頭の上に電球がついてピカってひらめいたりしないかしら? なんで人間はこんな状況でこんなに余計なことを考えられるんだ?

「僕らが無意識に受け入れた事を司はいつも学習してる。で司が無意識に納得してることを、僕は…僕らは今だに追い続けてる…ってこういうことさ、だからつまり、タマゴが先かニワトリが先か、っていうか、メビウスの輪っていうか…」

「ヒトは常にないものねだりなんだ。そうだろう?中原。 俺は中原が見てた色彩あふれる風景が欲しかったよ。見てる風景も先生や親兄弟や友達の関係も。君のみてる光景はさぞや色彩にあふれてるんだろうなってそう思ってた」

今度は僕が黙る番だ。

僕はやっぱり司の影だけを見てたんだ。

「君が大学にいってる間に、俺のうちは家出同然にあの町から逃げだした。それについて今更語る事はないんだけど、それまでの状況は逃げ出す後よりずっと酷くてね。高校生だった俺は、美術の授業で一緒になった中原をみて、こいつのみてる風景はきっと色彩にあふれてるんだろうな、って思ったよ。1年程はただ近くから観察してただけだった。でも出来れば友達になりたかったからその後近寄ってった。高校生の中原は実にいいヤツで、すぐに俺をその色彩の風景に取り入れてくれたわけだ。しかしその色数は当時の俺には多すぎたんだな。消化するのに何年もかかってしまった。でもそれでも、俺はその風景を学習したんだぜ。これでもすこしは」

僕はどんな表情をしてたんだろう、

司は僕の握ったコップがカラになってるのをみて、追加を注文しつつ、苦笑いしてた。

「ゴメン。ほらね、俺が見てる風景なんて所詮、今だにクールなんだよ。中原がほしがるようなものじゃない」

「…司は、司の特別仕様が今みてる風景はどうなの?」

「悪くないね。なにせ俺は学習してるからな。言ったろう?高校生の中原がくれた風景を俺は消化したんだ。今ならあの公園の風景を共有できる自信があるぜ…とはいっても、実際俺の目にみえてるのは緑じゃないんだけどさ」

僕の分の冷酒がやってきた。

軽く、クセのように乾杯しつつ、頭のスミで呑みすぎだってわかってた。

「今中原がみてるカラーの俺を覚えててくれよ。高校生の頃の、あんなダークでモノクロの俺じゃなくってさ…とはいってもまだフルカラーじゃなくて、がんばっても256ってトコなんだけどね」

僕が思ってた司はこんなに具体的にモノを喋る男じゃなかった。

やっぱり

「時間ってヒトを成長させるんだねえ…」

「まー。よくもわるくも、時間は続いてるのさ。それだけは確か。確証のないモノは追いたくないって思ってる俺がいうんだから確かだ」

「僕が…僕らが追っていた特別仕様は間違いだったのかなあ?僕はそれでここまできちゃったんだ」

「光栄ではあるけれど、そこに本質はないんじゃないか?でもどこにだって本質なんてきっとないんだ。信じるか信じないか、様はそれだけだ。簡単な話さ」

「じゃあ僕は、やっぱりそれを追うことにするよ」

「俺は今だに中原達を追っている。 やっぱりメビウスの輪だね」

そういって大人になった司はニッコリと笑った。

そうそうこういう笑顔は高校生の頃に、見た記憶はないなあ。

やっぱり中原は色彩を手にいれたんだ、となんだか心から納得してしまった。

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