第6話
とにかくあえる?って僕はいきなり言ったんだよ。
余計なことは会ってから話せばいい、そう思った。
司はちょっと電話の向こうで笑った
「いくつよ?俺達」
「もう若くはないな」
電話の向こうから聞こえてくる物音は異常な程静かだ。
研究所っていうのはそういうもんなんだろうか?
「…中原は勤めてないの?」
「いまはね。いろいろあったんだよあれから」
「俺もだ」
「とにかく会える?一番早いタイミングはいつ?突然電話しておいてこんな余韻のない会話でゴメン」
「いやかまわないよ。月日っていうのはいろいろあるんだなあ、って思っただけだよ。勿論俺も会いたいよ。でも一寸まってくれる?数日でいいんだ。今の仕事がややハケるまでね」
不満だったけど「勿論」て答えた。
そして司は連絡をくれるっていって電話をきった。
それから僕はイライラし通しだった。
僕のケータイに連絡くれるっていってたんだから、別にどこへいこうとかまわないのに、いつも電波の届くところにいたかった。電話をのがしたくなかったから。
お風呂にはいるのも大きな音でテレビをみるのもためらわれる。友達からの夕食の誘いも断わり、なんだかダラダラとただ家にいた。
せめて仕事でもあればいいのに、って思った。
会社にいってない弊害だ。勿論僕はそんな働き者ではなかったけど。
誰かにいいたかった。でも誰に電話したらいいのかは思いつかなかった。
松浦先生なら司をしってる。先輩でも先生でもいい。
でも僕がしたことといったら、司と約束をとりつけただけ。
しかも断わられてたとしてもおかしくない言葉だった。『こっちから連絡する』ってのは連絡してくれるなってことなのか?それとも待っていいのか?
待っていいよな。相手は司だ。
毎日こんなことをツラツラと反復して考えてる。
機械的にご飯をつくってコーヒーをいれる。
そんな数日だった。
イライラし通しだった僕を僕が『オカシイ』って気付くまでの。
数日はいつしか数週間にかわってた。
先輩からは日本酒が届いた。それをのみきる頃、待つのを止めた。
呑み切った頃、先輩に電話した。変なハナシなんだが、お礼をいわなきゃ、ってことですら忘れていたんだよ。
電話をかけると、社長さんをお願いする。
ちょっと訛りの残ったうけこたえ。僕はなんだかホっとした
「中原です」
「ああ。ついた?」
先輩の声は相変わらずだ。
「ついたどころか、もう呑みきっちゃいましたよ。美味しかったです。連絡を先にするべきだったんですけど、ちょっと事情がありまして、僕に余裕がなかったんで。失礼しました」
先輩は相変わらずケラケラと笑う。金属質の声で。
「いいわけですら中原らしい。何?どうしたの?」
「いやあちょっと、忘れていたんですけど、久々に連絡した友達から連絡をまって数週間たっちゃいまして。で、僕はその間中、かなりイラついてたりしたんですよね」
ああって言った。電話の向こうで
「あたしはここにきて気が長くなったけど、昔はそういうこと、あったよ」
そうですか、って僕は言った。
「年間計画だから。それですら自然とその他沢山の人達にまかせるしかなくて、私のタッチできるところはほんの一寸だからね。わかるよね?」
ああっていった。今度は僕が。
彼女は以前のようにバリバリ働いているのだろうか?いや勿論先輩のことだから奥に引っ込んでたりは絶対しないとはおもうんだけど。
「で、なに?込み入った事情?」
「いや全然。今まで会ってなかったんだから僕が落ち着けばいいだけだったんですよ。ただ僕がちょっと働いてないものだから、一日が長くて。ただそれだけです」
「中原は、会社のリズムを体が覚えちゃったんだね。だからイラつくんだ。長く居すぎたねえ。あそこに」
今度は僕が笑った
「僕はじんわりととどまってるのが好きなんですよ。めんどくさがり屋だし。そのくせ決めたらセッカチだ。すぐ結果が出ない事にもてんで慣れてない。 こんな年になってから自分の修行の足りなさを自覚するのは一寸キツイですね」
「でも、知らないよりは知ってた方がずっといいよ。あの会社には何ンにも気づいてない大人がまだまだ巣喰ってる筈。あいつらがいなくなるんだったら、あの会社には未来があるんだけどな……って…アハハハハハ。もう辞めちゃったのに変だね」
「わかります。辞めてもなんだか心配だ。僕なんていなくても全く平気で会社はまわってるのに」
電話の向こうの先輩の表情が読める。
毎晩のように夕食にいった効用だ。いや弊害かな?
だって今の先輩とは違うんだから
「結局好きなんだよ。もうこんな男、どうしようもないって見捨てた筈なのに未練タラタラなんだ」
なんていいようだ。もうちょっと余韻があっても…
……そういえば僕にも余韻なんてなかったんだ。司相手には。
「一寸酷い、いいようだけどね」
先輩はそういってやや笑った。
翌々日、僕は携帯に連絡をもらった。
ディスプレイに登録した司の名前がハッキリと出てる。
それだけで一寸アセるようなドキドキするような感情。でも先にすすまなきゃ。
「お久しぶり」
「ああ中原?ゴメン遅くなって。でもやっとカタついたんだ」
「声つかれてるよ。大丈夫?」
「んー。大丈夫とはいいがたいけど、数日はなんとなくペースダウンできそうなんだ」
司はいったい何の研究をしてるんだ?
遺伝子工学ってこんなに切羽つまった仕事なわけ?
僕が漠然と考えてた研究職ってば、もっと暇だった筈
「で、いきなりでわるいんだけど、今日とかどう?俺は完全に予定がよめていいんだけど」
わかるわかる
「僕も勤めてたとき、そういうタイプのアポのとりかたして、友達にモンクいわれたっけ」
「ゴメン」
「あ、じゃないよ。わかるってこと。で、どこいけばいい?」
なんだかとっても普通の会話だ。
まるであの十数年は嘘みたいに
でも本当なんだよ。
待ち合わせした僕奴は、お互いの顔が区別できなかったんだから。
司の知ってる焼き鳥屋で向にすわってはじめてよくみた
つかれてるけど司は司だ。
メタルフレームの眼鏡はリムレスになってて、茶色の髪にやや白髪がまじってる
ややヨレたカラーシャツ。派手にならない程度のストライプネクタイ。
ああまるで
「まるでサラリーマンだねえ」
僕が司にあっての第一声は、ソレだったんだから。
ジョッキのビールで乾杯。
ああやっぱり
僕奴はもう高校生じゃないし、あそこには戻れないんだ。
だって司の席の向こうにある鏡にうつる自分は、まるっきりオヤジだったから。
でもなんで、こんなにウカレてるんだ?
司はビールをククーっと半分以上のみきって、嘆息のような声。
「ビールってこの一口に全てがかかってるよね。実際のトコ、味覚としては本当に美味しいかどうかって問題がある味だもんなあ」
ああこの発言は実に
「司らしいよ」
僕はなんだか満足しそうになっていた。
特別仕様のその後もきかずに。
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