第4話
先生とそのまま呑みにいった翌日、すっかり二日酔いだった。
内藤先生はかなりの酒豪で、途中までつきあっただけなのにこの勢いだ。先生は平気だったかな?と頭痛の奥でぼんやりと考える。思い出せない。
考えも見たものも全然結像しない。
ベットサイドにおいた筈のスポーツドリンクに手をのばすと、こぼさないように飲み干した。
あーあたまいてぇ
もうサラリーマンじゃない僕は、そのままゴソゴソと半分眠ったような起きたような状態にまた堕ちた。
代理店のデザイナーになった僕の仕事は、プレゼン用の資料作りや、外にまわせないような金額の仕事や、外部デザイナーとの打ち合わせ、プレゼン時にエラそうなデザイナーぶること……まあ色々と処理してた。
勿論たまには大物の仕事もある。
内部には立派なデザイナーもコピーライターもカメラマンもいる。
でもイマイチそのひとたちの、わかりやすすぎる奇抜さが嫌で、なんとなくドロップアウトしてしまっていた。
しかしそこは大きな会社なだけはあって、僕のような人がいないわけでもなかった。
学校よりもさらに居心地よく、僕はダラダラと仕事をした。
特別仕様なんて、あの時はスッカリわすれてた。
代理店の常として、本流にシッカリのってさえいれば…もっと悪いいいかたしちゃえば、広告主さえだませればそれでよかった。
というわけで、内部では手垢のついたモノの一歩だけ先のものがベストとされてた。
まあその選択は間違えちゃない。流行にのるっていうのはそういうことだから。
わかってはいても、納得はできない。
そんなかんじだ。
僕はなんだか黙々と作業をこなしてた。
「徹夜?」
上のフロアにいる先輩が内線をよこす。
彼女のこのコールは、夜食にいきましょう、のお誘いだ。でも油断してると、朝まで呑むことになっちゃう。
彼女は酒のみで、しかも強いんだ。
翌日も酒がまわってようがなにしようが、全然平気で仕事をこなすアートディレクターで大物カメラマンのファーストアシスタント。気合いが違う。
「あー。どこいきましょうか?」
受話器を顎と肩でささえると、仕事をしてたコンピュータを落とす準備はじめちゃう。
先輩はククっとわらった
「随分粉慣れすぎてない?その対応」
「何言ったって、行くんでしょ? 僕テンパってますんで、さらっともどりますよ?」
一応クギ。
実行されるかは別の問題。
笑い声も豪快。全然ある意味女性らしくはないひとだった。ただのばした髪をゴムでひとつにゆわいて、スレンダーとおりこしたガリガリの体。自宅からナナハンのデュカティでやってきちゃうもんだから、プレゼンやクライアントに会う時は、会社で化粧その他をする。普段はノーメークで、ただのシャツにジーンズ。下手するとライダーブーツのまま。
僕は彼女をみて、ああここは、これでもアリなんだっておもったんだ。
新入社員の頃、局ディレクターと新人アイドルを彼女がどなってるのをみてね(それも代理店勤めとは思えない程のコキタない格好でだ)。
「立場とキャラクターさえ確立しちゃえば、アリってその時はじめておもったんですよ」
結局その日はそばのおでん屋だった。夏も近いってのに、おでんに辛口の冷酒。
先輩はかれこれ3合目。戻って仕事、にしたって帰り、飲酒運転もいいところ。そんなコトでまいるようにはみえなかったけど。
先輩の筋ばった長い指がコゲそうになる程根元まで吸う(しかも)チェリーに、またもや火がついた。
「あーそうね。あんただけが新人の中で毛色が違ってた。代理店に勤めてるって妙なギョーカイぶりもなきゃ、だからって芸術家タイプでもなくってさ。普通の会社で普通に事務とかした方がいいんじゃないの?って皆で言ってたんだよ」
「そうなんですか?失礼だなあ」
「浮いてないんだわ。軽さが勝負のこの業界でやってけるか心配だったけど…」
大きな目をクルっとまわすようにして、妙な表情をしてみせる。これが先輩のお得意だ。
「すぐわかったよ。あんたは浮いてないけど、流されてもないんだなって。だからあたしの所為じゃない。あんたのその立場はあたしを見てどうの、のもんじゃない。天性のモンだよ。じゃなきゃその社歴でそこまでの立場、確立できないっしょ?」
僕は冷酒を一口。
トロっとした、なんともいえない味わいだよなあ。本当、冷酒呑むと、大人になってよかった、って実感しちゃう。いつも
「立場ってったって、ハンパな仕事しかしてないスよ?」
「でも誰にも仕切られてもない。一人で仕事きりまわしてる。他の同期、みてごらん?」
まあ確かに。皆は課長の下とかで、組織にくみこまれちゃってる…
………ハッそれって……
「それって、僕がドロップアウトしてるってコトじゃないですか!」
「そうそう」
「全然褒めてないでしょ?」
「褒めてるさ。ドロップアウトなんて、ハンパじゃ出来ないよ?」
「うーん……」
複雑な気分。
「でもまあ、ここがデカイ会社でよかったですよ。下手に小さい会社だったら、僕なんてとっくにはじきだされてそうだし」
「まあそうしたら、他でいきてけば別にいいし」
おでん屋なのにジャズ。ローランドカークのサックスが泣いていた
「他で生きてくってったって…」
「別にここじゃなくっても、いいんだよ。人間どこだって生きてける。自分さえちゃんとあればね」
ああそうそう。
僕は先輩のこういう強さに憧れちゃうんだよな。
「組織にドップリじゃない中原にはわかるよね?ここじゃなくたって生きてける。そう思っちゃえば、会社とのツキアイ方っておのずと変わってくるんだ。だから、あたしはこうだし、あんたはそうなんだよ」
うーん
「3年目の僕がそれでいいんですかねえ?」
「いいもなにも、あんたすでにそうじゃない。変なこというねえ」
先輩はケラケラと笑った。
そして追加のお酒をオーダァした。
先輩はその「ここでなくとも」をそれから半年で実行してみせてくれた。
会社を辞めて、転職…じゃなしに、あっさりと実家へもどって造り酒屋を継いでしまったのだ。
成程、彼女の酒に強いのはコレをのんでたからなんだ…と、翌年おくられてきた、辛口の大吟上で納得した。
極上のお酒は僕に大人であることと、子供でないことを否応なしに意識させる。
でもそれでも『ここではなく、どこで?』を探すばかりで僕は何もせずに日々を過ごした。
先輩が辞めて数年たったある日、気のつよい後輩の女のコにいわれて思い出したんだ。
「中原さんって会社とすっごくクールにつきあってますよね。他のひととちょっと違うかんじ」
「あー僕はドロップアウトしてるからね。もう出世もあきらめちゃってるし。気をつけなね〜」
彼女はショートカットで、長身の身を男物のドレスシャツで固めていた。そして笑い声は『あははは』だ。
「中原さん、そんなこと望んでないってかんじですよ?」
ああそうかもね。
あきらめちゃったから、こう、なんじゃなかったような気もすんね
「ここでなくても生きてけるんだよ。多分ね」
でもその時点では試す勇気も体力も気力もなかったんだ。
あまりにも職場になじみすぎていて。
着慣れたパジャマ、はきつぶしたスニーカー、テロテロになったジーンズ。
新品になったときの違和感が、次の行動を僕に強要する。
東京に転勤になった。引っ越しをすることになった。
行動を移さざるおえないときになって、やっと行動に移したってわけだ
東京に戻る前に、先輩に電話したのを思い出す
「遅かったねぇ。いや我慢強いっていうべき?新しい人生を謳歌しなね」
彼女は前と変わらない声で、ケラケラとわらったっけ。
あたらしい住所が決まったら、お祝いにお酒をくれるっていったっけ。
手紙でもかこう……痛い頭でそうおもった。随分とゲンキンな話だが……
「二日酔いのときに考えるネタじゃないなあ…」
僕の舌に、あの辛い日本酒が蘇ったけど、それはただの昨日の名残なのかもしれないけれど
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