11 翔琉、飲み込まれる




 翔琉は1度目を閉じ深呼吸をし、そして目を開ける。すると、翔琉の双眸も越時と同じ金色に光っていた。

 そして両手で複雑な印を結ぶ。


 さっきシュラに使った結界、【光剛こうごう結界】よりも強力な時を司る神クラスの神気――光を帯びた、その周りをすべて浄化、無にする結界。


「【広大無辺こうだいむへん みわざ】」


 すると、翔琉、シュラ、トスマ、八将神達、そして越時が金色の光に包まれた。


 ――やはりおっちゃんは大丈夫だ。


 翔琉は安堵する。時を司る神から力を与えられているのだとしたら越時にも術は大丈夫だと頭では分かっていたが、本当に大丈夫なのかが心配だった。だが越時を見る限り大丈夫そうだ。

 そしてまた、複雑な印を結び呟く。


「【五光星ごこうしょう】」


 翔琉の頭上に金色に輝く五芒星が現れた。そしてナグナスの頭上に移動し、五芒星の形の光りがそのままナグナスへと降り注ぐ。するとナグナスを纏っていた魔障が消えるように消滅した。


「きさまー!」


 ナグナスの目はつり上がり、鬼歯のようになった歯をむき出しにして翔琉に吠える。だが翔琉は動じない。


「今日で終わりにする。覚悟しろ」


 翔琉は睨みをきかせながら低い声音で言うと、右手の手の平をナグナスへと向ける。刹那、手の平から黄金の光が猛スピードで放たれ、ナグナスの腹を貫いた。


「!」


 貫いた黄金の光はそのまま越時が張った結界をも貫通し、奥の山にぶつかり爆発炎上した。

 その一瞬の出来事にシュラ、トスマ、越時、八将神達は目を瞠り驚愕する。


「翔琉?」


 シュラは横の翔琉に目を向ける。

 翔琉の全身は、うっすらと黄金の光が包まれ、そして目は光を失い、感情がまったく無い状態で手をナグナスへと向けていた。

 シュラは違和感を感じ目を眇める。


 ――誰だ?


 それを見たトスマが叫ぶ。


「いかん! 翔琉のやつ、力に意識を飲み込まれおった!」

「なんだって!」


 越時が叫ぶのと、翔琉がもう一発ナグナスに放つのは同時だった。


 今度はナグナスの左肩をえぐり、はるか後ろの空へと閃光が走る。


「翔琉!」


 シュラは翔琉の右手を掴み下ろさせる。


「翔琉! やめろ! ここ一体がなくなっちまう! しっかりしろ!」

「離せ、四天王! 我に触るな」

「!」


 その声音も言い方もいつもの翔琉ではない。だが神でもない。

 どういうことだと困惑していると、白銀の髪を後ろに1つに束ねた清楚な1人の青年がすとんと翔琉の前に降り立った。


「トスマ?」


 本来の姿に戻ったトスマだ。

 トスマは翔琉の額に人差し指と中指を突き刺すようにあてると、天部の言語で呪文を唱える。


「※□▽†△……」


 すると翔琉はすうっと意識を失い、その場に崩れ落ちた。それをシュラが抱き止め尋ねる。


「トスマ、何をした?」

「今強制的に翔琉の意識を眠らせた。一時的には大丈夫だろう。だが目覚めた時がどうなっているか……」

「どういうことだ?」


 シュラの問いにトスマは眉根を寄せる。


「翔琉が先ほどから使っているのは、本来時を司る神だけが使える力だ。だが神の力が強いばかりに翔琉の意識を持って行かれたのだ」

「!」

「今翔琉の中で、翔琉の意識と神の力が葛藤しているころだろう。それに翔琉が勝てばいいが、負ければ翔琉の魂は消滅し、暴走する」

「!」


 負ければ翔琉の存在はこの世からいなくなるということだ。


「翔琉……」


 シュラは眉を潜め胸の中の翔琉を見る。こればかりはシュラでもどうしようも出来ない。翔琉の問題なのだ。ただ祈ることしかできない。



 だがそれも許されなかった。



「があああああーーー!!」


 時を司る神クラスの攻撃を二発くらっても、まだ生きて立ち上がり雄叫びを上げるナグナスに、シュラは視線を向ける。そこにいたのはナグナスではなく、人間の姿をした獣のような魔物だった。


「ああなると、もうただのバケモノだな」

「ああ。気を付けろシュラ。ナグナスも先ほどまでのナグナスではない。今まではナグナスの意識があったみたいだが、今はもうその欠片も微塵もない、地まで落ちたただの魔障と憎悪の固まりだ」

「越時は?」

「キサラ達が付いている。大丈夫だ」


 視線を向けると、キサラ、ジエラ、クエラが越時を囲むように守っていた。越時は翔琉が開けた結界の穴を塞ぐのに力を注いでいた。


「翔琉を頼む。どうにか俺があいつを食い止める」

「わかった」


 トスマはシュラから翔琉を預かると、後ろに大きく下がった。



「があああああーーーーー!」


 ナグナスが一度消された魔障を湧き出させ身体に覆う。

 目は白目だけになり、鼻、口、耳からは魔障を出している。ああなると人でも天部でも何でもないなとシュラは思い眉を寄せる。


 ナグナスは雄叫びを発しながらシュラへと一瞬で間合いを詰め、手から瘴気を出しながら襲いかかる。見ると異様に爪が伸び凶器と化していた。


 ――早い!


 シュラはすぐさま剣でナグナスの右手の爪を受け止める。だがナグナスは、すぐさま左手の爪をシュラの顔目がけてひっかくように振り下ろしてきた。間一髪で顔を後ろに退け反り回避するが、一筋傷がつき痛みが走る。


「ツッ――!」


 翔琉がかけた【みわざ】の効力のおかげで傷だけで済んだが、普通なら高濃度の魔障にやられ顔はただれていただろう。さすが神光だと場違いにもシュラは感嘆する。


 だがそれもつかの間、すぐにナグナスはシュラへと攻撃を仕掛けてきた。それをシュラはどうにか剣で受け止め流す。


 ――早い! くそ! 攻撃ができねえ!


 ナグナスの止めどない攻撃に、だんだんとシュラは押され、全身に傷を受け始める。


「くっ!」


 ここでやられるわけにはいかないとシュラは歯を食いしばる。もしやられれば次に狙われるのは翔琉なのだ。


 ――翔琉は絶対に殺させない! この命に代えても!


 シュラの目が赤く光る。そして呟く。


「【炎舞 火輪かりん】」


 すると無数の火の輪が現れ、回転しながらナグナスへと襲いかかる。

 ぶつかった瞬間攻撃がやみ、シュラが間合いを取ったと同時にナグナスの姿が見えないほどの爆発が起きた。だが残炎と煙が収まると、そこにはまだ傷だらけの紫の膜を纏ったナグナスが歯をむき出しにした形相でシュラを睨んでいた。


「ち! 魔障で守りやがったか」


 魔障で体全体を防御壁を作ることはまず不可能だ。それを可能にするのは、ナグナス自身が地界で渦巻く負の固まりだからだろう。


 ――どうする!


 シュラは歯噛みする。シュラの攻撃はすべてあの魔で弾かれてしまうのだ。


 するとナグナスは剣を出現させると、上を向き咆哮した。


「がああああー!」


 刹那、一瞬でシュラの懐に入る。


 ――早い!


 そしてシュラの腹へ剣を一文字に横へ薙ぎ払った。


「ぐがっ!」


 咄嗟に後ろに退いたため、シュラの腹は切り裂かれることはなかったが、横一直線の深い傷が出来た。


「くそ!」


 だが治している暇はない。ナグナスは攻撃を止めず、猛スピードでシュラへと剣を振ってきたからだ。


「くっ!」


 ナグナスの攻撃のスピードがどんどん増しているのに気付く。その反対に腹にくらった深い傷が原因で、シュラは動きが鈍くなってきていた。

 その様子を見ていたトスマは眉を潜める。


「このままではシュラが危ない」


 攻撃が効かないのと疲労から、長引けばシュラが不利だ。視線を横たわる翔琉へと向ける。


「翔琉、お前にかかっている。早く戻ってこい!」




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