10 すべて晴れた



「シュラ、今度こそあいつを倒すぞ」

「ああ」


 翔琉も自分の細剣――天照あまてらすを出現させる。

 この1ヶ月で、剣は自分の中にあることに気付いた。そして、思うだけで出現させたりしまったりすることが出来ることも分かった。だが使う場所がなく今まで出したことはなかったため、今が初めてだった。


 しっくり手に収まった細剣を見ながら、「本当に剣が出てきた」と感心する。


 この細剣は、前世の奏時そうじが使っていた物だ。それを翔琉が受け継いだ形だ。

 翔琉は天照あまてらすに時を司る神から使うことを許された神気を注ぐ。すると、天照あまてらすは淡く発光した。神気が剣に流れた証だ。そして2度と心を操られないようにシュラに【心壁しんぺき】をかける。


「これでよし。亘達の所に急ごう」


 そして走って亘の横に来ると、ナグナスの異様な姿を間近で見て眉根を寄せる。

 ナグナスの体から、どす黒い瘴気の固まりが膨れ上がり、濃度もどんどんと濃くなっていき、ナグナスの全身を纏った。


「なんだ……あれ」

「ふっ! 俺と一緒の反応」


 亘が苦笑しながら言う。


「魔界そのものだな」


 その横のリュカも呟く。あの瘴気に触った時点で人間はおろか、天部の者ですら消滅するだろう。その証拠にナグナスの周りに生えていた草木など、すべての生き物が溶けてドロドロになり姿を消していた。


「本性を現しやがった」

「本性?」

「ああ。あいつはナグナスの皮を被った悪魔だ。あの瘴気そのものがあいつの正体なんだろうよ」


  異様な姿のナグナスにシュラとリュカは嫌な汗を掻く。


「シュラ、あれはやばいぞ。ここにいる者すべてを消し去る気だ」

「だな」


 2人の会話を聞きながら翔琉もその通りだと思う。今まで前世で見てきたナグナスとは強さが圧倒的に違っていた。

 見ているだけで冷や汗が額ににじみ、体は小刻みに震え、逃げろと警音を鳴らしているのだ。


 ――これは絶対にやばいやつだ。触れずとも近くに行っただけで消される。さっきの【光剛こうごう結界】をみんなにすれば、どうにかなるだろう。でもこれは……使えない。


 その時だ。翔琉は目を見開く。


 ――これは!


 翔琉はぐっと唇を一文字にし決意する。


「亘、リュカ、みんなを連れて、できるだけこの場所から離れてくれ」

「翔琉?」

「なんだと?」


 何を言い出すのだと亘とリュカは眉を潜め翔琉を見る。だが翔琉は続ける。


「ここは俺とシュラでなんとかする」

「何を言ってるんだ! あいつの強さは分かるだろ! お前とシュラだけでどうにかなる相手じゃない!」


 亘は翔琉の肩を持ち声を荒げ反対する。リュカも同じ考えなのだろう、抗議の鋭い目を翔琉に向ける。

 するとトスマが越時を八将神達に任せ、翔琉のそばにやってきて会話に入って来た。


「亘の言うとおりじゃ。それはならぬ翔琉。今のナグナスをシュラと2人だけで相手をするのは無謀じゃ。みすみす死に行くようなものじゃ」


 だが翔琉は意思を変えない。キッと亘達を見る。


「大丈夫だ。ちゃんと勝つことは考えてる。死ぬつもりはない。新たに術が使えるようになったんだ」

「新たに使えるようになっただと?」


 意味が分からず眉を眇める亘達に翔琉は説明する。


「ああ。今までモザイクがかかって分からなかった術がすべて晴れたんだ。時を司る神から使っていいって許しが出たんだろう。それを使えばあの瘴気にも堪えられる結界を晴れるし、ナグナスを倒すことも無理じゃないと思う」

「すべてだと?」


 皆驚き言葉を失う。すべてということは、時を司る神レベルの力が使えるということだ。人間がだ。そんなことまずあり得ないことだ。だが翔琉が嘘を言っているとは思えない。それに今までの翔琉を見てきた者としては、違うという理由がどうしても見つからないのだ。


「時を司る神なら力を抑えて人間にも使えるんだろうけど、たぶん俺は制御が出来ない。だから新たに許された結界はシュラ達守護神にしか使えない」


 時を司る神の強力な力は人間には強すぎるため、運がよければ意識を失うだけですむが、最悪の場合、精神の崩壊、身体に一生残る何らかの支障が出るだろう。だから人間の亘と越時には結界をかけることが出来ない。結界をかけることが出来なければ、瘴気にやられ、命を落とす。結界をかけたとしても、無事では済まされない。


「だから亘とおっちゃんは、昇と未桜達を連れて出来るだけ離れてくれ」

「それなら翔琉も結界は効かないんじゃ?」


 亘が至極真っ当な疑問をぶつける。翔琉も人間なのだ。


「俺は大丈夫。時を司る神から許しをもらっているから」


 それを訊いたトスマはそういうことかと納得し言う。


「ならばわしと越時は残る」

「え?」

「この辺一帯が魔障と火の海と化するのが見え見えじゃ。そんなことになったらこの辺一体の住民は死に至る。そうなれば大きく過去が変わることになる。それは避けなくてはならない」

「火の海って……。俺の炎のことを言ってるのか?」


 さも心外だとシュラはムッとしてトスマを睨むが、トスマも他の者も無視をする。


「トスマの言うことは分かるけど……」


 そう言いながら翔琉は周りを見渡す。そこには田畑が広がり、よく見れば少し離れた所に転々と家屋があるのが見えた。確かに結界を張らなければ、ナグナスの魔障とシュラの炎の影響を受けることは分かるのだが――。


「でもおっちゃんには【光剛こうごう結界】はかけれないんだ」

「越時は大丈夫じゃ。時を司る神の許しを受けておるのが翔琉だけだと思おたか?」

「!」


 その言葉の意味を理解したシュラ達も驚き訊く。


「トスマ? まさか越時もか?」

「そのまさかじゃ。越時は結界のみその許しを受けておる。このためだったのじゃろうな」


 だから越時の結界は強靱なのかと理解する。翔琉は笑顔を見せる。


「わかった。じゃあ頼んだ」

「ああ。任しておけ」


 トスマ笑顔を見せ越時の所へ移動して行った。リュカも亘の腕を掴み声をかける。


「亘、避難するぞ」


 だが亘は動かずに翔琉に声をかける。


「翔琉」

「ん?」


 亘は眉を窄め黙って翔琉を見つめる。亘がこの顔をする時は、いつも翔琉を心配しての顔だ。だから笑顔で言う。


「亘、大丈夫だ! だから心配するな」

「!」


 亘はふっと笑う。


 ――ほんと、こいつはよく俺の考えに気付く。


 ならば、今伝えたい言葉はただ1つだ。


「わかった。だが約束しろ。必ずナグナスを倒せ。そして戻ってこい!」


 翔琉は笑顔で力強く頷き返す。


「ああ。わかった!」


 リュカもシュラへと視線を向ける。


「死んだら許さない」

「ああ」


 シュラは笑顔で頷き返す。リュカは少し顔を緩ませ頷くと、亘を抱きその場から離れた。

 亘達が結界の外に出たのを確認すると、越時が印を結び呟く。


「【光浄結界こうじょうけっかい】」


 すると今までとは違う金色の強靱な結界が張られた。越時を見れば越時の双眸が金色に光っていた。それを見た翔琉は確信する。


 ――ほんとだ。あれは時を司る神様の力だ。


「シュラ。今日で決着をつける」

「ああ」

「俺に力を貸してくれ」

「当たり前だ。俺を誰だと思っている」


 シュラは笑顔で勝ち誇ったような顔を翔琉へ向ける。そんなシュラに翔琉も片方の口角をあげ笑顔で返す。


「俺の唯一の守護神だろ?」

「そうだ。だから安心してやれ!」

「ああ。リベンジだ!」













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