05 亘、切れる



「よくもリュカをやってくれたな」


 亘は一気にナグナスへと間合いをつめ細剣を横一文字に振る。


 ――早い!


 亘の攻撃の早さが尋常ではないのにナグナスは驚く。


 ――どういうことだ! 普通の人間の早さじゃねえ!


 だが考えている余裕はない。ナグナスは攻撃をかわしながら斬り落とされて無くした右手を再生すると黒呪金剛杵こくじゅこんごうしょを懐から取り出し横へ振る。するとナグナスの周りに防御壁が現れた。だがすぐにそれを亘は細剣で防御壁を切断する。


「なに!」


 ――黒呪金剛杵こくじゅこんごうしょの防御壁を人間が破っただと!


 黒呪金剛杵こくじゅこんごうしょの繰り出す術は呪詛をはらんでいるため、普通の剣で斬るだけでは破れないものばかりだ。

 もともと黒呪金剛杵こくじゅこんごうしょは、魔界の物。魔の要素が強く人間では扱えない代物だ。ましてや人間の浄化能力では追いつかず術を破ることは到底無理な話。もし使えば、その者は呪詛にやられ命を落とす。だから昔から『呪いの金剛杵こんごうしょ』と言われる所以。

 そして、今までどこにあるか分からなかった黒呪金剛杵こくじゅこんごうしょが、封印され、あの屋敷の地下の牢屋がある場所の奥に隠してあると知ったのが1年前。

 大昔の力のある陰陽師ですら処理できず、黒呪金剛杵こくじゅこんごうしょを結界で囲み封印することしか出来なかったと聞いた。

 その代物を守護神でもない、こんな若造の人間が扱えるわけがない。


 だが1つだけ出来る条件がある。


 ナグナスはギッと歯噛みする。


 ――くそ! こいつも時を司る神から力をもらってやがるのか!



 初めて見た亘の戦いに翔琉は感嘆の声をあげる。


「亘、すげえ……」


「亘と越時は、効果を倍にする時渡りの能力【増幅】を持っておる。亘は足にその力を使い、早さを出しておるのじゃ」

「すげえなー。じゃあ亘の目が光ってるのがそれか?」

「あれはお前と一緒で、時を司る神から与えられた時に出る光じゃ。亘は剣にその力を宿すことが出来る。耐魔物用じゃな」


 ――じゃが、あの使い方では長くは持たん。能力も永久ではないのだ。あのまま怒りにまかせて使っておっては燃料切れを起こす。どうにか亘を止めねば。


 次々と異例の攻撃を仕掛けてくる亘にナグナスは叫ぶ。


「なんなんだ! お前はー!」


 未桜を片手に抱いているため、防御一線になり動きも鈍い。このままではやられると危機を察したナグナスは、未桜を離し後ろに飛び退いた。それを見たジエラが叫ぶ。


「クルラ!」


 クルラはすぐに地面に落ちた未桜を抱き抱え救出。一気に翔琉達がいる場所へと移動する。


 未桜を救出したことを確認した亘は一度深呼吸をし、低い姿勢を取り、足に神力を集中させる。そして一瞬にしてナグナスの懐へ入った。


「なに!」


 驚き目を見開くナグナスの腹に、剣を横一直線に薙ぎ振う。同時に両側からジエラとキサラもナグナスの首へと剣を斬り込んだ。

 刹那、ズバッとナグナスの首と腹は切られ、首が宙を舞った。


「やったか?」


 だが亘は眉を窄める。


 ――手応えが無い。


 転瞬、ナグナスの首と体が黒い羽へと変わり散らばった。それを見たジエラとキサラが舌打ちする。


「ちっ!」

「変わり身か!」


 だが辺りを見渡してもナグナスの姿は見当たらない。


「姿を消して逃げたか!」

「だとすれば外か。行くぞキサラ」

「ああ」


 ジエラとキサラは、建物の外へと姿を消したナグナスを追い、建物の外へと駆け出す。亘もその後を追いかけ外へと出て行った。その様子を見ていた翔琉が叫ぶ。


「あ! 亘! くそ! こいつら邪魔!」


 翔琉は両手の人差し指と中指で十字を作り、右手で複雑な印を結ぶ。


「【解呪浄化かいじゅじょうか】」


 すると一気に光りの輪が翔琉の指から辺り一面に広がり、そこにいたすべての呪鬼じゃきが消し飛んだ。それに驚いたのはトスマとクルラだ。


「呪鬼まで一瞬で浄化しただと!」

「トスマ、サラ、あと、名前の知らない人! 未桜を頼む!」


 そう言うと翔琉は外へと出ていってしまった。


「あっ! こら待つのじゃ翔琉! ったく、亘と翔琉め、勝手な行動をとりおって。計画がめちゃくちゃではないか!」


 トスマは柄にもなく苛つき叫ぶ。そして諦めのため息をつき、クルラに抱かれている未桜へと視線を向ける。傍らにはサラが心配そうに寄り添っていた。


 ――なぜナグナスは未桜を殺さずに手元に置こうとした?


 ナグナスの奇怪な行動にトスマは眉を潜める。


 ――異様なほどの執着で翔琉の命を狙う反面、殺さず手元に置こうとする未桜。まったく正反対な行動はなぜじゃ?


 だがここで考えていても答えが出るわけではないため、一旦頭の隅に置く。


「クルラ、他の者は?」


 すると2人の影がトスマの前に現れ跪く。


「お呼びでしょうか?」

「オルマ、エンカ、クルラと共に未桜とサラを守れ。またいつナグナスが未桜をさらいにくるか分からん」

「御意」


 2人は頭を下げた。

 トスマはすぐに膝を突き脇を押さえているリュカの所へと行き治癒を施す。


「リュカ大丈夫か」


 見るとリュカの顔が青ざめ、傷口もまだ直っていない。やはり普通の攻撃ではないようだ。


「呪詛を施した剣か」

「そのようだ。すまないトスマ」

「さっき翔琉がこの一体を浄化したから呪詛は取り除かれておる。すぐ傷は治るだろう」

「やはり翔琉は、時を司る神から力を与えられているのだな」


 普通の人間では到底出来ない、かけ離れた尋常ではない浄化の力なのだ。


「だがあの使い方は危ない。それに亘もお前がやられたため珍しく切れておる。あれもああなると怖いからのう。越時よりも力が強いだけにたちが悪い。早く傷を治して顔を見せてやれ」


 一瞬リュカの顔が緩んで見えたのは気のせいか。だがすぐにいつものリュカの顔に戻る。


「トスマ、俺はいい。亘達のところへ行け」

「お前を治してから行く。大丈夫だ。外にはジエラとキサラ、それに越時がおる」

「越時を過剰評価しすぎではないか?」


 まだ越時の傷は完全に癒えていない。それなのになぜここまで信頼出来るのか。反対に心配になるのが普通ではないのか。そんなリュカの考えを読み取りトスマは微笑む。


「お前が越時を低く見過ぎなのじゃ。あやつの洞察力がもらたす先読みは天下一品じゃ。今頃ナグナスは身動き出来なくなっているだろう」

「なんだって」




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