02 リュカ



「なんで古墳なのよー!」


 わたるが運転する車の中で未桜みおが泣きそうになりながら叫ぶ。


「仕方ないだろ。古墳が問題の場所だったんだから」


 亘がバックミラー越しに未桜を見ながら苦笑する。


「だったら私じゃなくてのぼるを連れてこればよかったじゃん」

「昇は親父と過去に行っての仕事なんだよ。あっちは昇がいないとだめだからな」

「じゃあ亘と翔琉で行ってよー!」

「そうしたいのは山々なんだが、お前がいないとだめなんだよ」

翔琉かけるならできるんじゃないの? だって時を司る神様から力もらったんでしょ!」

「え? 俺?」


 未桜は体を乗り出し、助手席に座る翔琉へとすがるように頭のシートを持ち覗き込む。いきなり矛先を向けられた翔琉は驚いて声を上げ後ろを振り向く。


『未桜、翔琉でも無理なのよ。これは飛鳥川あすかがわ家しか出来ないのですからね』


 サラがだだをこねる子供をあやすように優しく言う。


「そんなー」


 未桜は乗り出していた体を大きなため息と共に後部座席の背もたれに思いっきり倒れ、納得いかないと口を尖らす。

 今回未桜の役目は盗賊の記憶を消すことだ。色々と知らないことも知ってしまった可能性があるからだ。


『翔琉に結界かけてもらえば大丈夫だと言っているだろう。そう騒ぐな』

「リュカうるさい。いつもそう。もう少し女の子の気持ち察して優しい言い方しないと嫌われるわよ!」

『……』


 言われたリュカはぐっと黙る。


『さすがのリュカも未桜にはお手上げだな』


 くくくとシュラが笑いを堪えながら言うとゴンと音がした。リュカがシュラの頭を殴った音だとそこにいた者全員が分かった。


『いてえなー。殴ることないだろ』

『うるさい。黙れ』


 また始まったと翔琉と亘は嘆息する。戦う時以外はどうもこの二人は仲良く出来ないようだとこの1ヶ月で気付いたことだ。


「守護神も喧嘩するんだな」

「あれは喧嘩じゃなくてただの言い合いだろ。まあどうみてもシュラに非があるがな」


 大概シュラが余計なことを言ってリュカの怒りを買うのがお決まりのパターンだ。


「それにしても未桜はリュカのこと怖くないんだな」


 亘が苦笑する。それに対し未桜は不思議に思い眉を潜め、口は尖らしたまま首を傾げた。


「なんで?」

「今までの経験上、大概の時渡りのやつはリュカを怖がるんだけどな」

『ほんと、大昔からリュカは時渡りの人間から怖がられてるよなー』


 シュラが昔のことを思い出しながら言うとサラも頷く。


『そう言えば今回、昇以外は怖がったことはなかったですわね』


 すると未桜がさらっと応える。


「別にリュカは怖くないもん」


 リュカは意外だったらしく目を見開き未桜を見る。


「1度もそんな風に思ったことがないもの。私から言わせればリュカのどこが怖いのかが分からないわ。優しいし、いいやつじゃない」

『!』


 リュカの顔が珍しく驚いている顔だとシュラは横目で見て微笑む。


「怖がる方がおかしいわよ。強いて言えば、女の子の扱いが下手で、頭が固くて律儀過ぎるところかしら。あとストレートに言い過ぎなのよ。もう少し優しく言ったほうがいいわよ。あれでは女性からモテないのも頷けるわ」


『な!』


 リュカが面食らった顔をする。


『くくく。上げて下げてる』


 シュラが腹を押さえながら笑い、サラも袖で顔を描くしくすくす笑っている。


「未桜、お前リュカにも容赦ねえな」


 翔琉がさすがに守護神に言い過ぎだろと苦笑する。


「あら。リュカは喜んでると思ってるんだけど私」

『は? 誰が喜んでいるか!』


 怒った顔で否定するリュカの顔は、他の者が見たら後込みするだろうが見えないからか未桜はまったく動じない。


「またまたー、照れちゃって。リュカもかわいいとこあるわね」

『か、かわいい?』


 リュカは素っ頓狂な声を出す。かわいいと言われたことがないのだろう、少し顔が赤い気がすると翔琉は苦笑する。その横でシュラがゲラゲラ笑っているが、いい加減にしないと殴られるぞと思っていたら、案の定殴られていた。


『いてー! リュカ! だから殴るんじゃねえって言ってるだろうが!』

『お前が悪いからだ』

「ほんと」

「その通り」


 リュカの言うことは正論だと翔琉達は頷き返すと、シュラは「ちっ!」と舌打ちしそっぽを向く。そんな姿を見て翔琉は嘆息する。


 ――ほんと守護神かよ。ただのそこらへんにいるチャラ男だよなー。


 シュラ達は普段は普通の人間と何も変わらない。ただ見えないだけだ。他の者からしたら受け入れがたいかもしれないが、昔からいるのが普通だという前世の魂の記憶がそうさせるのか、何も違和感はない。だが、といつも思う。


 ――長生きしてるんだから、いい加減落ちつけよなー。


「はあ……」


 聞こえよがしにため息をつけば、


『翔琉、どうした? 何か心配事か?』


 と聞いてくる。そういうところはやはり優しい守護神だ。


「ああ。俺の守護神が幼稚過ぎて困ってる」


『……』


 さすがにシュラはそれには心当たりがあるのか、反論してこなかった。


「あー! 行きたくないー! 帰りたいよー!」


 未桜は一人後ろのシートに寝転ぶ。

 結局反論のタイミングを逃したリュカは大きく嘆息し未桜を見る。するとシュラがテレパシーで話しかけた。


『よかったな。怖がられなくて』

『……』

『お前初めてだろ。そう言われたの。人生で初めてじゃねえか? 亘以外で怖がられなかったの。それも女性からは初めてか』

『……そうだな』


 リュカは寝転んでいる未桜を見る。


『ここまで俺に好き勝手なことを言うのも未桜が初めてかもな。ほんとうるさい娘だ』


 そう言うリュカの顔はどこか穏やかな笑顔だ。シュラと違い物静かで冷徹な性格に加え、抑揚のない話し方としかめっ面の顔が、今まで自分の守護する者以外は避けられていたリュカだ。

 本人は亘――守護する人間のみ信頼してくれればそれでいいと言っているが、それは亘だけしかリュカを怖がらず接してもらえなかったということだ。それはやはり寂しいだろうとシュラは思っていた。だからシュラだけはリュカをからかい、必要以上にちょっかいを出しているのだ。それが越時を始め、未桜と翔琉が現れ、シュラ達守護神や人間と同じようにリュカのことも接してくれている。嬉しくないはずがない。だが顔に出すやつでもないことも分かっている。


『ほんと素直じゃねえなー』


 笑って言えばやはり睨まれた。だが恥ずかしさを隠した睨みだなーとシュラは思い微笑むのだった。


「なあ、あっちはおっちゃんと昇だけで大丈夫なのか? アジトに侵入だろ?」


 翔琉が亘に話しかける。


「ああ。親父とトスマがいれば大丈夫だろ」

「朝もそんなこと言ってたな。おっちゃんってそんなに強いのか?」

「まあ親父は周りを見定める力が半端ないからな。それにトスマがいるからというのが大きいかも」

「トスマが?」

「ああ」


 するとシュラが補足する。


『トスマは普段は俺らがいるから後方に回っているが、前衛も出来る。それにトスマには八将神がいるしな』

「八将神?」

『トスマ専属の部下みたいなものだな』

『トスマと越時なら不安はないだろう。こっちのほうがよほど不安材料豊富だ』


 これ見よがしに言うリュカに、絶対さっきのを根に持ってるなと翔琉と亘とシュラは思うのだった。




 そして現場についた。


 亘は古墳がある場所の近くの駐車場に止める。古墳といっても実際に古墳跡とうたっているわけではない。山全体が公園になっている一角にある小高い丘の場所だ。


「まだ少し時間がある。その前にやることをおさらいするぞ」



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