第14話 怒れる少女

 

「ま、良いんじゃないか……?」

 

 先生がプリントを机の上で整えてから、顔を上げて俺を見てくる。

 

「お前も真面目に頑張ったみたいだな。謹慎お疲れ……これからは普通に頑張れよ。ただ、俺はまだお前の事を見てるからな」

 

 俺がまた何かをやらかすのだろうと目を光らせている。それは正直仕方ない。問題を起こした生徒が、また問題を起こすのではないかと不安になるのは当然だ。

 

「はい」

 

 それにしても篠森はどこに隠れたのか。俺は部屋をもう一度見回すと、押し入れの中の彼女と目があった。

 

「それと」

 

 先生が振り返って俺は肩を震わせる。直ぐに扉の近くに立つ先生の方へと顔を向けた。

 

「何ですか?」

 

 まだ何かあるのだろうか。

 

「ちゃんと倉世に謝りに行けよ。暴力の事とかな。記憶の方は……戻らないみたいだな」

 

 なんだか言外にお前の責任なのだから忘れるなと言われているような気がして胸が痛む。

 

「あの、先生。記憶の事聞いてないんですか?」

「あ? 記憶のこと? いや、聞いた聞いた。いいからしっかり謝りに行け」

 

 聞いてないだろ。

 聞いているならこんな風に言う事はない。俺を悪人だとするはずがない。この人は、俺が殴った事と倉世の記憶喪失を結びつけて、それ以外の情報を聞き入れようとしていない。オバさんが事情を説明したのを話半分に聞いたのか。

 ガタ、と押し入れの方から音がした気がする。俺は慌てて先生の方に顔を向けるが先生は何も気がついていない様だ。

 

「……わかりました」

 

 俺は絞り出すような声で先生に答える。

 彼の中では最初から一貫して、俺が悪い。

 

「じゃあ、俺はもう帰るぞ。また明日な」

 

 先生が帰るのを玄関まで見送り、また部屋に戻る。窓からも先生が遠ざかっていくのが確認できた。

 

「おーい篠森、先生帰ったぞ」

 

 押し入れの扉が開き、篠森が興奮した様子で出てくる。鼻息が荒い。

 

「ちょっと……何、アレ!」

 

 篠森が声を荒げて叫ぶ。

 普段なら篠森はここまで声を荒げない。そういうのが合わないからとでも言うのだろうか。流石に倉世の記憶がなかった時は声を荒げていた気がするが。

 

「落ち着け」

「何も知らないでしょ、先生」

 

 俺だって彼女と同感だし、文句なんていくらでも吐きたくなる。

  

「あんなの反省とかじゃない……!」

 

 篠森の言葉に俺は考える。言われてみても先生の言葉に諭されて反省なんかした覚えがない。基本はそう言う物なのかもしれないが、余計にストレスを感じただけだ。

 

「大丈夫だって。もう過ぎた事だし」

 

 今は。

 

「あ……私が怒っても、仕方ないか」

 

 篠森は感情的になっていた自分を後ろめたく思ってかしょんぼりと顔を下げてしまう。

 

「飯食べないか?」

 

 俺が言うと篠森も思い出したのだろう。

 

「そうだ。途中だった」

 

 俺は箸を取る為に部屋を出ようとする。

 

「どうしたの?」


 立ち上がった俺に篠森が不思議そうに首をかしげる。


「箸取ってくる」

 

 俺が箸をとって戻ってくると篠森は弁当を開けて待っていた。彩があって綺麗な弁当だ。家のとはかなり違う。

 

「めっちゃ綺麗じゃん」

 

 別に家の弁当に文句があるわけではない。ただ、やはり弁当は家庭によって違うのだとよく分かる。

 

「卵焼き、すごい綺麗に出来てる」

 

 画像検索で出るような程に綺麗で、自分が作った事があるものと比べてしまう。

 

「どうやって作るんだ、これ」

 

 料理をさせられているからか、少しだけ興味が湧く。

 

「それは……」

「それは?」

「……私には分かんない」

 

 まあ、そうだよな。

 篠森の母さんが作ったんだもんな。子供はあんまりこう言うのには詳しくなかったりするし。俺だって全然知らなかった。

 

「ほら、遠慮せずに食べて」

 

 篠森が弁当のフタに卵焼きを乗せて俺に差し出してきた。


「お前が作ったんじゃないだろ?」

「……まあ、そうだけど」


 篠森がヘラリと口元を歪めた。

 

「んじゃ……いただきます」

 

 フタに乗せられた卵焼きを口に運ぶ。出汁の味が口に広がる。

 

「美味っ……」

 

 俺がそう漏らすと、篠森は笑った。

 嬉しそうに……楽しそうに、か。

 

「あのさ、さっきの事だけど」


 俺が卵焼きを飲み込んだのを確認してから篠森が切り出す。


「うん?」

 

 次はウインナーがフタに乗せられる。俺はそれを口に運んでから篠森を見る。

 

「先生に腹とか立たない……?」

 

 腹が立っていないと言うわけではない。今は篠森が居るから大丈夫なのだ。話し相手がいると言うのは救われる。もし、一人で先生と話していれば余計にストレスを感じていたと思う。

 今でも僅かな憤りが燻っていると言うのに。

 

「まあ、それは……ほら、お前も言ったろ。ネガティヴになり過ぎても良くないって」

「…………」

 

 そんな疑わしげに見ないでほしい。

 俺だって自分の感情を口にするのは難しい。何かしらの刺激や後押しが有れば爆発するかもしれないし、何ともないかもしれない。それくらいによく分かってない。

 

「割り切んないとな」

 

 出来るかどうかはわからないけど。俺だって先生の態度を良いものとは思ってない。だから、割り切れてるとは言えない。

 確かにストレスは蓄積しているのだ。

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