第13話 バッティング

 昨日、体育祭が終わった。

 俺はまだ家にいる。今日は誰もが家に居るだろう。何せ振替休日だ。俺の謹慎も今日終わる。明日からはまた学校だ。

 まあ、そんなわけで先生も家庭訪問に来るらしい。今回は昼過ぎに来ると言う事らしい。

 

 ピンポーン。

 

 音が聞こえて俺は立ち上がる。

 

「ん、来たか?」

 

 ゆっくりと階段を降りていき、玄関の扉を開ける。

 それにしても早い気がする。時間指定をしたのは先生だと言うのに。

 

「来た」

 

 立っていたのは中年男性ではない。白ワイシャツ、黒いジャケットに黒のショートパンツで篠森が現れた。

 しかも背中に黒いリュックを背負ってだ。

 

「……来たのか」

「体育祭終わったから」

「写真の事か?」

 

 俺が聞けば篠森は「……ま、そう言う事」と返答する。慣れたように靴を脱いで家の中に上がる。

 俺は彼女の靴を見つめて拾い上げる。

 

「悪いけど、今日先生来るんだよ」

「……先生来た時は隠れてれば良いでしょ」

「帰るってのは無いのか」

「また来るのも面倒だから。今日は時間あるじゃん」

 

 何だかんだと彼女はこの家に来るのを止めるつもりも無い。俺も態々追い払う気もない。というのは、俺と彼女で情報を共有しているからであり、協力関係にあるからだ。

 

「それに別にこんなに来なくても……」

「寂しいだろうと思って」

「……どうだかな」

 

 完全に否定はできない。

 

「ま、俺も謹慎は今日までだ」

「ああ、そう言えば」

 

 これで態々、篠森が俺の家にまで足を運ばなくても済むという訳だ。

 

「取り敢えず座れよ」

 

 部屋の中に入れ彼女をベッドに座らせ、スマホの画面を見て時間を確認する。時刻は一〇時。俺は篠森に目を向ける。

 リュックがベッドに立てかけるように置かれた。

 

「で、体育祭の写真だよな」

 

 俺が床に座りながら本題を言うと、篠森もベッドから降りて床に座る。

 

「ほら、ちゃんと」

 

 スマホは没収されなかったらしい。篠森は俺との間に置いて写真を表示させる。

 

「結構苦労した。無音カメラのアプリも態々入れて」

 

 流石にシャッター音が鳴るのは不味いと分かっているからか。そんなアプリの存在に犯罪が助長されやしないかと不安になる。現に校則違反が出来てしまったのだから。

 

「よく撮れてない……?」

「……あんま分かんねえよ、俺」

 

 スマホの利用を表向きには出来ないからか殆どは隠し撮りだ。写真は基本は競技中のもので、いくつか倉世の物も混じっている。

 

「ほら、これとか」

 

 篠森は楽しそうに写真をスマホに表示する。

 

「自分の写真はないんだよな」

「それはそう」

 

 写真は基本、自分が写り込む事はない。誰かに撮ってもらえるなら別だが、篠森には頼む相手が居なかったのだ。

 

「私の写真、見たかった?」

「いや、そう言う事じゃなくてな。まあ、少し寂しいよなと」

 

 撮るのが楽しかったのか。それでも一つくらいなんて思ってしまう。

 

「ま、そこは期待しないで……今後も。私、自撮りするタイプじゃないし」

「……まあ、俺も自分からは撮らないし」

 

 俺も出来ないのに、とやかく言うわけにもいかない。

 

「そうだ。昼ごはんも持ってきた」

「マジで長居する気だな」

 

 篠森はリュックを手繰り寄せ、チャックを開けて弁当箱を取り出す。

 

「食べる?」

「んー……」

 

 篠森は何も言わずに弁当箱を開けた。

 

「母さんがさ……今日学校だって思って作っちゃったって」

「ああ、そういう」

 

 別に二人も三人も弁当を作るのは変わらないらしい。結局晩飯のおかずの残りを使ったり、冷凍食品入れたり、卵焼きを入れるにしても一人や二人は誤差の範囲なのだと。

 

「……貰って良いのか?」

「うん、別に。私も食べるけど」

 

 人ん家の飯を食べるのなんて倉世の所以外にはなかった。ほんの僅かな好奇心がある。

 

「ちょっと待ってくれ、箸持ってくるから」

 

 俺は篠森に言って扉を開き階段を降りる。その半ばあたりで今日二回目のインターホンが鳴り響いた。

 

「おい、甲斐谷」

 

 先生が来た。

 部屋には篠森がいるが、彼女も察して隠れるだろう。俺は問題ないと言い聞かせて階段を降りて行き、玄関を開く。

 

「待ってました」

 

 家庭訪問に来た先生にそう言うと「早くお前の部屋に行くぞ」と言われる。

 

「あ、先生」

「うん?」

「三谷先輩に話聞いてくれましたか?」

 

 階段の途中で俺は足を止める。

 時間稼ぎと保険として先生の訪問を篠森に伝えるという目的もある。それと同時に単純に気になったと言うのも。

 

「ん……? あ。あー……まあ、聞いたよ。何も知らないってな」

「……そうですか」

 

 絶対に聞いてないと思うが、俺は気にしないことにした。聞き過ぎればいらぬ説教をされる。先生を疑うのかだとか、と。

 俺は再び階段を上り、自室の扉をゆっくりと開く。篠森の姿はざっと見回したくらいでは見当たらない。しっかりと隠れられたみたいだ。

 

「おい、早く部屋に入れ。お前も早く終わりたいだろ?」

 

 先生はズカズカと部屋に踏み込んだ。俺も後から入って扉を閉め、椅子に座る。机の引き出しから課題と反省文を取り出す。

 

「ちゃんとやってるだろうな?」

 

 先生が覗き込み、机に置いたプリントを持ち上げる。口にも出さずに反省文を読み、プリントの答案を確かめていく。

 俺はそれが終わるのを緊張しながら一言も発さずに待っていた。

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