第8話 Lose the teacher's trust
「…………」
俺の前に先生が立っている。
家庭訪問の時間だ。親が帰ってくる前に先生が来た。先生は部屋に上がり込んで俺と話す事を求めた。
「甲斐谷、これ忘れてたな」
先生が何枚かの原稿用紙とプリントを渡して来た。思ったよりも多い。一日で終わる様な量でもない。
「反省文と謹慎中の課題だ。それを渡しに来たというのと、話をしに来た」
話というか説教だろ。
俺は先生からプリント類を受け取り机の上に置く。
「まず、反省はしているか?」
「はい」
誰だって反省してるって言うだろう。それこそ、どれだけ態度の悪い人間でも。先生は多分、俺の返事を信じない。
「そうか。俺は、甲斐谷……お前が反省してようが、してまいがわからない」
「…………」
真剣な顔して先生は語る。
「だから、お前が反省したと言っても信じない。お前がやった事は俺の信頼を損なう事だ。俺は今後お前がやった事を忘れるつもりはないし、お前を評価する時に必ずこの事を持ち出す」
俺は先生の言葉にほんのりと怒りを覚えた。
事情など聞かない。言ったとしても三谷先輩の方が評判が良いから、俺の言葉以上に彼の行いを信じるのだ。俺の気持ちを汲み取らないのに、俺をマイナスから評価すると言うのだ。
「失った信頼はそう簡単には取り戻せない。そして、評価に関わるってのはどう言うことか分かるか?」
「…………」
先生の言わんとしている事を考える。
「お前の進路は大学進学だったな?」
「はい」
想像がついた。
俺は今、高校二年生。受験の仕方についても調べてる。だから、ここで学校からの評価を損なうことの意味を理解できた。
「指定校はまずあり得ない」
「……そう、ですか」
「何だ、指定校受けるつもりだったのか? なら諦めろ。俺はお前を絶対に大学に推薦するつもりはない」
反省を促す為の話と思ったが、どうにも俺の進路について道が狭まったと言う極めて重要で人生に関わる様な話を先生は持ってきた。
「──進路についての話は終わりだ」
相変わらず先生は厳しい顔をしている。先生は俺の味方ではない。いつだって、優秀な生徒の味方だ。俺みたいなやつの話など、俺より優れたやつ以上には聞かない。優先順位というやつだ。
「倉世のことだが……」
「特に問題はなかったと聞きました」
「ん……そうだな。鼻の中を切った程度で済んだらしい。あとは記憶についてだ」
だから、それは。
俺は奥歯を噛み締めて必死に叫びそうになるのを堪える。コイツに言っても意味がないんだと、昨日のことで分かっただろと。極めて理路整然に努めようとして、自身の中の絶対の優先順位を守るコイツには。
分かるわけがない。
「何回も言うが記憶に混乱がある。これは、お前だけじゃない。お前の親にも責任が追求されるかもしれない」
「──あ?」
何でだ。
「……お前、分かってないのか」
何なんだ、この教師は。
それを医者が言ったのか。外的なショックで倉世の記憶が混濁してると。
「誰が……言ったんですか」
「……可能性の話だ。だが、原因がお前以外に考えられるか?」
そんな物、俺からしたら幾らでも言える。それに篠森だって。こんなのは所詮、先生の解釈でしかない。俺は拳を強く握りしめて、感情が爆発しない様に堪える。
ダメだ。
何を言っても無駄なんだ。
「俺は……三谷先輩だって」
とにかく、三谷先輩に話を聞いてみるところからでも良いだろ。
「分かった分かった。兎に角、お前は反省文と課題をやる様に。今日の所は帰る」
どこか呆れた様に俺に告げて先生は出て行く。碌に三谷先輩には追求しないなんてのは明白だ。俺が窓の外を見ると先生が帰って行くのが見える。そして家に近づいてくるオバさんの姿も。スマホを見ると時刻は一七時を過ぎている。母さんはまだ帰ってきてないが、オバさんの仕事は終わっているのか。
すれ違った先生と世間話をしているのが窓から見える。
暫くして家のインターホンが鳴った。
「はいはーい……」
俺は階段を駆け降りて玄関の扉を開く。
「……オバさん」
「あ、こんばんは。優希くん」
俺はとりあえずとリビングに通す。
「今回の事、申し訳ないです」
「……ええ。でも、智世も鼻血が出たくらいで」
「あの、記憶の事なんですが」
オバさんが呻く。
「その事なんだけど……優希くんが智世の事を叩いたのとは関係ないの」
「…………」
分かってる。
でも、俺は黙って先を促す。
「一昨日の夜からどうにもおかしくて、私とパパの事も覚えてなかったの」
一昨日の夜から、なら時間は限定されて一層三谷先輩の関与が俺の中で疑わしくなる。何を知っているのか、あの人は。何をしたのか、あの人は。
「今回の事、私もパパも大事にするつもりはないし、今まで通りに……といっても智世がね」
「……ですよね」
記憶がないのなら周囲がどうしようと難しいのかもしれない。
「あの……俺も倉世の記憶が元に戻らないか、方法を考えてみます」
「ありがとう、優希くん」
オバさんが涙を滲ませながら言う。
そうだ。
この人は俺なんかよりもよっぽど長く倉世の事を見てきたんだ。それに育ててきたんだ。それを忘れられるなんて、どれ程の事か。
「ごめんね、今日はもう帰るわ。ご飯の支度もしないと」
そういえば俺もだ。
「はい。……今回の事、本当にごめんなさい」
オバさんが玄関を出るのを俺は見送った。俺もオバさんも互いに申し訳ない顔をしていたと思う。
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