4月14日 12時2分

1年1組教室内にて。隣の席の美少女、リベンジ。

「高宮さん、お話があります」

「いやー、そろそろかなーと思ってたよー。返事だよねー」

「お聞かせ願えますか?」

「…うーん、やっぱNGかなー。時間がないのに待たせた上で悪いけど。ごめんね」

「わかりました。でも諦めきれないので、強硬策にでます!」

僕は古びた一冊の台本を取り出しました。

「”ヒメユリの花束”って舞台の台本なんですけど、ご存じですよね? 以前、高宮さんが出演されたことのある舞台です」

「…それが?」

「おそらく、高宮さんが目にした台本とは少し違っているはず。内容の加筆、修正もあったでしょうが、決定的に違うのは、その脚本家の名前です」

「…え?」

「ここの台本の脚本は、弥永総一郎という人物によって書かれたものだったのです。弥永総一郎氏のペンネームは周船寺元岡。あの超売れっ子小説家であり脚本家、そしてこの作品の脚本も手がけている周船寺元岡氏その人なのです!」

「ど、どうしてそれを!?」

「弥永総一郎氏はこの学校の卒業生、ひいては旧文芸部のOBだったんです。この台本は倉庫に眠ってる旧文芸部の資料から発掘しました。本当に骨が折れましたよ。ペンネームはないって言い張るものだから、彼の膨大な日記の中から探して探して何とか見つけ出して。それから高宮さんに繋がる何かはないかなとまた資料をひっくり返して、ようやくこの台本を見つけたのです」

「…そう、だったの…」

「そして!」

弥永陽菜さんが1年1組の教室に入ってきました。打ち合わせ通りのタイミングです。

彼女は高宮さんの前に立つと、ペコリと頭を下げました。

「ここにいるのがその弥永総一郎氏の妹君、弥永陽菜さんです!」


なんだってー!?

という反応を期待したのですが、なんか思ったよりすごく、重い空気が流れています。

特に、高宮さんの表情が…なんていうか…ちょっと見たことない顔をしています。

いつもの、にまぁーっとした笑顔が、思い出せないくらい…はっきり言って、怖いです。

睨んでるとも、謀っているともとれない、でも、ちょっと悪い顔…。

「…なんとなーく言いたいことがわかってきたかな。交換条件…でしょ?」

最後の”でしょ?”のところで、いつもの笑顔が戻ってきた気がします。

いやー、ちょっと何だったんでしょうか、さっきの空気は。

「そ、そうです。交換条件です。もし文芸同好会に入って頂けたら、弥永総一郎氏、ペンネームでは周船寺元岡氏をOBとして部活に招待し、直接ご指導頂ける権利を進呈します! あの超売れっ子小説家・脚本家の周船寺氏ですよ! 女優志望としては絶好のチャンスじゃないですかね!?」


高宮さんは満足そうに笑っていました。

その笑顔には、どことなく妖艶な香りが漂っていました。

「そうだね。全くもってその通りだよ。いいよ、入る」

それから彼女は席を立って、腰から45度の角度で頭を下げました。


「入らせてください」

その姿に、僕は自分がしたことの重大さに気づきました。


あれだけよくしてくれた方に、頭を下げさせている…。

今彼女は、女優として、プロとして、上下関係をはっきりさせました。

確かに彼女を僕のラブコメのヒロインにするため、ちょっと強引な手を、ちょっと卑怯な手を使ったから、どこかで罪悪感が残るとは思っていましたが、本当に見込みが甘かったです。

彼女はいつもいじわるな言葉で僕を狼狽させますが、それはあくまでクラスメイトとして、同級生として、もしかしたら友達として、フラットな関係が前提の下だったのです。

しかし今は違います。僕は彼女の弱みを握り、彼女は僕に従わざるを得ない。

それは、彼女が何よりも嫌い、誰よりも僕がしてはならないことでした。


本当に、恩を仇で売る天才ですね。僕は。


どうしよう。引っ込みがつかなくなってしまいました。

確かに彼女のためにはなる。彼女にとってはチャンスであることは間違いなく、考えようによってはそこまで深刻に捉えなくてもいいのかもしれません。

でも彼女からの恩には、彼女が僕にしてくれたように、無償の何かで返すべきだったと思います。


僕は覚悟を決めました。この人を、絶対に幸せにすると…。


「あ、ありがとうございます!」

「こちらこそー。ふふふー、たのしみー」

高宮さんはずっと満足そうに笑っていました。

早速弥永さんに「よろしくねー」なんて言って、弥永さんを照れっ照れにさせています。

その様子を横手君は教室の端から盗み見していました。

おそらくすぐにでも彼は動いてくるでしょう。

全ては計画通りのはずです。

でもやはりどこか、えも言われぬ不安感が付きまとっていました。

もしかして、何か大きな地雷を踏んだ様な、そんな不安感が…。

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