4月12日 17時15分
マク〇ナルド浮雲店。
僕と弥永さんはその注文カウンターの前に立っていました。
僕はコーヒー、彼女はマッ〇シェイクを頼んでその受け取り待ちです。
何故ここに二人しているのかと言いますと、勧誘の作戦会議を室内でお茶でも飲みながらやろうとなったからです。
これ、客観的に見たら放課後制服デートです。
この僕が、同級生の女の子と、放課後制服デートです。
放 課 後 制 服 デ ー ト です。
しかも、弥永さんのビジュアルが今日は少し違っています。
昨日までパサついてた髪が、今日は結構キューティクルです。
眉毛も心なしか整っています。
それと近づくと仄かに良い匂いがします。
眼鏡は相変わらずですが、もし取っ払うとたぶん化けます。
その状態で横手君のところに連れて行って勧誘すると十中八九釣れます。
(そうしたら高宮さんは入ってくれないと思うのでできませんが)
何が言いたいかと言いますと、上玉の女子高生と僕は放課後制服デートをしているのです。
明 日 死 ん で も い い く ら い です。
GWに確か美人の幼なじみとデートすることになっていたと思いますが、それはそれ。これはこれ。
男は、別名保存ですから。
注文した物を受け取って席に座ると、早速今日の進捗報告をしました。
大楠さんは確定。
高宮さんは保留。
となると、高宮さんがNGになったときのための保険を用意しなければならないということです。
高宮さんがNGになったら、最悪、美少女モードの弥永さんをエサに横手君を一本釣りをした方がいいかもしれません。
今日、それとなく横手君の入部状況を確認したら、まだ決めあぐねてるということでした。
これからは僕の予想ですが、横手君は高宮さんが入った部活に入るのではないかと睨んでいます。
横手君は策略家的なところがあります。
高宮さんがOKだったらあと1人という状況を把握した上で、”しょうがないから入ってやるか”という恩着せがましさ全開で近づいてくるでしょう。
つまり、高宮さんの攻略はそのまま横手君の攻略につながってくるのです。
この作戦会議では、高宮さんが刺さる勧誘文句を考えないといけないわけです。
「高宮さんの情報、集まりましたか?」
弥永さんはこくりと頷きました。
「高宮さんは放課後何をしているのですか?」
「…レッスンみたい…ダンスとか…演劇の…」
「レッスン? アイドルとかやってるんですか?」
「…ううん…モデルみたい…」
「どこかの事務所に所属しているとか?」
弥永さんはこくりと頷きました。
芸能活動をしていてこの浮雲高校で学年一とかそれはそれでモンスターですね。
「…女優志望…って聞いた…」
もし在校中に売れて部活動に参加できなくなったら幽霊部員化。今日の口ぶりだとそれだけは避けたいから悩んだということですね。
性格としてはやるからには徹底的に、というタイプなんでしょうか。
プロ意識が高い印象を受けます。
このプロ意識を燻る何か良い手はないのでしょうか?
「…女優…志望…」
演劇がやりたい…それは今日の彼女の夢を語っていたときでも言ってましたね。
もしかしたら、総一郎さんが在校中に書いた演劇の台本に何かヒントがあるかもしれません。
明日、もう一度倉庫に行ってみる必要があるかもしれませんね。
「そういえば、総一郎さんは今はどのような作家活動をしてるか聞けましたか?」
「…やっぱり…大学の劇の脚本やったりとか…偉い作家さんのアシスタントしたりとか…ピンチヒッターで…原稿書いたりとか…」
事実なんでしょうがたぶん規模が違います。
あれだけの才能を持ってる人が未だに作家の卵みたいな扱いを受けてるとは到底思えません。
例えばアシスタントというのはゴーストライターのことだったり、ピンチヒッターは最初だけでそのまま連載を抱えることになったり…。
「ペンネームは聞きました?」
「…ないって言ってた…」
嘘っぽいなー…。高校であれだけ嫌な思いをしたので今は別名で活動してる気がします。
実は昨日家に帰った後に「弥永総一郎」で検索したのですが、大学の演劇関連のところしかヒットしなかったんですよね。
彼は文芸部の活動に新人賞の投稿を挙げていました。彼の実力からして箸にも棒にもかからないとか到底考えられない。
もしくは本当に、高校のことがトラウマで作家活動は止めてしまったのでしょうか…。
長い沈黙の時間が流れます。
そういえばここに来るまで制服下校デートだって浮かれていました。
弥永さんと僕は向かい合うように座っていて、客観的には恋人同士にしか見えないでしょう。
普段は分厚い本を抱えた文学少女が髪を整え、ちょっとだけおめかしし、頼んだマッ〇シェイクにも手を付けずに僕の言葉を待っている。
めちゃくちゃ萌えるシチュエーションじゃないですか。
作戦会議のことはとりあえず置いといて、今はこの時間を楽しみますか!
「そういえば最初に会ったときに抱えてた本、あれはどうしたんですか?」
「…あ…あれは…その…」
「とても分厚かったですよね。何ていう本なんですか?」
「…名前は…ないの…」
「…ない?」
「…あれは…兄さんの…高校生活を綴った…日記みたいな…ものだから…」
日記?
たった3年間の日記であの量?
何が…書かれているんだ…?
「…文芸部で楽しかったこととか…辛かったこととか…何をしたとか…このときどう思ったのかとか…そういう兄さんの…苦悩が…書かれている…」
彼女を復讐に駆り立てた呪いの書だ…。
「今、持っていますか?」
彼女はこくりと頷きました。
スクールバッグからそれを取り出し、重そうに僕に差し出しました。
何百、下手したら何千ページとかの厚さです。
僕はパラパラとページをめくると、これがただの日記ではないことに気づきました。
いわば、総一郎さんの思考回路そのままです。
このとき何を思い、どんな可能性を考え、実際どのように行動し、どのような結果になったか、そしてその改善点、インプットした知識、誰が何を言ったとかを本当に事細かく。
日記というより、メモ帳でした。
頭の中のメモ帳。
これだ。
「弥永さんは、この本を全て読みましたか?」
彼女は小さく首を振りました。
「…乱筆…乱文がすごくて…それに…読んでたら…辛くて…」
でしょうね。彼女にとってこれは大好きなお兄さんの悲痛な叫びそのもの。
文芸部が廃部になっていて、自暴自棄になって、屋上に飛び出したときに抱えていたのは、兄の無念だったわけです。
故に、その役目は僕が負いましょう。
「その本を一晩貸してください。おそらくそこには、総一郎さんのペンネームが書かれています」
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