4月11日 16時21分

「みつけた」

“浮雲高校文芸部資料在中”

そう書かれた段ボールが5箱ほど倉庫の奥で見つかりました。

有難いことに、入っている資料がいつからいつまでに作られたものか、一つ一つ細かく書いてありました。

廃部が決定した年の分の日付もあるので、一応部員は存在し、活動も行っていたのでしょう。

一つ気になったのが、その最新の日付が総一郎さんが在籍した3年間プラス卒業した後の3年間分が一つの箱に収まっていたことです。

総一郎さんが卒業した後は、おそらく零細化した部活動になっていたはずなので、まともな量が入っているとは思えません。

意を決してその段ボールを開いて見ると、容量一杯に敷き詰められた冊子が顔を出しました。

やはり、総一郎さんが卒業した後の3年間の資料は数冊程度。

それ以外は全て総一郎さんが作成した資料ということになります。


この量を、全部一人で?


まず文集の厚さが尋常じゃないです。

高校の文芸部の文集なんて見たことないですけど、参考書程度の厚さはさすがにおかしいでしょ?

手に取って読んでみましたが、なんとそのほとんどが総一郎さんの作品集になっていました。

ミステリー、恋愛、SF、ホラー、歴史、ドキュメント的なルポもありました。シリーズ化した長編小説もあれば短編、ショートショート、詩集までなんでもござれ。

ざっと読んでみましたが、高校生が書いたとは思えないほどのクオリティでしたし、表現の幅が広い。

ライトノベルのような一人称文体もあれば、三人称もあり、さらに主観的だったり客観的なものあったり、古典文学のようなものもありました。

他にも何冊もある同人誌、未発表と思われる原稿の束、演劇の台本…。

これを一介の高校生がたった3年間でこなせるものなんでしょうか?

こんなのモンスターでしょ?

何者なんだこの人は?

そりゃ他の部員は馬鹿馬鹿しくてやってられないってなりますよ。

真面目に文芸活動したい人はこの才能に打ちのめされ、お遊び半分の気持ちで入った人は温度差の違いで離れていき、気が付けば総一郎さん独りきり。

しかもそれで困るどころかどんどん技量は上がり、才能を開花させていく。

たぶん、総一郎さんは”普通”に仲間と文芸活動をやってみたかっただけでしょう。

でも総一郎さんの才能がそれを許さなかった。

頑張ればきっとわかってくれるって、総一郎さんが思い込んだのも逆効果だった。

天才に、凡才の気持ちがわかってたまるか。


「弥永さん、お兄さんは作家か何かですか?」

「…大学生…だと思う…」

「ではそういった活動はされていますか?」

「…たぶん…してる…詳しくは知らない…」

総一郎さんにまた直接聞けばわかることでしょうが、今はそんなことはどうでもいいでしょう。

「問題は、弥永さんがこの文芸同好会で何がしたいか、です」

「…」

「総一郎さんの後悔はこの文芸部を崩壊させてしまったことです。弥永さんも読書好きなら、お兄さんの才能、技量、そして熱意はこの一冊を読めばわかるでしょう。皮肉にも、それが空回りした結果がこれです」

「…」

「以前、弥永さんは文芸同好会の活動内容を聞いたとき、お兄さんのしてたことをやりたいと言ってましたね。ごく普通の文芸部としての活動ですよ。特別なことはたぶん何もしてない。特別だったのは彼の才能ですね。弥永さんがこの文芸同好会で何がしたいかを要約すると、文芸活動がやりたいになります。改めて聞きます。あなたは本当に文芸活動をやりたいのですか?」


「お兄さんの無念を晴らしたいだけなんじゃないですか?」

「…うん…そう…私は、この文芸部に復讐したかった…だけ…」


…やっと、ここまできました。

「…あんなに頑張ってた兄さんを…この文芸部は裏切った…つまらないプライドとか…ふざけた気持ちで兄さんの気持ちや…努力や…苦労を踏みにじって…悔しかった…」

「そしてあなたは、この文芸部を立て直したかった…」

「…兄さん…この文芸部がすごく…好きだったの…みんなのためを思って…負担にならないように何から何まで全部やって…企画とかも考えて…楽しいって思えるようにとか…」

彼女の大きな瞳から、大粒の涙がいくつもいくつも、落ちていきました。

「それなのに…事態はむしろ悪化して…兄さんどんどん元気なくなって…辛くなって…泣いて…でもやっぱり頑張って…私も手伝って…でも…全然…あの人たちには…」

届かなかった…。

「ぜったい…ぜったい私が何とかしてやるんだって…そう思って…苦手な勉強頑張って…この高校に入学したの…そしたら…廃部になってた!」

だとしたら、彼女が屋上にいた理由って…。

「死んでやろうって思った…」

なんということだ…。

思い違いも思い上がりも甚だしかった。

あのとき、彼女は絶望の淵にいた。

勝手に文学少女とカテゴライズして、真実が全く見えていなかった。

表情が豊かで分かりやすいとか、よく言えたものだ。

今僕は、自分がとても恥ずかしい…。


「そんなとき…屋上のドアの向こうで…誰かが呼んでる気がしたの…」


…え?

「…嘘じゃないの…本当に…誰かが…きっと何とか…してくれるって…」

待て待て待て待て待て。

「…そこには…あなたが…いた…」

ラブコメの運命力…!

僕があのとき何気なく文化棟に行ったことで、一人の人間の運命を大きく変えてしまった…?

戦慄を覚えました。

もし僕が”入部勧誘イベント”を流してたら?

もし僕が文化棟に来なかったら?

もし僕が自発的に部活動を見に行こうと思わなかったら?

もし僕が3階から回ろうとか思わなかったら?

もし僕が階段を登りすぎなかったら?


この娘の運命はどうなっていただろう?


もちろん彼女の飛び降りが成功していたかどうかはわかりません。

ただの偶然だって、一笑に付すこともできます。

彼女が本当に自殺したかったのか、ただの中二病の戯言を言ってるだけなのか、そのあたりの疑いだって捨てていません。

ただもし本当ならば、それにしては出来過ぎている。


そしてその出来過ぎた偶然に、心当たりが多すぎる。


僕はこのまま文芸部復活の活動を続けていいのでしょうか?

いろんな運命の、因果律を曲げるようなことをし続けて、何か大きなしっぺ返しみたいなのは発生しないでしょうか?

彼女は滝のように流していた涙を瞼の中に閉じ込めて、僕の言葉を待っていました。

僕がこのラブコメのヒーローとして、このヒロインを救うための魔法の言葉を。


“決して目を逸らさずに向き合うでござるよ?”


「あなたの復讐に加担するつもりはありません」

「…はい…」

「でも僕は、僕の幼なじみに言っちゃったんですよね。流れでそうなったとはいえ、やるからには全力だって。得てして主人公はこういうものだって」

「…主人…公…?」

「ただ復讐というのは頂けません。断固拒否です。だから僕からあなたにお願いします」

「…なにを…?」

「僕の青春学園ラブコメストーリーのステージを、ここで作らせてください」

「…ら…らぶこめ…?」

「あなたを、そのヒロインの一人に任命します。それでよければ文芸同好会の設立に協力しましょう」

「…ごめん…ちょっと何を言ってるのか…よく…」

「交換条件ですよ。運命の声を聞いたのでしょう? 僕が何とかしてくれるって。きっと何とかできますよ。ただ僕にも目的がある。僕のメインヒロインを探すという目的が。そのためにあなた自身が必要になるかもしれない」

「…わ…わたし自身が…必要って…? …え? …え?」

「もしその時は…僕のヒロインに…なってくれますか?」


「…はい…」

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