4月11日 12時7分

僕と弥永さんは校庭のベンチに腰かけました。

文芸部復活改め、文芸同好会の発足の作戦会議及び昼食のためです。

お昼を一緒に食べるイベントもやはりラブコメでは必須であるので、粛々とイベント消費をこなしてる感があります。

「確認ですが、弥永さんの知り合いで文芸同好会に入って頂けそうな方はいらっしゃいますか?」

弥永さんは小さく首を振りました。

「恥ずかしながら、僕もそういったことを頼めそうな知り合いはいません。唯一幼なじみがいますが、生徒会に入ってしまったので無理でしょう」

少女はこくりと頷きました。

「となると、他の同好会のように入部勧誘争奪戦に参戦しなければならないということになります。できそうですか?」

弥永さんは小さく首を振りました。

「ちなみに、文芸部は廃部になりましたが”読書同好会”はあるようです。人づてですが、文芸作品を楽しむことが活動内容と聞きました。そちらでは代替できませんか?」

少女はこくりと頷きました。

「文芸同好会では何をするつもりですか? 読書も活動内容に入りそうですが、小説を書いたり、文集の発行などですか?」

「…兄が…していたこと…全部…です…」

「お兄さんはこの他に何をやられていたのですか?」

「…兄に…聞きながら…やりたいと…思ってました…」

ブラコンかよ…。

どうも彼女が何度か足を運んだというお兄さんがいた頃の旧文芸部の活動を再現をしたいようです。

そんな文芸部に魅力を感じるのはこの学校では彼女だけでしょう。

僕も含め、当時の旧文芸部が何をしていたなんて知りようがありませんし。

そもそもそんな理由で文芸部を再興したところで、お兄さんも喜ぶものなんでしょうか?

「お兄さんは、それを望んでいるのですか?」

結局素直に口に出してしまいました。

僕も一人の妹を持つ兄です。

兄がしていたことを自分も追随すると聞いたら、悪いようには思わないかもしれませんが、それでもそれは妹にとっては正しくはないと考えるでしょう。

「…兄は…知りません…望んでも…いないと思います…」

「だったら何故?」

「…兄は…後悔があると…言ってました…文芸部でやり残したことがある…と…」

後悔? やり残したこと? お兄さんが?

当時の旧文芸部に足を運んでいた頃のあの楽しさが忘れられない、とかそんな理由じゃないのか?

「それは何か知ってるのですか?」

弥永さんは小さく首を振りました。

駄目だ…とてもじゃないけど協力できません…。

何かの間違いで会員があつまったとしても、その集まった会員は彼女の自分本位な願望に巻き込まれた被害者です。

せめて、そのお兄さんの”やり残したもの”とやらを知らないと…。

「お兄さんに連絡取れますか?」

「…え?」

この無口系読書少女は意外と感情表現が豊かです。

驚いたときは驚いた顔をしますし、悲しいとき、嬉しいときも、ちゃんと表情に出ます。

なので、目を見開き、こっちを向いて硬直したとしても不思議ではありません。

「お兄さんの電話番号、メッセージアプリのアドレスでも結構です。教えてください。無理なら弥永さんのスマホを貸してください。そうでないと、僕は協力できません」

「…で、でも…」

「何か問題でも?」

「…い…忙しい…と思うから…」

「兄が妹を無下にするはずがない!」

「…」

「そういうお兄さんですよね?」

「…はい…」

彼女はおもむろにスマホを取り出し、メッセージアプリを起動させました。

フリック入力で素早くメッセージを送っています。

「…大丈夫みたいです…」

「通話させてください」

彼女からスマホを受け取り、通話ボタンを押しました。

2コールもしないうちに彼女のお兄さんの声が聞こえてきました。


『はじめまして。弥永総一郎と申します』


「大橋明日真です。突然のお願いにも関わらず、ご対応いただきありがとうございます」

『いえいえ、どうやらお礼を言わないといけないのはこちらのようですからね』

「陽菜さんからどこまで聞いていますか?」

『何も聞いていませんよ。まあご存じかもしれないですけど、陽菜はとにかく口下手でしてね。ただ聞き上手な側面がありますから、私の愚痴を聞いていて、思うところがあったようだということは知っています。文芸部のことでしょう?』

「ええ、陽菜さんは文芸部の復活を希望しています。しかも、総一郎さんがいた頃の文芸部を」

『文芸部復活? なるほど、廃部になってたんですね』

「あまり驚かれないんですね?」

『私がいた頃から兆候はありました。むしろ、私がいたときに兆候が現れました』

「…僕は思ったことをすぐに口に出してしまう悪癖があります。生意気な口の利き方をして申し訳ないのですが、総一郎さんが原因ですか?」

『おそらく、そうだと思います…』

「何があったんですか?」

『それがわからないのです。私が入部したときは普通だったと思うのですが、1年生の秋頃からポツポツと退部者が出て、私が3年生のときには5人くらいだったのですが、私以外幽霊部員でした。私が卒業したのが3年前なので、むしろよくそこまで持ったというか』

「失礼ですが、本当にトラブルはなかったんですね?」

『…申し訳ない。記憶にないです』

「陽菜さんはお兄さんが文芸部でしていたことを再現したいようです。これについてどう思われますか?」

『反対です。活動内容は部員全員で考えるべきです』

「総一郎さんは文芸部で何をしていたんですか?」

『年に4回、文集を発行していました。幽霊部員ばかりだったので他の部や同好会から寄稿してもらったり、大学の文芸部やOBにお願いしたり。それと年に1回、同人誌を作成して同人イベントに参加していました。他には新人文学賞への投稿や、校内掲示板への告知、活動報告書の作成などです』

「…随分精力的に活動されたんですね? 一人ですよね?」

『ええ、まあ。なんとか文芸部の魅力を伝えたいと思いまして』

「なるほど。僕からは以上です。改めて本日はありがとうございました」

『むしろお礼を言うのはこちらの方です。陽菜のためにありがとう。巻き込んでしまって申し訳ない。勝手だとは思いますが、陽菜を頼みます』

「わかりました。それでは失礼します」

なるほど、合点がいきました。

傍らには不安そうに見上げる陽菜さんがいました。

僕は彼女にスマホを返し、背伸びをしました。

時間はないですが、勧誘開始は明日からするとしましょう。

まずは彼女にこの文芸部の方針を決めてもらうことが先決です。

「弥永さん、放課後になったら生徒会室にいきましょう」

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