4月8日 16時53分

1号館1階、生徒会室前。

僕と弥永さんはそのドアの前に立っていました。

先ほどと違い、おそらくこの扉の鍵は開いているでしょう。

ドアの向こうから時折人の声がします。

ドアを開ける役目は彼女になりました。

どうやら全く喋れないこともないらしく、ここに来るまでの間にいくつか言葉を交わすことができ、その話し合いの中で決まりました。

僕は彼女から1歩引いたところで待機。

重いハードカバーの本が入った彼女のスクールバッグに加え、自分のそれも持っているので結構キツいです。

やがて意を決した彼女は、コンコンと生徒会室のドアを叩きました。

『はーい!』

『あ、会長、大丈夫です。私が出ます』

ドアの向こうで返事があり、パタパタとした足音がした後、その扉は開かれました。

その先にいたのは、見知った顔。というより、最近になって見るようになった顔。

「え? 大橋君?」

「…三宅さん?」

僕の幼なじみ、三宅彩音がそこにいました。


「やあ、君が大橋明日真君だね。はじめましてなのかな、ボクは筑紫丘由紀。この学校の生徒会長だ。以後、お見知りおきを」

ボクっ娘!?

さすがラブコメ世界、現実には存在しないボクっ娘を事も無げに登場させるとは…!

「…大橋です。よろしくお願いします。そしてこちらが…」

という流れで彼女が自分から名乗るのを期待したのですが、聞いていないのか恥ずかしくてモジモジしているのかよくわからない表情で顔を俯かせて黙っていました。

「…弥生陽菜さんです。彼女は文芸部の入部希望者です。部室に行ったら生徒会によって封鎖されていたので問い合わせにきました。僕はその付き添いです」

「部室に行った? 部活動名簿には目を通したかい? その中に文芸部の名前はなかったはずだが?」

「ええっと、それは…」

そういえば気づかなかった。

なぜ彼女は文芸部がこの学校にあることを知っていたのか。

2年生か3年生…ではないだろう。スクールバックは真新しいし、ノーメイクだからか高校生にしては幼い雰囲気がある。この無口系ヒロインがそのあたりちゃんと説明できるか…。

「私の兄が…この文芸部のOBだったから…です…」

しっかり長めに説明できてる…!

よしよし、古〇さんクラスの無口ではなかったようです! 良かった良かった!

「部活動名簿は読んでいなかったと…。まあいい。それでよく部室の場所まで知っていたな?」

「兄がいたときに…何度か行ったことがあります…」

「部外者は立ち入り禁止なんだが…。まあ今も昔も緩いからな。なるほど把握した。文芸部は昨年をもって廃部となったんだが、その復活を希望しているのだな?」

弥永さんはこくりと頷きました。

「三宅クン。説明したまえ」

「はい」

そう言って、三宅さんは一角にあるキャビネットから分厚いパイプ式ファイルを持ち出しました。まだ入学して2日目なのにどうして関連書類が保管してある場所を把握しているのでしょうか?

「文芸部は昨年度をもって廃部となりました。文芸部復活を希望される場合は新規の同好会として発足するしかありません。もしその新規に発足した同好会が認可されれば、部室が割り当てられます。どこの部屋になるかは基本的に生徒会が指定しますが、同じ部屋を望むのであれば優遇も可能です。他にも新規認可の同好会があれば競合の可能性がありますが、空き部室は他にもありますので大丈夫でしょう。如何でしょうか?」

「入学してまだ2日目なのに何でそんなことをスラスラ言えるの?」

やっぱり素直に口に出してしまいました。

「だって今月1日からこの生徒会の仕事を手伝ってたもん。合格発表のときから会長に言われてね。正式な加入は昨日からだけど」

なるほど、昨日言ってた「他に行くところ」というのは生徒会だったわけですね。

それにしても生徒会長直々に青田買いをされたわけですか。どういう繋がりがあるのでしょうか?

「会長と前から知り合いだったの?」

「え? 筑紫丘って名字からピンときてない?」

逆に質問されました。確かに珍しい名字だと思いますが、はて、彼女は何が言いたいのでしょう?

「はっはっは! さすがに後輩全員がボクの名前を知っているはずがないだろう。むしろそれくらいが丁度いいものさ。あくまで生徒が主役。中学でも高校でも、そのスタンスを変えるつもりはない」

なるほど、合点がいきました。

「会長はウチの中学の生徒会長だったのか」

「君の学年の一つ上さ。ちなみに、二期務めた」

「知らぬ人はいないと言われた有名人だったのに、いたのね…知らぬ人。しかも幼なじみに…」

幼なじみのメッセージアプリの”グループ”があったことも知らない、中学の頃2年間も生徒会長だった人の名前も知らない。なんだか異世界に飛ばされたというより、むしろ僕が異世界からやって来たみたいな気分です。

「彼女は1年のときから風紀委員会に所属してたし、3年生のときは委員長を務めた。非常に優秀だと聞いていたから、同じ高校を志望していると聞いてそのときぐらいからツバをつけておいたんだよ。当校には風紀委員会はない。自由な校風には不要だという理念から伝統的に作らないとされているんだ。その代わりに生徒会がその役目を負って、彼女にそれをお願いしたというわけさ。こういう問い合わせも彼女に対応させている。納得いったかい?」

「ええ…まあ…」

朝の登校時には付いていなかったバッヂが彼女のブレザーの襟元で光っている。おそらく生徒会役員の印なのだろう。生徒会の仕事をするときだけ付けるようにしたのかもしれない。実に様になっている。

「話を元に戻しましょう。つまり文芸部復活というのは不可能で、新たに同好会を立ち上げるしかないわけですね?」

「その通りだ。ところで、発起人は弥永さんで、入会希望者は君たち二人だけかい?」

「いえ、僕は…」

言いながら弥永さんの顔をチラ見すると、彼女は真っすぐ僕の顔を見ていました。

視線がぶつかり、彼女の気持ちが伝わります。

そうだよな、この流れだったらそう思うよな。


“決して目を逸らさずに向き合うでござるよ?”


ここで塩原氏のフラグ回収ですか。

正直、彼女がメインヒロインであるとは考えにくいです。

僕が勝手な思い込みでいたずらに文化棟に近づいてしまったために発生してしまいましたが、通常プレイ時には不要なイベントのため、彼女はサブヒロインの可能性が高いです。

だからここははっきりと「違います」と断った方がメインヒロインの攻略が楽になるでしょう。


でも、ゲームじゃないんだよなあ…。


リアルでこの瞳に見つめられたらそんなドライになり切れませんよ。

なんどもやり直しができるゲームだから選択肢に迷いがなくなるんですよ。

今回は〇〇ルートだからここの選択肢はこうって、マウスを動かす指先一つで、はいさよならって。

無理に決まってるじゃないですか。相手も僕も、人間だもの。

「いえ、僕は今のところ入会希望ではありません。これから入会希望者を募り、その上で入るか入らないかを決めます」

会長はフッと笑い、弥永さんはホッとした顔をして、三宅さんは…よくわからない顔のまま、一枚の紙を差し出した。

「承知しました。それではこちらが同好会の新規認可申請の申込用紙になります。提出期限は入部勧誘期限と同じ、来週15日の18時まで。期限以降の提出は一切認められません。認可条件ですが、発起人を含めて一般会員が5名以上、顧問として正職員の先生1名が必要になります。兼任会員は認可条件に含まれません。顧問の掛け持ちは2つまでとなっておりますので依頼の際は注意してください。参考資料として顧問の受け持ちが1つ以下の先生の名前をリスト化したものをお渡します。準備に少し時間がかかるので、それまで入会勧誘の際の注意点をまとめたしおりを読んでおいてください。質問等あれば生徒会役員まで。他に何か言いたいことは?」

「優秀だなお前!」

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