4月7日 16時6分

まだまだ日の入りまでは早く、真昼のような太陽が少しだけ傾きかけた住宅街の小さな公園。

いつもなら何人もの子どもたちが元気よく駆けずり回り、喧騒の真っ只中の時間帯であるにも関わらず、そこにはほとんど人の姿は見えませんでした。

目を凝らすと、公園の奥の方で見慣れたセーラー服を着た女子生徒が、一人寂しくブランコを漕いでいました。

漕ぐといっても、元気よく楽しく遊んでいる様子ではなく、何か物思いに耽って、ふとしたときに今自分はブランコに乗っていることを思い出したように、少しだけ身体を揺らしているだけでした。

その女子生徒はそれでこそ毎日顔を突き合わせているような人物です。

つまり我が家族、一つだけ年下の実の妹、大橋茉白でした。


えっ? 実妹ルート?


そんな馬鹿なという気持ちと、そうであって欲しくない気持ちと、本当に実妹ルートがきたらどうなるんだろうという期待に胸を膨らませ、僕は茉白に声をかけました。

「どうしたんだ? 茉白?」

「え…、お兄ちゃん? そっちこそどうしてここに…?」

「た、たまたま足が向いたんだよ。そしたら茉白の姿が見えたからさ。何かあったの?」

「ここで”何もない”って言っても、説得力ないよね? 自分で言うのもアレだけど、露骨だし」

はああああーっと深いため息を付いた茉白は、改めてちゃんとブランコを漕ぎだした。

「ブランコとか久しぶり。なんであの頃これが楽しかったんだろ?」

「認知心理学でアフォーダンス理論というのがある。環境のあらゆる要素が動物に影響を与え、動物はその環境に適した行動を取るというものだ。ブランコという漕げるものがあったら漕いでみたくなる。本能みたいなものだろ」

「それ絶対受験には必要のない知識だよね。ガリ勉め」

「いいんだよ、趣味なんだから」

「趣味…か…」

漕いでいたブランコをゆっくり制動し、何度か頭をかいてから意を決したように僕を見上げて言いました。

「実は私、最近”グループ外し”にあったの」

「”グループ外し”?」

そもそもグループに入ったことすら今日がはじめてという、現代っ子にあるまじきSNS弱者の僕ですから、”グループ外し”が何を意味するのかがいまいちピンときませんでした。

「有り体に言えば、仲の良かった友達から仲間外れにされたの」

茉白はどこにでもいる普通の女の子です。

僕のようなコミュ障でもなければ、絶対的なカリスマ性を有しているわけでもない。

顔だってそんな美少女というわけではないが、なかなか伸びない身長も相まって小動物的な可愛らしさというものはある。

動物が大好きで、我が家の愛犬の世話は茉白が全て担当し、お金に余裕ができたタイミングで猫カフェに行くのが何よりの楽しみ。

子どもが迷子になっていたら誰よりも早く察知し、友達と夏祭りにでかけても、その子の親が見つかるまでずっとその子の傍にいるような心優しい面があったりする。

去年は友達とプールに行ったり、海に行ったり、同じ塾の勉強会に参加したり、クリスマスだって友達の家で過ごしたじゃないか。

その友達から仲間外れ…。正直、信じられないというのが本音です。


「理由は聞いているのか?」

「なんでも、”意識が低い”んだって」

“”意識”というのは向学心のことを指すのでしょうか?

「お兄ちゃん知ってる? 意外とお兄ちゃんって有名人なんだよ? ウチの中学校は成績とか貼りださないけど、定期試験ではだいたい1位だったんだって。塾の全国模試でも上位だったって、塾の先生が言ってた。そんな人の妹だから”学力高め”のグループに目をつけられてさ。気が付いたら周りの人みんな頭いい人だらけ。小学校の頃に仲良かった友達ともちょっと疎遠になっちゃって。もし成績を落としたら離れちゃうのはわかってたから友達を続けるために一生懸命勉強して。でも2年生に上がってしばらくしたら何か疲れちゃったというか、嫌になったというか。そしたらどんどん成績落ちて、その人たちからの態度が変わってきてだんだん距離が離れていって、この春休み期間についに”グループ外し”。失望したって言われちゃった」

「いや、なんだそれ。理不尽にも程があるだろう!」

勝手に期待して勝手に失望して勝手に切り捨てられて。振り回される身にもなってみろ。

あくまで本人の主観に基づく言い分なので、丸々全て飲み込むわけにはいきませんが、結果的には”友達”に対する扱いではないということは、はっきりしています。

おそらく、最初から”友達”として見られていなかったのではないか。

そう考えた方が自然です。


「私たち、友達だったのかな?」

難しい問いかけです。

友達の定義についての議論には正答がありません。

“人それぞれ”という便利な言葉がありますが、学校という狭いコミュニティーで生活している彼らからすると、交友関係が全てと言っても過言ではないでしょう。

そんな舐めた口を効くと、子どもたちから見放されますよ? 大人たち?

SNSが発展した現代においても、リアルの付き合いの影響力は絶大です。

そもそも、人は何故一人では生きていけないのか?

極論を言うと、最初から”グループ”なんてものに入らなければ、友達甲斐がない連中と関わることもありませんでしたし、心に傷を負うような”グループ外し”に遭うこともありませんでした。

だったら最初から友達なんて作らなけばいいじゃないですか?

もしくは友達に対する精神的な立ち位置をグーっと下げる。

大量生産大量消費大量廃棄。

失望した? 切り捨てられた? ハン、そんなのこっちのセリフじゃ!

所詮はカートリッジなんだから思い上がるなよ?


思ってもないことを考えてしまいました。


“素直な子は大好き”と褒められた当日にひねくれていては世話がありません。

例えどんな関係だったとしても、人が傍にいるとき、とても安心する。

登下校、満員電車、授業の合間の休み時間、グループで行うレクレーション。

その安心感を得るためだけに自分や他人が傷つくのは間違っていると思うけど、ちゃんとお互いを思いやり、支え合い、讃え合うことができたら、きっと人生は上手くいく。

定義化されなくても、何となくわかるんですよ。人間ですから。

「友達だったんだろ? 少なくとも、お前にとっては」

「…」

さすがに我が愚妹であっても、人の尊厳を踏みにじるような暴言をしてはならないとは思いますが、現実を客観視するための儀式は必要です。

やはりどこかで客観視できてないから、明らかに友達扱いされてない人間であっても”友達”と認識している。


この際、はっきり言ってやりましょう! お兄ちゃんですから!


「”君に〇け”の吉田〇鶴はこう言った! 友達とは、気づいたらもうなっているのものだと!」

「へ? なんかの漫画のセリフ?」

「名作だ。少女漫画だし、今のお前に刺さる話だから帰ったら読んどけ。僕の部屋に全30巻ある」

「少女漫画を全30巻持ってる実の兄…」

「僕の部屋を見たことがないのか? これでもごくごく一部だぞ?」

「勉強だけしてたんじゃないの!? なんで少女漫画をそんな読み漁ってるのよ!?」

「キモいだろ? 連中に聞かせてやれ。きっとドン引きする」

「すごく尊敬してるみたいだから、もしかしたら馬鹿馬鹿しくて勉強やめちゃうかも」

「そうなったら、所詮その程度だったんだろ」

「…」

「簡単なんだよ、人が何かを切り捨てることなんて。難しいのはそれを大事に思い、大事に扱い、なくてはならない存在になることなんだ」

「…」

「確かにお前は切り捨てられたのかもしれない。大事に思われなかった、大事に扱われなかった、別にいなくてもいい存在だった。だけどそれは、お前自身にも言えることだったんじゃないのか?」

「…ッ! 知ったようなこと…!」

「さっき自分で言ってたじゃないか。勉強に疲れちゃった、嫌になったって。そして成績を落としたら態度が変わったって。連中からすれば最初に切り捨てたのはお前の方からだ」

「…」

「はっきり言ってやろう。お前たちは友達じゃなかった。お前が連中とつるむのに嫌気がさしていたように、連中もお前とつるむのに嫌気がさしていた。だから理不尽な理由で切り捨てられた。切り捨ててしまった。お互いに破綻していたんだ」

「…そうだね」

「だから探せ、吉田〇鶴のような友達を! 資格も条件も必要ない。他人が何を言おうと構わない。お前のことが好きだとはっきり言ってくれる友達を! そのあるべき姿がこの漫画に描かれてある!」

「私の友達の…あるべき姿が…?」

「そうだ。今日の話を聞く限りおそらく僕とお前は似た者兄妹だ。僕も受験勉強で一緒に教え合ったような仲の奴を友達としてカテゴライズしていたが、受験が終わった瞬間ぱったり切れた。今思えばお前の友達やってた連中と同じ程度の扱いだったのかもしれない。幼なじみだってそうだ。僕の中ではずっと友達やってるつもりでいたが、その友達からすれば友達未満であることが今日初めて判明した。なかなか凹んだぞ。その”グループ”にすら入れてもらえなかったんだからな」

「すごく…シンパシー感じる…」

「だが何かの間違いがあってその”グループ”とやらに入れてもらうことができた。それだけじゃない。入学式当日だというのにクラスメイト10人とメッセージアプリのアドレスの交換をし、先ほどまでボウリングを楽しんできた」

「陰キャガリ勉のお兄ちゃんらしからぬリア充ライフ!? 高校デビュー大成功じゃん!」

「思い知ったのだよ僕は。やはり人と人の繋がりは大事だ。フェードアウトするつもりだった人間関係だって、いざその輪の中に戻ってくると嬉しいものだし、教室の片隅で誰とも話さずつるまず関心を持たないようにしてたって、やっぱり心のどこかでそれを求めてる。こんな異世界転生までしないと気づけないことだったなんて…」

「異世界転生?」

「いやいや、こっちの話だ」

「でも、クラス替えとかないからあの子たちからハブられたら他のクラスメイトとかにすぐにバレちゃう…。私がいたグループ、スクールカーストのたぶん一番上だったから何ていうか、落ちぶれてしまった感じがあって他のグループに入れてもらえるか…」


「1年くらい我慢しろッ!!」

「ええっ!?」


「これからお前は浮雲高校を志望しろ。僕と一緒の学校だ。そこで僕が最初の友達になってやる。これまでお前が友達と思ってきた上辺だけのじゃないぞ、それこそ家族レベルの(というか家族そのもの)愛に溢れた真の友達だ。真友だ! あ、親族だから親友の方がいいのか…。とにかく親友だ! 戸籍的にも一生続くことが保障された大親友だ! 何なら今からでもなってやる。まずは漫画の貸し借りからはじめよう。勉強も見てやる。成績が落ちたらしいが問題ない。この親友に任せておけ!」

「…ほんとうに…?」

「ああ、兄且つ親友の言葉に二言も嘘偽りもない」

茉白はしばらくポカンとした顔をしていましたが、次第に口角がピクピクと動き出し、徐々にちゃんとしたニヤケ面になり、少しずつ顔を朱に染めていきました。

「へ、へへへ…。ヘヘヘ…兄妹で友達とかキモいよー。へへへ…。しかも親友とかぁ…へへへへ。やべーこのシスコンやべーよぉ、へへへへへ…」

やがて顔を真っ赤にして手のひらを両頬に当ててニヤニヤしながら、ブランコの周りをクルクルと回りはじめる我が妹。

それを見ながら僕は、これはフラグを回収したのではなく、地雷を踏み抜いたという表現の方が正しいのではないかと思いはじめていました。

「さ、さあ、結構話し込んでしまったからな。母さんも心配してる。帰ろうか?」

「うん、帰る! 一緒に帰ろう?」

そういって実の妹は実の兄の腕にからみついてきました。

一つのイベントで好感度が爆上がりです。

ハーレム系ラブコメだってもう少し丁寧に物語を組み立ててイチャラブ関係にします。

実の妹があまりにもチョロ過ぎる…。

公園の人影は相変わらず見当たりません。

こんな不自然なことは確信をもってあり得ないと断言できるので、家に帰ったら早々に対策を立てなければなりません。

「ところでさ、お兄ちゃん。男女の友情って成立すると思う?」

「ホィェアァ!?」

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