4月7日 12時39分

僕らは市内のボウリング場に到着しました。

途中、マク〇ナルドで昼食を取ったのですが、カウンター席に座ろうとする僕を目ざとく見つけた高宮さんから首根っこを掴まれ、高宮さんグループのド真ん中の席に座らされました。

四方、全て女子。

少し離れた席にいる横手君からの途轍もないプレッシャーを感じながら、ちまちまとハンバーガーを口にしていたのですが、彼女たちのマシンガントークのせいでなかなか食事が進みません。

「ねえ、大橋君。私たちに言うことがあるよね?」

「この度は、大変申し訳なく思っている次第でございまして…」

「さっき横手に聞いたんだけど、なんでも可愛い幼なじみとの下校デートを断ってこっち来たんだって?」

「え? 可愛い幼なじみと下校デート? なにそのラブコメ主人公!」

「へー? 大橋君ってモテるんだね? もしかしてこの状況も大橋君の狙い通りってことなのかな?」

「恵里のパンチラゲットできたのも狙い通りだったりして?」

「やーめーろー…思い出させるなー…」

「そういえばここにいるガングロギャルの名前、大橋君はもう覚えているのかな?」

「今日はギャルじゃねえだろ! それと色黒なのは元からだ! 人が気にしているところをイジんじゃねえ!」

「はい、大楠咲さんです」

「えらいねー。ちゃんと覚えてきたねー」

「え? もしかしてあたしら、何らかのプレイを見せつけられてる?」

「エイジプレイって言うんだよ、咲ちゃん。赤ちゃんプレイって言う方が日本じゃ主流みたいだけど」

「高校入学したばかりなのにそんな倒錯した性癖を持つな変態ども!」

「私がそれを指摘するものどうかと思うけど、たぶん違うんじゃないかなー」


その後、横手君をはじめとした男子全員に首を締めあげられ、そのラブコメ主人公枠を俺たちに寄越せと脅されました。

渡せるものなら渡したいです。

美少女集団に囲まれ、ウダウダと煮え切らない態度を取り続け、負けヒロインの結婚式をぶち壊し、最終的に〇〇〇を選んだラブコメ主人公に殺意が沸いていたあの頃に帰りたいです。


ボウリング場では2レーン使用することになり、5人ずつに別れました。

「どうせならあまり話したことのない人同士にするべきなんじゃね?」

という横手君の一言により、僕と高宮さんは強制的に離され、長丘さん、大楠さんと同じグループに割り振られました。

残りの男女二人は、本当に今この場で初めて顔を合わせたようなクラスメイトです。

「大池っていいます。今日は大橋だけには絶対勝つって決めてるからみんな応援してね」

「寺塚です。実は今日初めて話した人ばかりで…。仲良くしてください」

大池君はいかにもスポーツができそうな身体つきをしていました。

そんな彼が僕のような貧弱根暗運動音痴に対抗心を燃やすなどむしろネタでしかなく、劣等感をくすぐるだけの罰ゲームのような気がしています。

「それじゃ順番に投げようか。まずは俺からね。オリャッ!」

大池君が投げたボールは速いスピードで一直線に中央のピンに向かって進み、ぶつかったピンは周りのピンを次々となぎ倒していきました。

結果はストライク。見事なパワーボウリングです。

寺塚さんは「すごいすごい!」とはしゃぎ、大楠さんは「やるねー」と讃えていました。

そしてそのまま自然とハイタッチ。

この場に適した流れるような所作に僕は舌を巻きました。これがスクールカースト上位に君臨する者たる所以です。

ふと隣を見ると、長丘さんが浮かない顔をして下を向いていました。

「どうしたんですか?」

思えば彼女は最初からボウリングには行きたがらないような態度をとっていました。

仲の良い高宮さん、大楠さんが行くので渋々付いてきたと思われます。

「な、何かな? 大橋くん。もしかしてもう私の出番?」

「いえいえ、まだ大池君が投げたばかりです」

「それじゃあ次が私?」

「長丘さんは僕の次で、一番最後です! さっき決めたばかりじゃないですか!?」

「そ、そっか。そうだね…」

やはり様子がおかしかったので、大楠さんにフォローをお願いしようかと思ったのですが、彼女はもう投球段階に入っていました。

「私ね、ドン臭くて、こういう球技とか本当に苦手なの。すぐ転ぶし、抜けてるし、みんなに迷惑かけるようなことをしでかすし。特に団体競技とかトラウマをいくつも持ってて…。しかも今日なんて、見せ…パン…を…」

なんということでしょう。

ツインテールという髪型からてっきりツンデレヒロイン枠かと思っていたら、典型的なドジっ娘タイプでしたか!

なるほど、合点がいきました。

彼女は葉〇奈由というわけですね。

「問題ありません。あなたにはパンツがあります」

「大橋君、それ喧嘩売ってるの?」


大楠さんはスペア、寺塚さんは8本のピンを倒し、僕の番になりました。

「ところで大橋君、ボウリングはできるの?」

「やったことすらありません」

「そ、そっか…。でも安心してね、私本当に酷いから、上手くいかなくても…」

「しかし予習はばっちりです。前の3人の投球フォームは頭に叩き込みました。後は実践あるのみです」

理想はやはり、大池君のダイナミックなパワーボウリング。

僕の筋力ではあれほどのスピードが出ないにしても、性別は男であることに変わりなく、勢いをつけて投げればそれなりの速度がつくはず。

ボールの重さも大池君と同じものを選びました。

それでは、いざ参らん!

大池君の投球準備、助走、振りかぶったときの腕の角度、足と腕の連動、タイミング、全てが完璧にトレースされ、成功は約束されたとこの時は思っていました。

そして投げる直前になって気付いたのです。


ボールを離すタイミングって、どこなんだろう?


逡巡したその刹那、既にボールは運動エネルギーによって勝手に指から放たれようとしていました。

僕は咄嗟に指に力を入れ、その制動を試みたのですが、ボールの運動エネルギーによって貧弱な僕の身体はバランスを崩し、前のめりに倒れ込んでしまいました。

しかもその倒れこんだ場所もまずかったのです。

既にツルツルとしたレーン上に足を踏み入れてしまっていたので、そのままスーッとボールごと僕の身体はピンに向かって滑っていきました。


「「「お、おおはしいいいいいいいいい!?」」」


まあ、程なく止まったので大事には至らなかったのですが、隣のレーンにいたグループもひっくるめて爆笑をかっさらいました。

第二投目では、投げるタイミングを予め教えてもらいつつ、動画サイトに投稿されていたプロの投球フォームを参考に投げてみたのですが、ボールは一直線にガーターへと入り、結局ゼロ本。

ただ投球フォームからフォロースルーまでの形はプロのそれを完璧にトレースしたので、「動きはめっちゃイキってるのに即ガーターとかクソだせえ!」と、これも一笑いが沸き起こることになったのです。


続いて長丘さんの番に。

彼女はテクテクとした慎重な足取りでゆっくりとボールを投げました。

結果は一投目はガーター、二投目はピンが並ぶ列の右端をかすり、2点を取りました。

へへへっとしたいたずらっ子のような照れ笑いを浮かべて「かわいー」なんて言われていました。

「恵里ぃ? 今日は随分とあざといじゃーん? いつものドタバタコメディーショーはどったの?」

「いやー、大橋君があれだけかましてたら違う路線で行くしかないでしょ? アレの後に二番煎じはキツイって! 今日は一日これでいくからね!」

長丘さんは大楠さんと一通り笑いあってから、頃合いを見てそっと僕の耳に囁きました。

「今日はありがとね」

「な、何か僕は長丘さんの為になることをしたのでしょうか?」

「狙い通りじゃなかったら神がかってるレベルだと思うよ。もしかして、本当にラブコメの主人公なのかな?」

“もしかして私も攻略対象?”

余りにも小さな声だったのでよく聞き取れなかったのですが、彼女はそんなことを口にしながら、ふふっと微笑みかけてくださいました。

教室で初めて出会ったときとは違う、淡く切ない、桜色に染まった頬の色。

どこの鈍感系主人公でもはっきりと分かるであろう、好意の視線。

なるほど、これが所謂"フラグが立った"というやつですね。

今日は本当に何なのでしょうか?

幼なじみからは朝起こしにこられ、そのまま並んで登校し、出会い頭にぶつかった女の子のパンチラを目撃し、隣の席のクラスメイトからはひたすらイジられ、その子は実は学年一の才女で、パンチラ少女とのお出かけイベントではフラグを回収する。

これ全部今日一日の出来事ですよ?

これまでの僕の人生経験からいって、1つだけでも一生の思い出になるほどの恋愛イベントが3つも4つも…。完全に異常事態です。

『異世界に転生した直後の”な〇う系主人公”かってくらい恋愛イベントが簡単にいき過ぎてる…』

そう思った瞬間、ある可能性について疑いを持ち始めました。


もしかして僕は、ラブコメの世界に転生してしまったのではないか?

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