4月7日 11時27分

入学式はつつがなく進行し、予定通り、11時に終了しました。

体育館から教室に戻るまでの間、高宮さんは「驚いた? 名前覚えた?」と何度も僕にウザ絡みしてくるのですが、新入生代表挨拶から一気に注目を浴びることになった彼女と(一見すると)仲良さそうにしてる僕への周囲の視線が痛く、早く解放されたい気持ちでいっぱいでした。

まさか入試成績トップの優等生が同じクラスの隣の席の美少女だったとは。

この頃くらいから何か変だな、こんなこと起こりうるのかな、もしかして夢か何かなのかなと、この現実に対して疑問を持つようになりました。

本日二度目のHRが終わり、そのまま今日は解散となりました。

クラスメイト達は今朝と同じようにグループとなって「今日はどうする? 遊びに行く?」などと相談していました。

改めて教室を見渡してみると、グループにあぶれたロンリーウルフは僕だけではなかったようで、男女数人が一人で帰り支度を進め、中には早々に教室を出た者もいました。

できればこれからその中の一人くらいを捕まえて、孤独の寂しさを分け合いたいと思っていたところで、急に肩を叩かれました。結構強めに。

「なあなあ、大橋君。今から帰るところ?」

本日はじめて男子生徒から声をかけられました。

女子よりも気が楽だったりするのですが、それにしてはちょっと圧を感じます。

「俺の名前を覚えてる? 横手憲吾。これから1年よろしくな。ところでさ、これからちょっと空いてる?」

空いていますが今すぐに埋めたい気分になったのでちょっとスケジュールを確認させてもらう時間ももらえなさそうなのでそのまま伝えました。

「空いてます」

「よし、じゃあ俺たちと一緒にボウリングに行こう! な!」

彼の笑顔はとても眩しかったです。なるほど、これが陽キャという生物ですか。

眉は消え入りそうなほど薄く剃られ、髪の毛はド茶髪。

ネックレスもしていました。県内有数の進学校にもいるんですねこういうタイプ。

そんな横手君に一つだけお伝えしたいのは僕のような日陰者と関わったって何もメリットはないということ。

メガネこそしていませんが、僕は典型的なガリ勉くんでして、不安や寂しさを勉学で紛らわそうとする気弱な男です。そんな僕に関わろうとするのはそこにいるちょっとサド気質な変わり者の優等生だけ…。

「ねえねえ? みんなも一緒にどう? ボウリング?」

彼が僕の肩を抱いて話しかけたのは高宮さんを中心とした女子グループ。

“みんな”とは言いましたが、彼の視線の先にはその”変わり者の優等生”である、高宮さんがいました。

高宮さんは僕を見てるのか、横手君を見ているのかわからないような視線をこっちに向けていました。


なるほど、合点がいきました。

本当に彼女には申し訳ないことをしてしまいました。

恩を仇で売るとは、まさにこのことですね。


「いいよ、私は行ってあげる」

「しょうがないなー。優佳里が行くならあたしも行くかー」

「え? ボ、ボウリング? ちょっと待って、私まだ…」

「大丈夫大丈夫。転ばない限り見えることないって!」

「その転びそうなのが怖いんだってー!」

「もう5人くらいに見せてるからへーきへーき!」

「へーきなものかー!!」

女子グループの姦しい声が飛び交う中、高宮さんは、にまぁーっとした顔をこちらに向けました。

これは早々にお詫びの品を持っていかねばならないと、心に刻みました。


結局、男女混合で10人くらいの規模になりました。

30人クラスの三分の一なので、間違いなくクラスの最大グループ。

このグループに属していることはすなわち、クラスの政権を握ったのと同義。

入学初日にて教室内ヒエラルキーの上位です。

高校デビューは大成功と言えます。

しかし全くもって嬉しくはありません。

むしろ一人孤独に寂しく家路に就く方が何倍もマシです。

高宮さんはクラスで浮いていた僕に優しくしてくれました。

ちょっといじけてひねくれてしまったことに気づかせてくれて、反省を促してくれました。

僕は、そんな彼女を半ば強引に連れ出すための人質になってしまったのです。

とても陰鬱な気分でした。


横手君に肩を抱かれたまま教室を出ると、なんと三宅さんが教室の扉の前にいました。

「あ、やっと出てきた」

意外なことに、どうやら目的は僕のようでした。

「一緒に帰ろうと思って待ってたんだけど、みんなで遊びに行く感じ?」

「そうそう! これから大橋と一緒にボウリングに行く予定なんだ。もしかして大橋のカノジョ? 良かったら一緒に行く?」

先ほどまで”君”付けだったのにいつの間に呼び捨てに変わったのでしょうか?

それとカノジョって…。確かに恋人みたいな行動ですけど。

「カノジョじゃなくて幼なじみ。大橋君のクラスの付き合いに私は混ざれないよ。だったら他に行くところあるから大丈夫。あ、それと明日の朝は寝坊しないでね。7時30分に家の前だよ?」

そう言って、彼女は長い廊下をスタスタと歩いて去っていきました。

確か中学の時は3年間風紀委員だった気がします。

廊下は走ってはいけません、が身体に染みついているのでしょうか?

「め、めちゃくちゃ可愛いなお前の幼なじみ! お前の女関係どうなってるんだよ!? しかも明日の朝ってもしかして一緒に登校するの!? ラブコメ主人公かっての!!」

いや、本当にそうですね。誓って言えますが、こんなことは人生初の出来事なんですよ。

人生初の出来事が立て続けに起こりすぎて軽くパニックを起こしかけているんですよ。

何か神の見えざる手が僕をラブコメ主人公に仕立て上げているような気がしてなりません。

僕たちは運命の手に導かれるまま、ボウリング場へと足を進めました。

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