4月7日 8時32分

このクラスの担任となった先生の出席確認が終わり、入学式前のトイレ休憩ということで、15分ほどインターバルが与えられました。

トイレ休憩なら先ほどの机突っ伏しの直後に思い立って済ませており、個人的には用はなかったので、僕は入学式の式次第を読んで時間を潰すことに。

他のクラスメイトは先ほど決まったクラス内のグループの再集合でもかけているのでしょう。

僕は既に開き直っていたので堂々とプリントの紙を拡げたのですが、そのタイミングでちょんちょんと、肩を突かれた感触がありました。

突かれた方を見ると、髪の長い女生徒が僕に正対して微笑みかけていました。

いや、むしろニヤニヤとでも言いましょうか。少しいたずらっ子な含みのある笑顔でした。

「ねえねえ、大橋君。見えた? 見えた?」

「な、なんの話でしょうか…?」

「敬語? まさかもうキャラ作り? 真面目系?」

「初対面の相手にいきなりタメ口する人は、僕の中では馴れ馴れしい系にカテゴライズしています」

「同級生だから別にいいじゃん。ところで見えた? イチゴだった?」

「初対面の相手にいきなりパンツの話をしないでくれませんか!!?」

僕の視界の片隅で茶髪のツインテールが電気が走ったみたいに硬直したのが見えました。

ジトっとした目がレーザービームのように僕の目を射貫きます。

いやいや、見たくて見たわけじゃないし、蒸し返したくて蒸し返したわけじゃないですって!

「別に私パンツのこととは一言も言ってないしー」

「イチゴを見たかとか、この件以外でどう受け取れって言うんですか?」

「はははー。今更小声にしたって遅い遅い。ほら、恵里ちゃんがこっちを睨んでる。かーわいー」

そういう彼女も負けずに可愛い。というより、とても美人です。

切れ長の瞳に真っ白い肌、赤みが強い唇に、薄いピンクに染まった頬。

制服の上からでも分かるほどの豊満なバストがあるにも関わらず、手足は細く、長い。

本当に先月まで中学生だったのが疑わしいほどの妖艶さに目が魅かれました。

そもそもが女子との会話に不慣れで、そのくせ健全な青少年の精神を持つ僕としては、存在自体が目の毒のように感じます。

「あ、なになに? 今度は私のパンツを狙ってる? 覗き行為で入学初日に退学になるよー? ただでさえ前科一犯なのに」

「ご、誤解しないでください! そもそも、あの方のアレを見たのも不慮の事故でして…!」

「長丘さんね。長丘恵里ちゃん。クラスメイトの名前くらい覚えてあげなよ?」

「確かにその通りです。ご指摘ありがとうございます。ところで…あの…」

「私の名前? えー、隣にいたのに? 本当に関心がなかったんだね? HR中もずっとプイって窓の外を見てたしさ」

そうなのです。僕は先生が出席確認を行ったときも、これから行う入学式の説明のときも、ずっと窓の外を眺めていました。

実は関心がなかったわけではありません。なんというか、自分の中で”関係ないもの”として扱った方が都合が良かったのです。

関係がないと予めわかっていたら傷つくこともありませんし、関係があったらラッキー。

どちらがきても大丈夫。むしろ数値的には絶対マイナスにならないからお得。

ただそれだけの理由でした。

「本当は関心があったんですが、いじけてそっぽ向いてました」

やはり僕は誤魔化しが苦手です。そのまま思ったことを口に出していました。

彼女は少し驚いた顔をしたのですが、すぐににまぁーっと、いじわるな笑みをこぼしました。

「えらいぞー。うん、素直な子は大好きだ」

「それで…その、名前…」

「うん、私の名前は…」

「お前ら入学式始まるぞー!! 準備しろー!!」

唐突に担任の声が響き、彼女の名前はそれにかき消されました。

「まあいいや。どうせならまた後で知るところになるだろうし。大橋君、行こう?」

「は、はい? 別に今この時でも…」

「だーめ。もうちょっと良いところで教えてあげる。私の名前」

そう言って、彼女は僕の袖を掴み、体育館へと歩みを進めました。

袖を掴まれるのは今日で二度目。どちらもびっくりするほどの美少女。

なんか本当にラブコメみたいだなと、この時はまだ穏やかな気持ちでそう心の中で呟いていました。

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