4月7日 8時0分

校舎前に貼りだされた掲示板には、僕は1年1組、三宅さんは1年3組と表示されていました。

少子化とはいえ、この学校の入試は競争率が高く、僕らの中学校から入学できたのは僕ら二人を含めて五人と聞いていたため、クラスメイトに知り合いがいる可能性はこれでゼロになりました。

他の三人など、名前はおろか顔すら分かりません。

三宅さんと別れると一気に足取りは重くなり、陰鬱な気分のまま教室の引き戸を開いたところ、

「ふわっ!?」

という女の子の声がしたのと同時に胸部から腹部にかけて軽い衝撃がありました。

扉の先には女の子が立って…いや、後ろ向きに倒れかかっており、状況を瞬時に察知した僕は急いでその手を取ろうと手を伸ばしましたが、時すでに遅く、目の前に現れた女の子はそのまま尻もちをついてしまいました。

「ご、ごめん! 大丈夫!?」

不慮の事故とはいえ、罪悪感からそのまま彼女を引っ張りあげようとしたのですが、その”光景”にピタリと身体は固まってしまいました。

彼女はいわゆるM字開脚のような格好で地べたに座り込んでおり、あいたたたたと口に出しながら腰をさすっていました。今自分が目の前の男子に何を見せているか気づかずに。

目の前の男子たる僕はその網膜にしかと焼き付いてしまいました。

彼女のスカートの中身、白い布地にランダムに散りばめられたイチゴ柄…。

「あ! あぁ…!!」

彼女はそれに気づくや否や、急いで股を閉じて捲れ上がったスカートをバッと整えました。

顔は真っ赤に染まり、髪の毛も併せて赤く染まり…というか、茶髪でした。しかもツインテール。この人絶対ツンデレだ!!

だとしたら蹴りの一つでも浴びることになるでしょうが、これも視聴者サービスの一環なので覚悟のスイッチはすぐに入りました。さぁ、思いっきりやっちゃってください!

ところがその女生徒は目に涙を浮かべ、「…見た…よね?」と小さく呟いたと思ったら教室を飛び出していきました。

何人に見られればいいのよおおおお…。そんな彼女の叫びをこの長い廊下に残しながら。

「あっちゃー、ちょっと連れ戻してくる。そこの男子、ごめんよ!」

続いて、色黒で女子高生にしては体格が良い女の子が僕の脇をすり抜け、先ほどの女の子を追いかけていきました。もうすぐ入学式だから間に合うわけないだろおおおお…。そんな彼女の叫びをこの長い廊下に残しながら。

そんな二人の背中を見ながら、どこのラブコメだよって呟きを、この長い廊下に残すことにしました。


既にクラスメイト間でグループ分けが始まっていました。

集団生活というのは怖いものです。

今この場で机に突っ伏すような陰キャは教室内ヒエラルキーの下位が決まったのも同然で、何としてもここでクラスメイトの輪の中に入らなければここ数か月の高校生活が灰色に染まります。

まずは手荷物を自分の机に置いて、近くにいる男子に話しかけなければ…。

机には名前が書かれたマスキングテープが貼られており、順に自分の名前を探していると、すぐに見つけることができました。

その場所は教室の窓側最奥列の一番後ろ。


ラブコメ主人公の席でした…。


そしてその席にはぐるりと囲うように複数の女子の集団が陣とっており、どこにどう声をかけても同性のクラスメイトには届かないようです。

そもそもこのクラス、男子の割合がどうやら低いようで、僕がこれからやることになるであろう机突っ伏し系男子は見当たらず、教室内にいる男子はみなどこかのグループ、中には女子グループに混ざっている者までいる状況でした。


終わった…。


そもそも十数年来の幼なじみの輪の中にすら入れなかった僕が、心持ち一つでどうにかなる世界ではないのです。

今からでも大学受験の準備をして、なんとか良い大学に入るために勉強をしなければ。

もういいのです、僕に青い春など訪れようがないのです。恋がなんだ。友情がなんだ。僕には縁のないものだときっぱり諦め、せめて社会人になったときに高い学歴と高い収入と高い身長…についてはまだわからないとしても、この二つだけを目標にして3年間を過ごす覚悟を持つ必要があるのです。


ラブコメでもない限り…。


僕は机に突っ伏しました。

ふと三宅さんを思い出してスマホを手にしたのですが、新規メッセージはなし。

グループチャットはいくつか流れていますが、この中に唐突に割り込む勇気もありません。

集合時間まであと10分程度。

ギリギリに来て良かったです。早めに来ようものならきっと持たなかったでしょうから。

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