第7話 無惨な爪痕

 ◇


 指令を受け、すぐさま現場に急行する俺たち。


 キラ隊長は隊所有の大型バイクに乗って先発し、着任直後で右も左も分からない俺は、王子――雪村サンが跨るバイクの後部座席に乗って公安局本部を飛び出した。


 ほどなくして辿り着いた現場は惨憺たるもので、辺り一帯には倒壊したビルの瓦礫が散らばり、砂埃やら火の粉やらが濛々と舞って視界を悪くしていた。


「痛いよう! ママあ!」


「救急隊の人こっちです、この下にも人が!」


「危険ですので下がって! 一般の方は至急避難してください!」


 周囲にいる一般人や救急隊の叫び声を頭の片隅で聞きながら、俺はその場に立ち尽くす。


 今現在、その場に討伐対象とする敵の姿はない。けれど、そいつらが残していった無惨な爪痕が確かに目の前に広がっていて、怒りと憎しみで言葉を失っていた。


「……! 雪村サン、お疲れ様です!」


「うす。大丈夫すか?」


 呆然とする俺の脇で交わされる会話。やや草臥れた様相の一番隊腕章をつけた男が、零番隊の腕章をつけた雪村サンの姿を認め、敬礼と挨拶に歩み寄る。


「ご覧のとおりです……。思った以上に〝天狐〟のヤツが厄介な力を持っていて。なんとかコハラ隊長と数名の隊士で追い詰めるところまではいったんですが、急に巨大化したかと思ったら、ものすごい速さで逃げられてしまって……」


「……厄介な力?」


「ええ。おそらくですが、〝天狐〟の全身に『結界術』が張られてるんだと思います」


「!」


「結界術……」


「はい。かけた者にしか解けない呪術で保護されているようで、我々の呪術や武力は一切通らないような状態でした」


 隊士の報告に、顔を見合わせる俺と雪村サン。


 結界術といえば――自身を守るため、誰しもが初期の段階で会得する、非常にスタンダードかつ初歩的な呪術だ。


 落ちこぼれの俺はセンスがなくていまいち中途半端な結界術しか使用することができないが、陰陽寮出身の陰陽師ならもちろん、一般の出である陰陽師であっても、ほとんどの者が大なり小なり扱うことのできる基本の技だと言って過言ではない。


 また、優秀な陰陽師なら自身だけでなく他者にかけることもできるため、危険な妖魔を相手に術を施す、なんてことも可能っちゃ可能なんだが……。


「い、いったい誰が、なんのためにそんなこと……」


 正直な感想をこぼす。脇にいた一番隊の隊士は一瞬、俺のことを『誰だこいつ』といったような目で見つつも、左腕につけていた零番隊の腕章に視線を落とすや否や、すぐに気持ちを切り替えたようにその会話を引き取った。


「今回の標的は妖狐族の中でも特にレアな存在である〝天狐〟です。天狐見たさに駆けつけた一般人の中に霊力を持ったマニアがいて、討伐されないよう故意に術をかけたケースも考えられますし、もしくは天狐からの攻撃を受け、自衛手段として張られた誰かの結界術を、天狐自身が吸収した可能性もあるんじゃないかと思います。希少価値の高い天狐については圧倒的にデータが不足していますから、そういう特性があってもおかしくないのかな、と……」


 隊士の鋭い見解に、なるほどなと相槌を打つ。確かにそれらの状況であれば、結界術を張られた妖魔が存在していても不思議はなかった。


 腑に落ちたように納得していると、すぐ近くでドン、と、何かが破裂するような音が響いた。


「!」


「い、今の音は……?」


 すぐにあたりを見渡した俺たちだったが、周囲は瓦礫と砂埃だらけで見通しが悪い。


「逃げ回っている天狐ヤツか、あるいは妖力に引き寄せられてやってきた別の妖魔かもしれません。自分は隊長命令で隊内の負傷状況を確認しなければならないので……」


「俺が行きます。キラ隊長もすでに現場入りしてるはずなんで、山岡やまおかさんは引き続き負傷状況の確認に回ってください」


「了! 助かります、ありがとうございます雪村さん!」


 迅速にそう判断した雪村サンは、携行していた銃を引き抜きながら一番隊の隊員と別れる。


「紫ノ宮」


「は、はいっ」


「ちょっと見てくる。隊長の指示があるまでアンタはここで待機してて」


「了っす!」


 言うが早いか隊服の裾をひらりと翻し、音のした方へ軽やかに走っていく雪村サン。


 確かに、経験も知識も、これといった武器もない俺が下手についていったりしたら邪魔になるかもしれない。ここは大人しくしていたほうがいいだろう。


 かくして俺は、その場で待機することになったのだった、が――。


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