第6話 緊急要請
◇
『緊急要請、緊急要請――。新宿区歌舞伎町付近にて凶悪な〝天狐〟が暴れているとの通報有り。各部隊連携の後、至急現場へ急行し対象物を排除せよ』
流れてきたアナウンスに、その場の一同が一斉に顔を上げる。
「!」
「と、討伐指令!」
「ふ、ふおおおてててて天狐キタア」
サッと顔色を変えて身構えたコハラ隊長や俺とは打って変わり、部屋の隅でパソコンをいじっていた影山さんは興奮気味に声をあげ、
「〝天狐〟か……。ずいぶんレアなのが出てきたな」
「出ますか?」
「いや……」
ぼそりとつぶやいたキラ隊長は、眉を顰めて王子と顔を見合わせた後、ちらりとコハラ隊長に視線を流す。
「天狐といえば妖狐族の中でも最上位クラスの妖力を持った強力なあやかしです! 今日は二番隊も三番隊も遠征討伐で不在のはず……至急出ましょう!」
「……」
西川先輩はすぐさま出陣の態勢を取ろうと踵を返したのだが、肝心のコハラ隊長はスピーカーを睨みつけたまま、何やら考え事をするように押し黙っている。
「……? コハラ隊長⁇」
「……っと。ああ、そうだな。
しかし彼はすぐにハッとしたように返事を寄越し、様子を窺っていたキラ隊長に念を押すよう告げる。
「俺らが行きます」
「重要指定のあやかしだぞ? それも、今夜は満月だ。普段の倍以上に妖力が暴走して、凶暴化してる可能性もあると思うが……」
「心配無用です。
「……」
「俺らの仕事は、貴方たち零番隊に仕事をさせないことですから。キラさんは安心して電球替えでもしていてください」
にっこりと微笑みながらも、有無を言わさぬ圧を発してキラ隊長を黙殺するコハラ隊長。
ぐ、と、喉を鳴らす俺。けれど、新人の俺には口を挟む権利なんかないように思えて、何も言えずギュウと拳を握りしめていると、一番隊のコハラ隊長と西川先輩は「では」と、踵を返して疾風のように立ち去っていった。
◇
それから小一時間ほどが経っただろうか。
「……いいんすか、キラ隊長」
影山さん、雪村さんの二人と別れ、三番隊本部に来ていた俺は、三脚の上で電球を替えるキラ隊長を見上げながらむくれた声を投げた。
「あん?」
「すっとぼけてる場合じゃないっすよ。さっきの緊急要請のことです。コハラ隊長にあんなこと言われて悔しくないんすか?」
俺は、今自分が、まるで便利屋にでもなった気分で大人しく電球替えをしている(厳密には三脚抑えてるだけだけど)ことに、これ以上にない不満を抱えていた。
「別に……」
「別にって……!」
「やるっつってんならやらせてやるのも
「そ、それはそうっすけど……」
「必要と判断すれば出るが、今はまだその段階にねえ。いいからお前は黙って三脚抑えとけって」
「ぬう」
相変わらず煮ても焼いても食えないような返事に、俺は口を尖らせて肩を落とす。
あんなに期待に胸を弾ませてやってきた零番隊本部だったのに。相変わらず隊長はやる気あるんだかなんなんだかわからないような人だし、他の隊員たちも零番隊の威厳とか貫禄みたいなものが全然感じられなかった。
噂では一番隊よりも遥かに実力のある、優秀で非凡な特殊部隊だって話だったのに実際は単なる雑用部隊だった、だなんて拍子抜けもいいところだ。
卑屈になってそんなことを考えていると、
「まあ……コハラは俺の異動理由も知ってて黙認してるような奴だからな。零番隊の所以やら性質やらを理解した上で、極力
俺の不満など取るに足りない戯言だとでもいうように、さらりと言われたその言葉。
「……? どういうことです?」
キラ隊長の異動理由? 単に一番隊の隊長として優秀な功績を積み、上層部に認められたからその格上部隊である零番隊へ異動したってわけじゃなかったんだろうか? おそらく局内の誰しもがその認識でいるはずなんだけど……。
「じきにわかる。お前が
「な、なんすかそれ⁉︎ っていうか落ちこぼれ陰陽師だからって俺をなめないで下さいよっ。どんな任務がくだろうが俺は絶対逃げないっす。この手でクソあやかしどもをぶっ飛ばしてやるまでずえッッッッッッたいに退局するつもりはないっすから!」
「ちょっ、おまっ、フザケンナ揺らすんじゃねえシバクゾコラ!」
なんだか見くびられた気がしてますますムッとした俺。腹いせとばかりに抑えていた三脚をガタガタ揺らすと、キラ隊長は鬼のような形相でこちらをギロリと睨みつつも、青ざめたように声を震わせた。
どうやら本当に高いところが苦手らしい。自分から仕掛けておいてなんだけど、国トップの隊長がこんなザマで本当に大丈夫なのかよと不安になってくる……。
――と。
無様な内輪揉めを繰り広げていたところ、再び、俺たちの頭上にけたたましいアラーム音が鳴り響いた。
『緊急指令、緊急指令。新宿区で討伐要請中の〝天狐〟が巨大化し、近隣のビルが倒壊。討伐中の隊員に負傷者・重傷者が続出し一番隊半壊。零番隊は至急現場へ急行せよ。繰り返す……』
「なっ」
予想もしていなかった緊急指令に瞠目し、キラ隊長を見上げる俺。
「……」
キラ隊長はアナウンスが終わるや否やすっと顔色を変えて、三脚からひらりと飛び降りた。
「行くぞ」
「!」
――驚いた。そこにはのらりくらりと雑用をこなし、三脚の上で頼りなさそうに震えていた隊長の姿は影も形もなくて。
「早く来い、出陣だ」
「は、はいっ!」
すぐそばの机上に放り投げていた黒いロング丈の上着を羽織ったキラ隊長の瞳はゾッとするほど鋭く、凛々しく光り、今が『必要なとき』だと判断した己の信念を貫くよう、まっすぐに前を見つめていたのだった。
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