第5話 再会
◇
「失礼するよ」
「――!」
清々しい声に惹きつけられるよう振り返ると、そこにはロング丈の白い隊服を着た、見知った顔があった。
「ん? おー。元気か、コハラ」
「お久しぶりですキラさん。今時間いいですか? ちょっとCDSのことで確認したいことがあって……」
やや伸びた
(す、すげえ。本物のコハラ隊長だ……)
本日何度目かわからない生唾をごくりと飲み込む。
俺はこの人を知っていた。厳密にいえば俺が勝手に知っているだけで相手は俺のことを知らないだろうけれども。
コハラ隊長といえば一挙三反、才学非凡。聡明で賢く、陰陽師として高い能力を持ち、妖刀を使った剣客としてもかなりの実力者としてその名を轟かせ、陰陽寮を卒業後、瞬く間に壱番隊にまで上り詰めて前任者――キラ隊長のことだ――が異動するなり過去最年少記録で壱番隊の隊長に任命されたという実に華々しい実績の持ち主である。
公安局内外、ひいては俺が育った陰陽寮でも彼の名を知らない人はいないと言っていいほどの有名人で、確か、年は俺の二個上で二十歳のはずだが、あまりの有能ぶりに各方面から引く手あまたであちこちを飛び回り、滅多に公安局内では見かけることがないくらい多忙な人だと聞いたことがある。
俺と二個しか違わないのに、もはや住む世界が違う神かなにかだろうかと、それこそ雲の上の存在を拝むような気持ちで、写真入り寮内報や局内報を眺めてその名前を胸に刻んでいたのだが……まさかこんな形で本物のコハラ隊長を見かけることになるとは。
なんだか急に『俺もようやく討伐隊の一員になったんだ』なんて、現実味を帯びてきたような気持ちになり、そわそわと視線を泳がせていると、ふと、キラ隊長と会話するコハラ隊長の後ろで、先ほどからずっと俺に向けて熱い視線を注いでいる人影があることに気づいた。
(あれ。あの人は確か……)
「よう。久しぶりだな、紫ノ宮」
「あ、やっぱり。お久しぶりっす
俺がその名前を思い出すより早く、俺の名を呼んでくれたのは、陰陽寮の呪術専科の混合授業で度々顔を合わせていた三個上の西川
「久しぶりだな。元気してたか? ちょうどさっき噂には聞いていたところだけど、落ちこぼれのお前が零番隊に任命されたって話、本当だったんだな」
「うぐ。先輩まで……。本人の目の前で堂々と落ちこぼれとか言わないでくださいよ」
口を尖らせて抗議すると、西川先輩はそれを聞き流すようにハハっと笑いながらも、
「悪い悪い。零番隊サマサマに向かって『落ちこぼれ』は失礼だったな。……でもよ、俺ですら必死こいて実績積んで三年がかりでやっと上り詰めた壱番隊なのに、同じ土俵に立つ前にあっさり追い抜かれるとは。マジで想定外だよ」
自嘲するような口調でそうぼやく西川先輩。
そう思われるのも無理はない。先輩とは度々呪術の授業で技の掛け合いをしてきたが、落ちこぼれである俺の術が先輩に届いた試しは一度たりともなく、むしろ傀儡術が得意なことで有名な先輩の術には嫌というほど踊らされ、俺のへっぽこ具合が寮全域に広く知れ渡るきっかけとなったと言っても過言ではないぐらい、俺たちの実力差は歴然としていた。
もちろん恥をかかされたからといって恨んではいないし、先輩とは顔を合わせれば挨拶を交わすようなラフな間柄だったから本気で『落ちこぼれだ』と揶揄られたわけではないんだろうけれども。それにしたってずいぶんあっさり立場が逆転してしまったなと、内心面食らってるのはきっとお互い様だと思う。
「いや、その。総合的な実力で選ばれたわけじゃなくて単に俺の運が良かっただけだと思うんで、そう浮かれてもいられないっていうか……」
「まあ、確かにお前の持ち術は討伐隊員として重要視される力だからな。上層部の判断もわからなくはないけど……でも、やっぱり悔しいよ。俺の傀儡術だって使いようによっては唯一無二の凄技になるのにさ」
先輩は口を尖らせるようにそう言って、すいっと手印を組む真似をした。
思わずギョッとする。まさかこんなところで腹踊りでもさせられたらたまらないとばかりにオタオタ身構えていると、先輩はからりと笑って「冗談だよ冗談」と手印を解いた。
くっそう、先輩め……。零番隊へ配属になった俺への嫉妬だろうか。絶対俺を揶揄って楽しんでやがる。
でも、昔から上昇志向の強い人だったし、寮生時代、誰よりも熱心に訓練に励んでいる先輩の背中を何度も見てきたから、その悔しさは理解できるかもしれない。なにより久しぶりに先輩と再会できたことや、こうして気兼ねなく会話できる存在が局内にあることは非常にありがたかった。
「冗談に見えないっすよ先輩……。こんなところで腹踊りは勘弁してほしいし、先輩の一番隊就任だって充分にすごいじゃないっすか。特殊任務の零番隊とは違って、一番隊は実質、妖魔駆逐の実動部隊だって言われてるし、よっぽどの実力がないと普通の陰陽師は三年程度じゃ這い上がれな……」
「――へえ。キミが噂の紫ノ宮くんか」
「……!」
「あっ」
西川先輩と雑談に話を咲かせていると、急に背後から涼やかな声が降ってきてどきりとした。
「こ、こ……こここ」
「ふうん……。どんな優等生タイプかと思えば、ずいぶん垢抜けた印象だね。あまり陰陽師には見えないな」
コハラ隊長だ。いつの間にキラ隊長との話が終わっていたのか、吟味でもするかのように腕を組んでこっちをじいっと見ていて、緊張から思わず吃ってしまった。
すぐに西川先輩は一歩下がり、代わりにコハラ隊長がズイッと身を乗り出してきて興味深そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「話しを遮って悪いね。俺は一番隊のコハラ。君の話は聞いてるよ。『封印』持ちなんだろ? しかも
「! うちの流派、ご存じなんすか?」
「そりゃもちろん。俺の家も……」
――と、コハラ隊長が何かを言いかけたその時。
ふいに俺たちの頭上に仰々しいアラームが鳴り響いた。
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