第4話 失態

 ◇


「この人が元一番隊隊長、現零番隊隊長の鬼良きらリョウマさん」


「……」


 改まって紹介する影山サンの脇で、呑気にクア、と欠伸をするキラ隊長。


(ま、マジかよ……)


 いきなり生意気な口を聞いてしまった俺は二の句が継げず固まり、相変わらず乙女のようなそぶりでキラさんを見上げる――前髪が邪魔してよく見えないけど――影山サンは、「ノーマルな見た目はアレだけど僕的にはメイサたんの次に推したいメンバーってとこかな。性能ぶっ壊れてるし刀捌きもぶっ飛んでるし何より覚醒した時のビジュアルと人間をゴミのように見下すあの冷え切った目がたまらんのよw」と、赤裸々に怪しい言葉をぶつぶつつぶやいている。


 どうやらこの人、推しの話や何かの説明になるとずいぶんな早口になるらしい。って、今はそんなことはどうでもよくて、俺は目の前で一人マイペースに電球の吟味をするキラ隊長をおずおずと見上げて言った。


「あ、あの。今日からお世話になる紫ノ宮ヨウっす。陰陽寮呪術専科出身で特技は……」


「……で?」


「……え?」


「お前、なんでここに来た?」


「へっ?」


 出し抜けに問われ、返事に窮す。なんで、と言われても、妖魔討伐を志願して辞令を受けたからとしか答えようがなく口をまごつかせているとキラ隊長は、


「なんかあんだろ。ほれ、親兄弟恋人殺されたから仇討ち、とか。単に意識高い系だからトップに上り詰めたかった、とか。特にそれっぽい匂いもしねえから、まさか『俺ら側』ってことはねえんだろ?」


 と、気だるそうにしながらも、どこか隙のない瞳でこちらをジッと見つめてきた。


「『俺ら側』?」


 妙に含みのあるその言葉にひっかかる俺を尻目に、影山サンがフォローを入れる。


「ああ、キラさん。こいつは違う。僕の監視対象でもないし、上の判断で送り込まれてきた『封印術』持ちの落ちこぼれ陰陽師。正真正銘妖魔討伐に情熱を預けるフツウ・・・の討伐隊隊員だよ」


「……?」


 落ちこぼれ陰陽師であることは否定しないが、なんだよ『監視対象』とか『フツウ』って。


 疑問に疑問が重なりいまいち要領を得ない面持ちのまま首を傾げていたが、「ああ、なるほどね」と、キラ隊長は納得している様子。


「なら上層部の目論見については察しがついたけど、それはともかくとしてお前が討伐隊を志願した理由はなんなんだよ? かっこよさそうだから、なんてガキみたいな理由じゃうちの隊は務まんねえぞ」


 まるで試すような視線が注がれ、慌てて背筋を伸ばす。


 キラ隊長は新人である俺の志や心意気を測っているのだろう。瞬時にそう判断した俺は浮かんでいた疑問を一旦脇に置き、名誉挽回だとばかりに力説する。


「ガキの頃、妖魔とあやかしに家族を殺されました。それからずっと妖魔が……あやかしが憎くてたまりませんでした。『封印術』しか扱えない俺じゃあまり役に立たないかもしれないけど……でも、妖魔やあやかしを憎む心とやる気だけは絶対に誰にも負けない。殺された家族の無念を晴らすため、国の平和を取り戻すため……この命と引き換えにしてでも、世に蔓延るあやかしどもを一匹残らず駆逐してやるつもりです!」


 自分の思いを言葉にまとめると、緊張が闘志に変わり、俄然やる気が湧いてきた。


 これ以上にない志願理由。今の解答で俺の心意気が十二分に伝わっただろうしこれで文句もないだろうと、ちらりとキラ隊長の反応を確認すると、俺の熱弁に感心するよう――ではなく、むしろ『ふぅん』みたいなそっけない感じで、俺のことを見下ろしていた。


 いや、興味津々に聞いておきながら、ずいぶん反応薄くないか⁉︎


「ほ、本気っすよ?」


「みりゃわかる」


「ハッタリじゃないし、俺、やる時はマジでやるっすからね⁉︎」


「聞こえてるって。『一匹残らず駆逐』すんだろ?」


「うす! 妖魔はもちろん、どんなあやかしでも・・・・・・・・・絶対に許さねえし、特に姉貴を蹂躙するよう嬲り殺した『鬼』だけはマジで許せないんで。アイツらは見かけ次第問答無用でぶっ潰しに行きます!」


「……」


「ちょ、紫ノ宮くん……www」


 なぜかここで黙るキラ隊長と、含み笑いを漏らす影山サン。


「……?」


「おまえ、やっぱうちの隊向いてねーわ……」


「えっ。ちょっ、なんでっすか⁉︎」


「さあて、な」


 キラ隊長は乾いた笑いを漏らし、「チームワークも大事だしなあ、異動願い出すなら今のうちだぜー」とかなんとか、匙を投げるようそっぽを向いた。


 え、え、え……?


 俺なんか変なこと言った⁇ 名誉挽回失敗? っていうかむしろこれ、墓穴掘ってない? と、これ以上になく困惑する俺をよそに、キラ隊長は脇で忍び笑いをこぼす影山サンを小突きつつ、奥で書類の整理をしていた王子風の男に向かって声を投げた。


「雪村ー、S802番の電球ストック、部内にあったっけか」


「……オツっす、隊長。S802番なら備品ラックに数本あったかと。それと、ついででなんですが天崎からの伝言、メモに書いて机に貼っといたんで確認よろです」


「了。お前、俺が紙派なのよくわかってんな」


「隊長の電信ほどあてにならないものはないんで」


「ハハ、イウネー君。そんな気配り上手な貴君には『意識高い系新人くんのお世話係』なる特務をプレゼントしよう」


「暑苦しそうなんで遠慮しときます」


「チッ。返品不可。隊長命令」


「…………了」


「ちょっ」


 何食わぬ顔で交わされる隊長と王子風隊員の会話。結局、二、三、問答が続いて王子に俺の世話が押し付けられていた。いや、『押し付けられていた』っていうより『嫌々請け負わされていた』みたいな?


 ち、畜生。どっちも同じだし、どっちにしたってなんなんだよ王子まで……! 


(ってかアイツ、ちゃっかりこっちの会話聞いてたんなら間に入るなりなんなりしてくれりゃあよかったのに……!)


 そんな脳内ツッコミはさておいて、ふと王子風の男と目があったが、雪村と呼ばれているそいつは、俺の顔を一瞥しただけで軽いため息をついてふいっと目を逸らしやがった。


 く、くっそう。元一番隊だかなんだかしんねーが、涼しげな顔しやがって……。


 恨みがましい目で王子を睨みつつ、俺は悶々と頭を抱える。


 便利屋みたいな隊長に、無愛想な元一番隊狙撃手、東京タワーに犯人吊しちゃうようなぶっ飛んだ女に、変なところで休憩とる隊員がいる部隊(おまけに変な管理人付き)で、この先大丈夫か俺……? 


 出鼻を挫かれやや不安に駆られていたところ、ふいに背後の扉が開き、再び誰かが室内に入ってきた。

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