第2話 領域

 ◇


 公安局本部敷地内にある〝妖魔討伐隊・零番隊本部〟は、高層階にある別隊本部とは正反対に、最下層の地下七階にひっそりと佇んでいる。


(うわ、なんだここ……)


 いや。『ひっそり』といっても、単に俺が知らなかっただけで今初めて知ったけど、このクソ広いワンフロア全てが零番隊保有の領分らしい。


 専用のエレベーターを降りてすぐ、巨大な硝子窓に覆われた地下庭園らしき謎の空間が目の前に飛び込んできた時には、一瞬、どこかのテーマパークだか研究施設だかアマゾンだかに迷い込んだものかと、本気で目を疑いたくなった。


「ふうん、君が噂の紫ノ宮ヨウくんね」


「うおっ」


 窓に張り付き、気になる謎の庭園の正体に迫っていると、唐突に背後から声をかけられて心臓を口から飛び出しかけた。


 振り返った先には、長い前髪に両目を完全に覆われた、モサモサ頭の白衣男――見た目はおよそ二十歳半ばぐらいか――がノートパソコンを片手に立っている。


「あ、えっと」


「あー、僕、あんまり君に興味ないし自己紹介とかは別にいいや。上から案内しろって言われてるんで忙しいなかわざわざ迎えにきたってだけ。……こっち。ついてきて」


「え、え、ちょっ」


 いうが早いか、踵を返してさっさと歩いていくその男。めちゃくちゃ早口で言われてそっぽを向かれスタスタと廊下を歩いていってしまったため、慌てて追いかけたものの……誰だよこいつ⁉︎


 あまりの不意打ちぶりに突っ込みの言葉すら吐き出せなかった俺は、まさか零番隊の隊員じゃないよな、白衣だし違うよな……? と、状況を整理するよう一人であれこれ考えていると、そいつは振り返ることなくさらなる早口で言った。


「僕は零番隊施設および隊寮の管理人をしてる影山かげやま。本職は陰陽省の研究部門で研究職やってるんだけどちょっとワケあってこっちに派遣されてるみたいな。まあ零番隊は特殊な部隊だし僕みたいな畑違いの人間が討伐隊に近づくにはあれこれ肩書きを背負わさざるを得なかったっていうのが本音なんだけど。とどのつまり、いかにも使い勝手が良さそうな肩書きしてるけど、僕の存在なんて単なるモブみたいなモンだし基本、人と接するのは好きじゃないから極力僕には関わらないでほしいし余計な質問もしないで。隊規則や施設利用に関してはマニュアル熟読で疑問回避必須、その上で施設や寮に関して何か問題があったときだけ、隊専用の連絡ツールがあるからオンラインそっちから発信よろしく。僕、常時タブレットなりPCなり携帯してるから、睡眠時間以外は秒で返信できるはず」


「……。は、はあ」


 間髪入れない自己紹介に圧倒される俺。なんで一息なんだよ……息継ぎすら嫌なくらい人と話すのが嫌いなのかよ……っていうツッコミは、うっかりこぼれる前に必死に飲み込んでおいた。


 一応、管理人らしいし、目をつけられたら何かと面倒くさそうだしな。


 いやでもこの人、自分でモブとか言ってるけど、クセが強すぎて充分モブとしての領域を逸脱してる気がする、だなんて余計なことを考えていると、


「今僕のこと根暗な変な奴、これだからヲタクは……とか思ったでしょ。言っとくけど僕の個性なんて可愛いもんだからね。ここにいる他の隊員に比べれば僕の個性や存在なんて微生物以下、〝無〟も同然だし、彼らの魅力や萌え度ときたらそれはもう筆舌に尽くしがたいぐらいの尊さで……でゅふっw」


「……⁇ も、萌え? 尊い……⁇」


 察しが良いのかなんなのか。俺が言わんとしていることを先回りして答え、さらに意味深な言葉とともに含みのある笑いをこぼす影山サン。


 やっべえ。言ってる意味全然わかんねえし、やっぱりこの人、ちょっとどころかだいぶ変な人だなと尻込みしてしまう。


「……っと」


 ふと、急に彼の足が止まった。本当に唐突だったので、危うくつんのめって衝突しかける。


「はい、ここね」


 そんな俺に構わず、彼がちょいちょいと指差したのは、『零番隊本部』と書かれたプレートが貼られた扉だ。


 変わった管理人の説明と歩調についていくのに必死で、景色をよく確認していなかったけれど、いつの間にか庭園の窓硝子が途切れ、本部前までたどり着いていたらしい。


「ここが『零番隊』本部……」


 俺はひとまず影山サンへのツッコミを頭の片隅に追いやり、ごくりと生唾を呑み込む。


 幼少期に両親を妖魔に、それ以来親代わりだった唯一の肉親の姉ですらもあやかしに殺されて妖災孤児として育った俺にとって、『妖魔討伐隊』は――しかもその中でもトップの部隊である『零番隊』は――憧れを通り越し、雲の上の存在みたいなものだった。


 一体どのような景色が、そしてどのような出会いが俺を待ち受けているのだろうと緊張で頭が真っ白になる。


「君のIDカードは後で渡すから」


 しかしやはりそんな俺を物ともしない影山サンは、言うが早いか白衣の中からIDカードらしきものを取り出し、さっさとゲートに翳して無配慮に扉を開け放った。

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