第20話 カイくん思案する

20.カイくん思案する


 途中でエリザベス、バークレーと分かれ、オレたちは宿に帰った。

 馬は借りたまま。

 馬家につないでおく。

 まとまった金が入ったら、やはりイの一番にエリザベスにお礼をしないとな。

 代表者たちと一緒に割雄の報告を聞き、そしてこちらの報告をする。

「それと内職の件だが、買い手に見せるサンプルを作ったらどうかな?」

 オレは提案した。

 今日のアルブレヒトとの面談で、彼が言っていたことを思い出したのだった。

 内職については、既に代表会議で話しているが、まだ具体的なモノについては決まっていない。

 無闇に作っても売り先がないので、買い手をしっかり確保しなければならないからだ。

 アルブレヒトに話を持ちかけよう。

 そうでなかったら、別の商人たちでも紹介してもらえばいいし。

「サンプルができたら、商売人のところへ持ってゆくので」

「そうだね」

 藤田がうなずく。

「みんなで作ろうよ」

 谷も同調した。

 何であっても、楽しみが出てきたということは、良い傾向だ。

「オレも何かやってみよっかな、木彫りとか?」

 ロン毛がつぶやく。

 ちなみにロン毛は、力も忍耐力も足らずに酒造班から外されていた。

 こういうと古臭いけど、不良の頭としてのプライドがないようだ。

 ニート予備軍だ、確実に。

「おう、やってみろよ、売る方はオレが受け持つから」

 オレは偉そうに断言する。

 ま、実際、やってみないと分からんが、少なくとも売れないという理由で、その可能性を100%断ってしまうことはしたくなかった。

 例え相手がロン毛でも。

 もしかしたら、実は、すげえ才能を秘めてるかもしれんしね。

「ふっ、吠え面かくなよ?」

 格好つけたお陰で、ロン毛は挑戦の日々を送ることになる。


 で、夕食後に鐶と美紀といちゃついた。

 サウナの後は、ヒルデちゅわーんといちゃつくと。

『今日は、誰ともキスしてないわよね』

 ヒルデは会うなり言った。

 単刀直入ですね。

「うん、幸か不幸か」

『殺スわよ?』

 ヒルデはおっかない視線を向け、


 すすっ


 オレの側にぴったり寄り添う。

 やっぱ、可愛いのう、ヒルデちゃんは。

『ふふん、キスした回数じゃあたしが一番よね』

「いや、回数を競うなよ」

『いーの、あたしが他の娘たちに負けてないってことが重要なの!』

 ヒルデは力説した。

『そもそも、本来なら、あたし以外に他の娘たちがいるってこと自体受け入れがたいんだからね。それを黙認してくれる、あたしに感謝しまくりなさいよ!?』

 あの……黙認って口にしないから、黙認じゃないの?

 とは言えませんでした。

 怖いので。

 殺されるので。

「ははーっ」

 オレは平伏。

「ヒルデちゃんには感謝、感謝」

『だから、『ちゃん』付けしないでよッ』

 ヒルデはぷりぷりと怒った。

 でも、どことなく嬉しそうだなあ。

「ま、それはともかく」

 オレはヒルデを抱き寄せた。

『あ…』

 ヒルデは短く声を漏らす。

 オレとヒルデはキスをかわした。

『ん…』

 ヒルデは、何時になくうっとりとしている。

『ねえ、あんたと一緒にいられるんなら、他には何もいらないわ』

「うん」

 オレも……と言いたいところだが、鐶と美紀もいるの、ボクには。

『……百歩譲って、あの娘たちも一緒でもいいわッ』

 ぎりぎりと歯軋りしながら、ヒルデが言葉を搾り出す。

 あの、めっちゃ怖いんですけど。

『とにかく…』

 ヒルデは言葉をつむいだ。

『…とにかく、あたしの前からいなくならないで』


 それは、


 ヒルデの、


 彼女の、


 本心らしかった。


 ともすれば消え入りそうな希望。

 不安に押しつぶされそうなか弱い心。

 幸せの中に潜む悲しみ。

 それが、ヒルデの内面に巣食っている。

 オレはそれがイヤなのだ。

 彼女を救いたいのだ。

 オレの記憶の彼方にいる『私』が、既に彼女を失っているがために。

 今は彼女を抱きしめることしか出来ない。


 でも、きっとオレは。


 ヒルデを救い出してみせる。


 オレは、そっと心に誓った。


 *


 オレは、昨日大司教に伝えた案を再確認してみる。


 ・アクアヴィット、小麦による貿易(ヨツンヘイム(北)対策)

 ・緩衝地帯よりの魔王軍排除(魔王軍(南)、ヴァナヘイム(西)対策)


 これはこれで良い。

 だが、その他にも考えなければならないことがある。


 ・東のニブルヘイム


 そして、最も肝心なのが、


 ・魔王軍の動向


 だ。

 ニブルヘイムの事はよく知らんので、とりあえず置いといて。

 魔王軍の動向だな。

 動向といっても、動きの流れのことではない。

 対抗策のことだ。

 魔王軍も烏合の衆ではない。

 必ず、こちらの策に対して何らかの妨害をしてくるはずだ。

 それはゴブリンたちとの戦闘でよく分かっている。

 ヤツらはこちらの戦い方を見て、それに対する手を打ってきた。

 盾を装備したり、ハーピーを投入したりがそうだ。

 実際、魔王軍は手ごわい相手と言える。

 状況を良く見て、的確な判断を下すヤツが、敵として最も恐ろしい相手だ。

 魔王軍は、尖兵でもそれだけのことができるよう訓練されていた。

 正規軍クラスになったら、想像するだけで恐ろしい。

 従って今のうちから、できるだけ、考えうるだけの準備をしておくのがいいだろう。

 トランプになぞらえれば、切れるカードは多い方が良いということだ。


 で、具体的には何をすればいいのか?

 簡単だ。

 オレが相手だったらどうするかを考えるのだ。

 そして、対対策(対策の対策)を打ち出す。


 オレは考えた。

 オレが魔王なら……。


 まず、ヨツンヘイムと緩衝地帯を比べてみる。

 どちらを先に妨害するべきか。

 ……やっぱ緩衝地帯だな。

 北は放っておいても直接痛手はない。

 ミッドガルドが経済力をつけると後々やりにくくなるだろうが、今すぐ手を打たないといけないレベルではない。

 対して、緩衝地帯は、折角その機能を狂わせたのだから修復されるのを嫌がるはずだ。

 ミッドガルドとヴァナヘイムの関係を少しでも悪化させ、それを取っ掛かりにして両国を潰しやすくするのが目的なのだ。

 ミッドガルドのこれからの行動としては、派兵して魔王軍を叩くことが考えられる。

 それに対してできることは……?


 ・派兵させない

 ・増援


 二つの策が考えられるな。

 オレが魔王なら、もちろん『派兵させない』方を選ぶ。

 となると、


 ・謀略


 しかない。

 謀略ってのは相手の主たる組織の歯車を狂わせる方法だ。

 外からの圧力でなく内部から崩す訳だ。

 それは、


 ・人

 ・物


 の二つに分類できるだろう。


 人ってのは主に間者を指す。

 戦国シミュレーションゲームで言えば、乱破・素ッ破(忍者)だな。

 敵国に忍び込ませている者を使って、重要人物を暗殺するとか、離反者を出させるなんてのが考えられる。


 物ってのは、物資とかを利用して相手をがんじがらめにする事を指す。

 オレがヨツンヘイムを始めとする北方地域に対して行おうとしている事がそうだ。

 魔王軍の本拠地である、ムスペルヘイムがどんだけ豊かかが分からんので、何とも言えないけど、あるとすればミッドガルドが持っていない石炭くらいか。


 また複合技として、間者が物で敵国の重要人物を釣って操るって事もありうる。


 ……。

 オレはまた思考した。


 恐らく既に間者は放ってあるだろう。

 間者を特定するのはもちろんの事なのだが、しかし、もっと重要なのはミッドガルドの弱点を把握することだな。

 敵は必ずこちらの弱点を突いてくる。

 つまり石炭を絡めて考えるべきだ。

 ミッドガルドは比較的統治の利いた国なので、それを人ひとりの力でもって歯車を狂わすってのは難しい。

 だから『物』である石炭を利用してくるはず。

 石炭を餌として使い、こちらの力を弱める策が考えられる。

 これから仕掛けてくるか、あるいはもうし掛けてきてるかは分からんが、やることは限られてる。

 すなわち、


 ・供給を減らす

 ・供給を増やす


 の二つだけだ。

 増やしたら良いか、減らしたら良いかはその状況によるけど、供給の増減によりダメージを受ける者ってのがターゲットになるだろうな。

 そしたら、石炭を扱う商人だろうか?

 石炭を輸入している商人たちがいるかどうかを確認するべきで、いるとすれば、そいつらを洗って見ると。

 やることが一つ決まった。


 そして対対策(対策の対策)だが、


 ・石炭を確保する

 ・石炭を必要としない体制を作る


 の二つかな?

 石炭を必要としない体制を作るのは一朝一夕には行かないだろう。石油でも掘り当てれば別だろうけど。

 となると、石炭を確保するしかない。

 ムスペルヘイムの炭鉱を奪う……ムチャだな。

 じゃあ、別の地域の炭鉱を探すか。


 まとめると、


 ・石炭を輸入している商人たちがいるかどうかを確認

 ・新たな石炭の供給先を探す


 ってのが、当座の内にやることだな。

 それに、


 ・ニブルヘイムの情報

 ・ムスペルへイムの情報


 を調べることも必要だ。

 これはエリザベスかバークレーに訊けば分かるだろう。


 *


 朝。

 いつもどおり、鐶と美紀といちゃついたり、叩きのめされたりしてから、エリザベス宅へ向かう。

 バークレーの家、知らんので。

 鐶が護衛として着いてきている。

「昨日はお世話になりました。助かりました」

 オレは、まだ眠そうなエリザベスに会って、お礼を言った。

「いや、礼を言われるほどのことではないよ」

 エリザベスはあくびをかみ殺しながら、社交辞令。

「ところで、また訊きたいことがあるんです」

 オレは畳み掛けるように述べた。

「ふむ…」

 エリザベスは考え込む。

「石炭か……確か、アスガルドではあまり見られんが、ミッドガルドの南端では交易されてるはずだ」

「その辺の関係者で、国の中枢に食い込んでいる方はいませんか?」

「調べてみよう」

「同時に石炭関係の商人とかに顔の利く貴族がいれば尚、ありがたいですけどね」

「マイヤー氏に訊いてみるのがいいだろうな」

 エリザベスは言った。

「こちらで段取りするゆえ、しばし待て」

「はい」

 オレはうなずく。

「それから、ニブルヘイムとムスペルヘイムだったな」

 エリザベスは言った。

 目が輝きだしている。この人は運動の他には、国事にかかわるのがメッチャ好きなようだ。

「そうです」

「ニブルヘイムは前にも言ったが、竜蛇族が治める地だ」

「はい」

「竜蛇族は狩猟を好む種族だが、それでいて戦好きではない。無駄な争いをしない。戦を知り尽くしているからのようだ」

「ミッドガルドとの関係はどうです?」

「うむ、どちらも不干渉で中立的な立場を貫いている。今すぐ火種になるような要素もない」

「じゃあ、当面は放っておいても差し支えないですね」

「そうだな」

 エリザベスはうなずく。

「ムスペルヘイムは魔族と人間が共存している土地だ。

 共存と言えば聞こえはいいが、魔族が力を得て人間を虐げていると聞く。

 資源は森林、水、鉱石など豊富らしいが、一つ欠点がある」

「何ですか?」

「暑い土地なのだ。過酷な天候が続き、日照りが続いて土地が痩せている。病気も多いらしい」

 東南アジアとか、中東とか、アフリカみたいな感じかな?

 日照りや土地が痩せているってのは、水を確保するとか、耕作技術を工夫すれば良いように思える。病気は病原菌を遠ざければある程度は対処できるだろう。

 が、魔王はその道を選んでいないみたいだ。

 それより資源のある国を攻め取って間に合わせているっぽい。

 労力をかけずに勢力を伸ばす方針なんだろう。

 でも、人間を虐げているとか、食ったりしてるってのは流言っぽいなあ。

 確たる証拠がないんで何とも判断できない。

 ま、言ったら怒られそうなんで言わないけど。

 エリザベスに段取りしてもらう間、酒造所の設備を一新する件にかかるとするか。

 とか考えてたら、バークレーがやってきた。


「エリザベス様、王宮から返事が来ましたよ」

 オレ的には、一大事だと思うのだが、バークレーはのんびりしている。

「おお、そうか。ご苦労だな」

「早くカイ殿に伝……」

 バークレーは言おうとして、

「あれ?」

 オレを発見した。

「カイ殿、いらしてたんですか。これは手間が省けてよろしいですな」

「こんにちは。バークレーさん」

 オレが挨拶すると、

「はい、こんにちは」

 バークレーはのほほんと挨拶を返す。

 いや、やっぱノリがおかしい、この人は。

「王宮からの返事の内容は?」

 エリザベスが急かす。

 せっかちな彼女には、のんびり屋のバークレーは結構似合うのではないか。


 ……いや、エリザベスはオレのだけどよ。


 げしっ


 鐶の肘がオレの脇腹にめり込んだ音。


 いてえ。


 オレは悶絶したが、鐶以外、誰も見てなかった。

 ぐっすし。


「できるだけ早く王宮に来られたし」

 バークレーは用件を伝えた。

「今すぐか!?」

 エリザベスはせっかちだった。

「いえ、それはムリです」

 バークレーは頭を振る。

「なぬーっ?!」

 おいおい。二人して漫才ぶつな。

 いや、天然?

「明日行きますって報告をして、段取りをつけますのでそれまで待ってください」

「面倒だな、いつもながら!」

 エリザベスはぷりぷりしている。

 よっぽどイヤな事があったんだろうな。王宮で。

「ま、その辺は拙僧にお任せください」

「うむ」

 エリザベスはぶっきらぼうにうなずく。

 バークレーはオレらの方を見て、肩をすくめてから出て行った。


「あ、そうそう」

「うわっ!?」

 バークレーがひょっこり戻ってきて、オレらはビクッとした。

 心臓に悪いな、こいつ。

「酒造設備を作る職人とか大工の件ですが、大司教様が手配してくれることになりましたよ」

「へー、大司教がですか」

「教会ってのは、元々が石工組合ですからね。建築技術を持つ司祭が多いんです」

 バークレーは得意そうに言う。

 フリーメイソンの成り立ちみたいなものか。

 確か、アレ、石工だったよな?

「では、また」

 バークレーは去っていった。

 もう、戻ってくるなよ。

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