第19話 お話をしよう!
19.お話をしよう!
話を続けよう。
「それから、ヴァナヘイムとの間にある地から魔王の軍勢を排除してやる必要があります。
あそこは緩衝地帯です。このまま放っておくと、いずれヴァナヘイムとの関係がこじれ、悪くすると、ヴァナヘイムが魔王の軍勢に付く可能性すらあります。
可能なら、ヴァナヘイムと共同して魔王の軍勢を追い払ってゆくのが上策です。
それにあの地は交易地となってますから、金を生む構造を維持してやればアスガルド及びミッドガルドの経済が潤ってきます。
逆にそれが出来なければ経済的な痛手は大きくなるでしょう」
もちろんその他にも、オレが知らないだけで、懸念事項はあるだろうが、あまり並べ立ててもこちらが対処案を示せないのでは意味がない。
「む…。そうか、やはりな」
大司教はうめいた。
多分、王宮の中では何度も話し合われていることなのだろう。
そして、王侯貴族間の利害が複雑に絡み合い、結論が出ていないと見た。
オレらが売り込める隙は、そのなかなか決まらないことを代行してやるという、その一点。
「分かった」
大司教は深くうなずいた。
「王にそなたらのことを話す。しばらくはかかるだろうが、追って連絡する」
「はい」
オレはうなずいた。
「それともう一点だけ」
「おう、言ってみろ」
……いや、フランクだな、あんた。
「既に酒造所に人を派遣して酒造りのノウハウを習得しているのですが、販売ルートを持ち合わせておりません」
「なんだ、そんなことか。こちらで手配するさ」
「ありがとうございます」
オレは一礼して、
「実はこれからマイヤー家の方と会う約束をしてるのですが…」
「マイヤー家か。分かった、ワシからも口添えしとくよ」
「助かります」
オレは、にこっと笑顔。
営業スマイル、営業スマイル。
「それと、もう一つだけ」
「構わねえ、言ってみろや」
「酒造所の設備を一新したく考えております」
「……設備ごと売り込もうって腹だな」
「いけませんか?」
「いや、技術革新ができるんであれば、どんどんやってくれ。その方がありがたい」
すげー話の分かる爺さんだ。
こういう人とパイプが出来て非常にありがたい。
「はい、ありがとうございます」
オレはそう言って下がった。
神殿の入り口へ戻ってきた。
バークレーが馬を取りに行っている。
「カイ君って、凄かったのねー」
鐶は目を丸くして、オレを見た。
「今頃気づいたのかよ。つーか惚れ直しただろ?」
「うん、50%ぐらいレベルアップ」
鐶はオレを見て、そして、はにかむように視線を逸らす。
こいつも黒いけど、本当の部分は可愛いよな。
うん、萌える。
「ううん! お取り込み中、申し訳ないが、時間が押してるのでね」
エリザベスがわざとらしく咳払い。
見ればバークレーが戻ってきている。
「はーい」
オレらはさっさと馬に乗った。
*
マイヤー家は、神殿からすぐのところにあった。
時間にして10分もかからないだろうか。
高級住宅街だな。
エリザベスの家よりさらに高級だ。
この辺の貴族と親戚筋ってことは、バークレーって貴族の血筋だったんだな。
昔の日本でも僧侶になるのは、公家や武家の次男、三男だったっていうし。
「着いたぞ」
エリザベスが馬を止めた。
「ここで待っててください」
バークレーが門へ入ってゆく。
顔パスってヤツだな。
バークレーはすぐに出てきた。
「さあ、入って」
オレらは素直に入って行った。
すぐに客間に通される。
でかい家だ。
椅子に座って待ってると、
「ようこそ、我がマイヤー家へ!」
オペラを歌うかのような高らかな声がした。
痛ったー。
またオペラ調キャラかよ。
見れば、バークレーと同じくらいの年齢の男が立っていた。
ピンと立ったヒゲ。
濃い眉、濃いまつげ、すべてのパーツが濃い。
しかも服装はフリルをあしらった貴族風。
…って、貴族か。
「私はアルブレヒト・フォレスト・マイヤー。マイヤー家の当主ですぞぉっ」
「はあ…」
一同、目が点。
「ぐっ…当方はエリザベス・フォン・フェアリーテイルと申す。この度は……」
エリザベスが挨拶かましてるところへ、
「おおっ、アルヘイムのフェアリーテイル家ですな!」
アルブレヒト・フォレスト・マイヤー(長いので以後、アルブレヒト)は大声で遮った。
…あ、テンポ噛み合わないんでやんの。
たまにあるよな、こういう組み合わせ。
「お噂はかねがね聞いとりますぞぉっ」
「……あの、以後、お見知りおきを」
エリザベスは内部葛藤があって精神的に疲弊したのかどうかは知らないが、なんか小声になってしまった。
実はこいうオヤジを引き寄せる体質なのかも知れないなぁ、エリザベス。(他人事)
「こちらこそ!」
アルブレヒトは無駄に声が大きい。
「カイです」
「鐶です」
オレらはさっとスルー。
あー、助かった。
茶が振舞われ、それを飲んで、みんな一息をついた。
「して、この度の用向きは如何ですかな?」
アルブレヒトは結構、単刀直入に聞いた。
「実は…」
オレは説明を始めた。
・酒造した製品を北方へ売りたいこと。
・北方から何かを持ち帰りたいこと。
それにより金を稼ぐのはもちろんだが、
さらに小麦に関する技術を北方……特にヨツンヘイムに売り込み、恩を売りつつ、その実首根っこを捕まえて言うこと聞かしたいって事を伝えた。
また酒造設備についての技術革新を行いたいってのも忘れない。
「うーむ」
アルブレヒトは考え込む。
「商売の方は、我がマイヤー家お抱えの商人たちがいるので問題ないが、大工や金属加工職人となると骨だな」
「ちょくちょくお宅に出入りしている職人がいればと思ったんですが…」
オレは話を続ける。
「ま、新たな酒造設備はワンセットとしてパック化します。
規格がきちっと決まればどこにでも建てられるし、面倒も少ないしね。
建設代金は10~20年程度の年月をかけて返済してゆけば、製造所のオーナーもいずれは自分のものになるので悪い話ではありません。
もしこの事業を始めるのであれば、あなたが一番目ですよ」
オレは悪徳商人みたく、猫なで声で勧誘した。
「しかし、先立つものが必要だろう?」
アルブレヒトは乗る気はないようだ。
ま、当然といえば当然だろう。
財産を投資する訳だから。
万が一、失敗したら家族だけでなく、使用人一同も路頭に迷うことになる。
「ご心配なく、それについては、まず私が資金を出し、モデルとなる酒造所を設立します」
エリザベスは自信たっぷりに請け負った。
最初の資金を提供してくれる人ってのはありがたい。
神様だ。
女神様だ。
萌え~。
ごつんっ
オレの足を誰かさんが蹴った。
痛いッス。
「ほう」
アルブレヒトの表情から、不安が消えた。
「それなら、私も現物を見て判断できるな」
「そう、まずは我々がサンプルとなって牽引してゆきます。マイヤーさんはそれを見てからでも遅くはない」
「そうさせてもらう」
アルブレヒトはうなずく。
「だが、まずはアクアヴィットを見せてもらおう」
「サンプルは樽で?」
「いや、商人頭を行かせる」
アルブレヒトは言った。
ようするに、彼は経営者だ。
実務は商人たちがやるということ。
「はい、お待ちしてます」
オレは満面の笑みを浮かべ、
「それから、ヨツンヘイムから持ち帰る商品なんですが…」
「泥炭でどうだね?」
アルブレヒトは言った。
「今でも我が商隊はそれを持ち帰り、国内で販売している」
アルブレヒト、任せろと言わんばかりだったが、
「できれば、我々にも販売先を紹介していただけるとありがたいのですが…?」
「むぅ」
アルブレヒトは唸った。
もちろん、彼の商売に割り込む形になるので、承諾はしないだろう。普通なら。
利権を一部割譲しろって言ってるんだからな。
でも、
こちらの生産数は多くない。
持ち運ぶ量もたいしたことない。
彼が元々持っている数量にちょっとプラスされるだけだ。
さらに新式の酒造設備の件もある。
ここで乗り遅れたら?
他の貴族も北方との貿易に手を染めている者はいる。
不安を煽って、それを解消する手立てを提示する。
再び不安を煽って、それを解消する提案をする。
これを繰り返すと、人は不安を解消するために保険をかけたくなるのだ。それが心理だ。
…詐欺師の手口とも言うが。
「……よかろう。但し、新たな酒造設備を作った時は販売権は私に譲ってくれよ?」
「お安い御用です」
オレはにんまりとした。
アルブレヒトもにんまりとした。
商談は八割がた成立。
契約は結んでないので法的強制力はないが、そこはそれ、これからの頑張りにかかっている。
頑張るぞ。
「中国の諺にさ、『鬼が出たら鬼の言葉を話し、人が出たら人の言葉を話す』ってのがあってぇ」
「は?」
「つまり、カイ君のこと」
鐶は言った。
何だ?
「ああ、そうか、政治家とは政治家向けの話をして、商売人とは商売人向けの話をするってことですな。奥深い」
バークレーが納得する。
「しかし、カイ殿の舌先……いや話術はたいしたもんですなぁ」
言い直すなってば。
「だって、オレみんなを養ってゆかないといけないし、なりふり構ってられないんだよね」
「そうだな」
エリザベスはうなずいた。
「いえ、すべてエリザベスさんのお陰です」
オレは頭を下げた。
「いや、その、そんなに礼を言うな、気恥ずかしい」
エリザベスは若干、頬を染めていた。
どうやら、お礼を言われるのはまんざらでもないらしいな、えへへ。
……ってオレは悪魔ですか。
天の御使いでないことだけは確かだけど。
ちらりとバークレーを見ると、ちょっと悲しそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます