第17話 男になったり女になったりするカイくん
17.男になったり女になったりするカイくん
朝起きると、男に戻ってました。
何で分かったかと言うと、
男の子の朝事情による。
……ぽっ。
トイレに行けば、元に戻るもん!
なぜか、ツンデレ口調で言うオレ。
ツンデレはもういいっちゅうねん!
一人でノリツッコミを入れておいて、
とりあえず皆に報告。
お世話かけましたとか何とか。
「オー、ノーッ!? オレのマイスイート・カイちゃん、ポスト○馬がっ!?」
始だけが、のた打ち回って拒否反応を起こしていた。
こいつ脳みそ膿んでんじゃないのか?
「しっかし、ご都合主義の塊みたいな体ね、カイ君って…」
鐶は驚きを通り越して、呆れていた。
「でも、良かったね、元に戻れて」
美紀は単純に喜んでいるようだった。
その心根がいいんだよな。
怒ると怖いが、笑顔がいい。萌……癒される~。
「……ッ」
ガツン。
オレの向こう脛が蹴りつけられた。
「やめなさいよ、鐶ちゃんッ」
「何のこと?」
鐶は素知らぬふり。
いつもの朝の風景だ。……いや、『異常な』っていう定冠詞が付くんだ、ボクの日常。ぐすん。
朝食を終えた頃、エリザベスがやってきた。
「げっ!?」
エリザベスはオレを見た途端に絶句。
そりゃそうだよな。
昨日まで女だったのが、また元に戻ってるんだもん。
「えーと、なんか、元に戻りました」
てへっ。
てな感じで、悪びれるオレ。
「うーむ、面妖な」
時代劇の登場人物みたいなセリフを言っていたが、それでも責任感からかムリムリ本題に入った。
立ち話じゃ何なんで、みんな食堂に腰掛けている。
「用件は二つある」
エリザベスは単刀直入。
「はい、伺いましょう」
オレはうなずく。
「まず大司教様へのお目通りが適った」
「それ、いつですか?」
「明日の午前中だ」
それはまた急な話だ。
「明日の朝に出発?」
今日の予定に影響するかな?
「うむ」
エリザベスはそこで一旦、言葉を切った。
しなかった。
「もう一つはギルドの有力商人に顔の利く貴族についてだ」
「どうですか?」
「バークレーの親戚筋で、アルブレヒト・フォレスト・マイヤーという者がいる。マイヤー家は代々、北方との貿易の利権の一部を握っている」
ってことは、他にも利権を握っている貴族がいるんだな。
ま、今は関係ないことか。
「北方?」
オレは訊いてみた。
「ヨツンヘイムだけでなく、その周辺にも小国や少数民族の部族などがある」
「それらをまとめて、北方ですか」
「うん、そう。で、そいつに会えることになった」
エリザベスはうなずく。
「大司教にお目通りした後、すぐに会うのが良いだろう」
「そうですね」
オレは即答。
用件は一日のうちに済ませるのが吉だ。
「骨を折ってもらって、ホント、ありがとうございます」
この人には返しきれないほどの貸しがある。ま、すべて貸し借りで割り切るべきではないのだろうけど。
機会があれば少しでも恩返ししてゆきたい。
「いや、礼を言われるほどのことではない」
エリザベスは微笑んだ。
美人に微笑まれるってのは良いもんだ。
げしっ
テーブルの下で、また教育的指導が入ったのは言うまでもない。
*
エリザベスの話を聞いて、オレは明日の予定を変更することにした。
デイヴ酒造所への通勤はガスに任せ、仕事を覚えるのは割雄に任せる。
オレとエリザベスは、午前は大司教へのお目通り、午後はマイヤー氏に会う。
問題は他に誰を連れて行くかだ。
連れて行かないという選択もありえるのだが、
「あたしも行く」
「あたしも」
鐶と美紀が頑として言い張っている。
鐶は、武術の腕前があるから護衛として連れて行くのは可能っぽい。
美紀は、ヤンキー/レディースとしての……としての……何もないっぽいね。
「むぅ~、あたしは役立たずだって言いたいわけ? てゆーか、ヤンキーでもレディースでもないっての」
美紀はオレに詰め寄った。
否定されても説得力ないし…って、それは本題じゃないってば。
「いや、そうじゃないけど…」
オレは断るに適当な理由を見つけられない。
「美紀ちゃんはお留守番」
鐶が『ざまみろ!』ってな顔で勝ち誇る。
「ま、今回は勘弁してくれよ」
「ふんッ」
美紀は怒って席を立つ。
「……いいのか、カイ、あの娘にフォロー入れなくても?」
エリザベスは面白がっているようだった。
ニヤニヤしてる。
「ちょっと行ってきます」
オレは美紀の後を追った。
「待てよ、美紀」
オレは美紀の腕をつかんで引き止めた。食堂の裏手に来ていた。
「この埋め合わせはするからさ」
「……ホント?」
美紀はそっぽを向いたまま、言う。
「うん、どこかに買い物にでも行くか」
「……」
む、無反応ですか?
ダメか。
「あ、いや、じゃあ一緒に酒造所を見に行くか」
「……」
「うーんと、それじゃあ、何がいいかな…」
オレが考えあぐねていると、
「どっちも」
美紀は言った。
欲張りさんだな。
でも、ま、いっか。
「それから、キスして」
美紀の言葉には、回避不可能な響きが込められていた。
「い、今すぐ?」
「今すぐ」
美紀は、こくんとうなずく。
「……鐶ちゃんとは、結構、キスシーン(未遂だけど)あったでしょ」
恨みがましく言ったもんだ。
いや、美紀とも朝会ったときにそれっぽいフンイキがあったけど。
それを言っても収まらないだろうな。
「分かった」
オレは美紀を抱き寄せた。
美紀は、目を閉じて身を固くしているが、その実、『期待で一杯』って感じで、なすがままになっている。
そして、
オレは、
美紀の頬にキスした。
「……ず、する~いッ」
美紀は言って、
ぶちゅう~~~。
自分から強引にオレの唇にキスした。
うっ
犯されるぅ~。
「ふう…」
唇を離す美紀の頬が若干、上気しており、色気が漂っていた。
うん、ボク、こういうのも好きです。
オレが萌えていると、
「ほら早く、行きなさいッ」
美紀はすぱっと気分を切り替えていた。
女は強い。
「しっかり働いてくんのよ!」
バシンとオレの背中を叩く。
痛いッス、美紀さん。
「お、おう」
オレはよろめきつつも、居住まいを正して、みんなのところへ戻ろうとする。
そして発見。
ふしぎ大発見。
実は、みんな総出で、オレと美紀の情事を見守ってました。
なぬーっ!?
100人以上を目の前にキスーシンを披露してしまったと…?
『ひゅーひゅー』
『いいぞー二人ともーッ』
『もっとやれー』
『ぶちゅうっと』
野次が飛ぶ。
「るせえッ、てめーらさっさと持ち場に戻りやがれッッ、仕事しろッッッ」
美紀が怒鳴ると、みんな蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
いや、それだから、ヤンキーとかレディースとかだと思われるんですけど、美紀さん。
「カイ君……ちょっといらっしゃい」
鐶が、どす黒い視線でオレを呼んだ。
煮えたぎる憎悪のオーラが、オレのアストラルバディを絡め取っている。……ヨウナ気ガスル。(泣)
わーい、どんなお仕置きが待ってるのかなぁ~。
「はい…」
オレはガクンと頭を垂れ、そそくさとそちらへ歩いてゆく。
オレ、どうなっちゃうんだろ?
*
失禁するかと思うほど痛~~い手首関節技をかけられました。
ネチネチといびられるし。
恐るべし『獄門流』。
相手に苦痛と精神的トラウマを与えるために存在する流派なんだろう。多分。
病んでる。
鐶が『ヤンデレ化』すんもの遠くはなさそうだ。
考えただけでぞっとするんだが。
*
ともかく、今日は美紀と一緒に馬車で出勤。
「カイ君とお出かけすんのって久しぶり」
美紀の機嫌はすごく良い。
でも美紀が機嫌良いと、その代わりに鐶の機嫌が最悪になる。
逆も同じ。
どちらにしてもオレは彼女らの不機嫌な一撃を受ける構造らしい。
…なに、この、毎日罰ゲームみたいな構造?
「そう腐るな、カイ」
エリザベスもついて来ていた。
相変わらず馬に乗っている。
エリザベスも上機嫌だ。
オレから頼まれたことをしっかりこなしたという達成感もあるだろう。
それに身体を動かすのはキライじゃないようだ。
「身体を動かせば大抵の悩みは吹っ飛ぶ」
エリザベス姉御は、上から目線でのたまった。
「そうだと良いんですがね」
オレはため息。
「ねえ、あれが酒造所?」
美紀がオレの袖を引っ張る。
こちらは物見気分だしな。
デイヴ叔父さんは、オレを見た途端『誰だ、こいつ?』って顔をした。
そして、オレがカイだと分かった途端、
「……うがっ!?」
驚きで、あの世に行きそうなくらいになった。
おっと失礼。表現が過激すぎたかも。
「デイヴ殿、カイは『天の御使い』の一人だ。我々の常識は当てはまらない」
エリザベスが説明するが、そりゃ驚かないほうがヘンだよな。
でも、その説明だと…。
ばっ
デイヴ叔父さんは美紀や割雄たちを見た。
こらこら、何を想像してる!?
「いや、性別が変わるのはオレだけですよ、叔父さん」
「姉ちゃん……いや兄ちゃんか。オレはちょっくら休ましてもらうよ。作業場は好きに使ってくれ」
デイヴ叔父さんは住まいへ引きこもってしまった。
……まずかったかな。
夕方、宿に戻ってくる。
酒造については、ほとんどマスターしたといってよいな。
後は作業の効率化、技術革新だな。
案は練っている。
サウナ(とりあずオレサウナ時間はなくなった)に入り、鐶と美紀といちゃついてから、就寝。
オレが『一緒に寝るか?』と冗談を飛ばすと、さすがに二人とも、しり込みして逃げてった。
やっぱ心の準備がいるよな。
男のオレですら冗談を飛ばしただけで震えが来るから、女の子はもっと緊張するだろう。
で、みんなが寝静まった頃、オレはやっぱり庭に出ていた。
そういや、夜、庭でみんなに会ったことないよな。
『あら、言ってなかったっけ?』
突然、ヒルデが現れる。
『あたしと会ってる時って、あんたも幽霊状態なのよ』
「うわっ、びっくりさせんな」
オレは驚きつつも、
「でも、最初はサウナから出たところで会ったけど?」
『その時は肉体だったけどね。あんたが体調崩した頃から霊体になってたのよ』
ヒルデは説明する。
「じゃ、今も?」
『そ。霊体』
「……ま、いっか」
オレは深く考えないことにした。
『相変わらず、能天気ね』
ヒルデは呆れた後、『ま、そこがいいんだけど…』とかごにょごにょ付け加える。
今日も変わらずのツンデレ振りだ。
う~ん、萌えるなあ。
「今日はどこか違ってるだろ、オレ」
『え?』
ヒルデはまじまじとオレを眺めた。
『どこが?』
「え?」
オレは自分の身体を見る。
……女だった。
なぜ?
また性転換?
いや、霊体だけ女という可能性がまだ残されているはず!
オレは慌てて部屋に駆け込み、ドアをすり抜けて、大口開けて眠りこけているオレの肉体を見た。
……女だった。
「また戻ったッスよ、ヒルデちゃん」
『ちょっと、『ちゃん』付けは止めてって言ったでしょ!?』
ヒルデちゃん、ツッコミどこ、違うでしょっ。
「ま、いっか」
オレは2秒で諦めた。
男だろうが、女だろうが、オレの愛する娘たちはオレを好きでいてくれるし、生活するにも支障はないからな。
『あんた、つくづく打たれ強いわね…』
ヒルデはまた呆れた。
「そこがオレのいいところなのだ!」
『ふん』
ヒルデは一笑に付すが、
ささっ
すぐにオレの小脇へ寄ってくる。
ぴと。
オレに寄り添ってきた。
『日中、あんたに会えなくて寂しかったわ』
おお、今日は何かしおらしいでわないか。
普段気が強そうなだけに、こういう行動に取られると、すげー可愛いく思える。
ギャップ萌えだな、ギャップ萌え!
「もちろん、オレ…」
…オレも、と言おうとしたら、
『あんたは良いわよね、あの娘たちといちゃいちゃしてられるもんね。今日だって、髪の長い背の高い娘とキスしてたし、陰険なあの娘と身体ぴったりくっつけてたし、金髪の女武者にデレデレしてたし…』
あれ?
何で、ボクの一日の情事を知ってるンデスカ?
ヒルデの恨めしい視線を浴び、
ピキーン。
オレは一気に硬直。
いや、美紀にはしたというより、されたと言ったほうが。
その、鐶とはいちゃついていたんじゃなくて、イヂメられてたんだけど。
あの、エリザベスさんとは何もないんですけど。…って、ヒルデの眼中には彼女も入ってるぅッ?
でも、そんなことを力説しても分かってもらえる訳ないしね。(諦め)
『ホント、憑り殺してやろうかしら?』
そりは怖いなあ。
『黙ってないで何とかいいなさいよ…きゃっ?!』
オレは、しゃべるかわりにヒルデを抱き寄せた。
『なによ、そんなことで騙されないんだから…ん……』
言いつつも、
オレがキスすると、
途端に求めるように唇を重ねてくる。
うーん、幸せ。
「すねてるヒルデも可愛いなあ」
オレがからかうように言うと、
『ふん、今日だけ騙されてあげるわ』
ヒルデはまたツンデレ振りを発揮する。
うん、君はそこがいい。
『アホ』
いや、心を読むなよぅ。
*
朝、オレは準備を整えていた。
最近、とみに一日のサイクル早い。いやマジで。
鐶はもう準備完了ってな姿で、外に突っ立っている。
「おそい、カイ君ッ」
「そういうなよ、お前ン家みたいにスパルタ・ペチカ・ヨッ○ス○ールな環境で育っちゃいねーんだよ、こちとら」
「何か言った?」
鐶は笑顔を浮かべて凄んだ。
「何か言ったのはその口ですかぁッ? てゆーか、ペチカてなに?」
「ご、ごめんなさい」
迫力に押され、オレは思わず謝った。
だんだん条件反射的に刷り込まれつつあるような…。(泣)
「あっ……」
鐶はオレに詰め寄ってから、短く叫ぶ。
具体的にはオレの豊満な胸が鐶の身体に触れた。(笑)
「カイ君、女に戻ってる!?」
いや、男がベースだから。
戻ったって言わないで。頼むから。
「あたし、男のカイ君とキスしてないのにィッッッ!」
キィーッ。
鐶は激怒していた。
怖い。
怖すぎる。
「ええーい、この不埒者めェッ」
鐶は怒りで訳の分からんことを叫びつつ、
ぶっちゅう~~~ッ
とオレの唇を奪いにかかった。
ちゅうう~~~~~ッッッ
まだ続いている。
朝の早い時間とはいえ、みんなそれなりに起きてるんだが、鐶の頭には、もはや『美紀に遅れを取った』ってことしかなかったようだ。
オレは為すがまま、為されるがまま。
いや、だから、どないせえっちゅうんじゃ!?
「よしっ! とりあえず回数を間に合わせようねッ」
鐶はキスしまくりで、一応満足したようデス。
でも、みんなの視線が痛い。
また、カイかよ。いい加減にしろよナ。
そういう白い視線が肌に刺さる。
「なにさらしとんじゃあああああああああああああああっ!!!!!!!」
はい、美紀の胴回し回転蹴りが、オレの脳天へ叩き込まれました。
お約束。
即ブラックアウト。
オレの日常、ハードすぎ。
*
「鐶くーん…(涙で見えない)」
地道に朝練を続けていたマサオは、滂沱の涙だったとかなかったとか。
ちなみに、
「きゃっほーっ、オレのマイスイートハニー・カイちゃん、復活ぅッ!」
狂喜乱舞していた野郎が、約一名。誰かは言うまでもない。
後デコロシテヤル。
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