第13話 酒造所で研修しよう!
13.酒造所で研修しよう!
えーと、オレが女になってから何日目だろうか。
アレが来た。
そうです、女の子特有のアレです。
……ぽっ。
すぐ鐶と美紀に相談したら、
「あっ…ホントに女の子になっちゃったんだ」
「えーっ、それブキミ」
二人とも信じてないというか面白がっていると言うか。
「どうすればいいんだよぅ」
不安げなオレに対して、
「あのね、時間がたてば自然に治るものなのよ」
鐶はやさしく言った。
そ、そうなんだ。
知識としては知っているものの、ちょっと安心した。
「これ使って」
美紀が紙袋を渡す。
ああ、これって確か、スーパーとかではよく見かけるけど、男のオレには縁のないアイテムだったはずなんだけどなぁ。
「ありがとう、君たちはオレの女神様だぁー」
何だか泣けてくる、オレ。
「何、言ってんの、早くしてきなさいよ」
「はいはい」
鐶と美紀はオレを軽くあしらった。
オレ、最近、彼女たちに頭上がらねくね?
一瞬、思ったが、まずは対処だ。
とにかくトイレへ駆け込んだのだった。
で、オレはサウナには行かず、部屋で行水して済ませた。
お湯を沸かして、洗面器に汲む。
髪を洗って、固く絞った布で身体を拭く。
ちなみにオレの髪は、男としては少し長めの車○○美系キャラといえば分かりやすいだろうか。
女になったら、短めのちょっとボーイッシュな感じのキャラへ変身したがな。
うーむ。
女になってしまったからには、前向きに何か女でなければできないことをするべきなのかも。
髪を伸ばすとか、女装(?)するとか、化粧するとか、な。
でも、鐶たちがなんていうかな?
そのうち意見を聞いてみよう。
オレは服を身につける。
普通に女物のチュニックとズボンを着用している。
男物を着ていると目立つしな。
よっと。
恒例の幽霊さんにでも会いに行くか。
オレの中では、もう日課となっている。
いや、誰にも相談できないことを話せるしー。
夜の空気がひんやりとオレの身体を包む。
幽霊はやっぱり昨日と同じ場所にいた。
「よお」
オレは挨拶して、腰掛に座った。
「今日、蒸留酒の製造所へ行ってきた。運よく、そこの職人さんと仲良くなって、作業場を借りれることになったよ」
『……』
幽霊は相変わらず口をパクパクさせるだけ。
「ヨツンヘイムの巨人族はアクアヴィットを好んで飲用するんだけど、自分たちは製造拠点をそんなに持っていないし、原料の小麦も寒すぎてとれないからな。やはりこの業界に参入してブランド確立を目指すべきだろうな」
『……』
幽霊は口をパクパクさせ、庭を指差した。
その先には、日本で言うところの大八車……つまり荷車があった。エリザベスが手配した食料を運んできたものだ。
何かと必要なので貸してもらっている。
「荷車?」
オレは首を傾げた。
……。
……荷物。
いや話の流れからすれば、単純に荷物のことじゃない。
荷車は荷物を運ぶ道具だ。
荷物ってヤツには流れがある。
商品なら尚更そうだ。
商品の流通は物流。
物流の基本は受け/払い、つまりインプット/アウトプット。
荷物を運び込み/運び出し。
アクアヴィットの場合は、運び出し/アウトプットに相当する。つまり輸出だ。
その反対に何かを運び込み/インプット、つまり輸入しろってこと?
頭の中で連想ゲームをしてみた。
「ヨツンへイムから何かを持って来いってことか?」
オレが言うと、
こくこく。
幽霊はうなずいた。
「確か、エリザベスはヨツンへイムから何か輸入しているって言ってたな」
何だっけ?
ま、また明日訊いて見よう。
オレが思考を終え、顔を上げると、幽霊は消えていた。
あ、そうだ。
納屋に何があるか確認しそびれたんだっけ。…オレの女神たちのせいでよ。
それも明日だな、暗いし。
*
オレは翌朝、納屋へ向かった。
鐶も美紀もマサオも始もいないことを確認してから、納屋へ入ってみる。
納屋には物が散乱していた。
奥の方に木箱が一杯積み上げられていた。
そういや、昨日の朝、マサオが言ってたっけ。
木箱は洋画ででてくるような船に乗せて輸出するような感じ。
恐らく輸送用木箱なんだろう。
釘が打ってある。
釘抜きを見つけてこないとな。
オレは木箱は後回しにした。
まずはアクアヴィットの製造研修だ。
昨日のうちに人選していたので、朝のうちに出かけられるはずだ。
デイヴ叔父さんのところでみっちりと教えてもらう。
エリザベスとガスが護衛として着いて来てくれる事になっている。
いや、エリザベスって好奇心強いよな。
あのガタイなら作業もできることだろう。
もちろん、オレも一緒に研修するつもりだ。
「みんな、おはよう」
エリザベスが一人でやってきた。馬車を連れている。
あれ、ガスは?
と思って聞いてみると、
「ガスは先に製造所へ行った、作業の準備に人手がいるそうなんだ」
さいですか。
オレはうなずいた。
馬車で製造所へ行き、早速、作業開始。
今日は午前中は原料の水漬け。
水漬けして発芽を促す。
デイヴ叔父さんによれば『芽出し』と言うらしい。
原料の小麦が入った麻袋を担いで来て、開封し、水を張った樽に入れ込む。
こういう工程は、水槽を設置して網で原料をすくえるようにすれば、より効率的なんだろうな。
オレは作業をしながら、そう思った。
女性化したとはいえ、体格も筋力もそれほど変わってはいない。
精神は男のままだ。ガッツだ、オレ。
で、この工程では一回の蒸留釜で蒸留できる煮液を作らなければならない。
それがワンバッチとなる。
バッチってのは製造の単位みたいなもんだな。一鍋分とか一釜分と言い換えてもいい。
デイヴ叔父さんは、どれだけの原料を投入するとワンバッチ相当の煮液になるかが経験的に分かっているが、オレらはそうは行かない。
今は指示に従って作業してるが、しっかりその分量を覚えなければならない。
分量こそが製造のすべてと言っても過言ではない。
オレは頭の中で整理してみた。
各工程における分量の関係を表すと以下のようになる。
工程:原料小麦 → 湯通し→裁断→煮出し → 蒸 留
設備:---- → 湯通し(煮出し)釜 → 蒸留釜
分量:>(>1) → >1 → 1
蒸留釜を基準の分量として、原料小麦を前処理するのが製造工程の基本構造となる。
各工程でロスが出るはずなので、それを見込んだ原料数量を確保しなければならない訳だ。
ワンバッチ相当の原料小麦が最終的に何キロになるかは後で逆算してみよう。
また、ワンバッチが樽何本の製品に相当するのかも知る必要がある。
これが分かると、この作業場の生産能力が分かってくる。
発注が樽20本とだとすれば、何日で生産完了するかが分かるといった感じだ。
また発注を受けられる数量、つまり生産能力の限界値も見えてくるはず。
午後からは『湯通し~裁断~煮出し』工程をやらせてもらった。
事前に芽出ししておいた小麦をさっと煮る。これ以上発芽しないようにするのだ。
次に小麦を細かく刻んでから熱湯に漬け込み、煮液を取る。恐らく糖分を取り出したいのだろう。授業で習ったのかどうか定かではないのだが、確か糖分がアルコールに変わるのだ。
煮液を冷やしてから酵母を入れ、発酵樽へ入れ込む。
この状態で2~3日間、発酵させる。
ここまでが、いわゆる『仕込み』と呼ばれるものだ。
煮る時間、釜戸の火の大きさ、小麦を刻む大きさ、何回煮れば発酵樽1本の煮液に相当するのか、樽1本に投入する酵母の分量などなど。
覚えることは山のようにある。
それでも、何とか覚えたと思う。
明日以降はこれに蒸留、熟成工程が加わる。
恐らく、それらの工程を効率よく回転させてやるのが極意だ。
「いやー、若いもんは力があっていいのう」
デイヴ叔父さんは、呑気に言ってるが、
オレたちは疲労で死にそうだった。
休憩を入れて、馬車で宿へ帰る。退勤。
みんなへばっていたが、オレはエリザベスと雑談。
「前に教えてもらったことなんですが、ヨツンヘイムからミッドガルドが輸入しているってのは?」
「泥炭だな」
エリザベスは答えた。
一緒に作業したのにピンピンしている。やっぱ戦人(いくさびと)は基本的な体力から違う。
「それって、どれぐらい輸入されてるんですか?」
「そ、そこまでは知らんな」
エリザベスは『うっ』と唸った。
「じゃあ、どんな人たちが輸入しているんです?」
「何だそれ?」
エリザベスは質問の意図が分からないのか、首を傾げる。
「つまり、輸入に際して制限があるかってこと」
オレは説明した。
「そういうことか。もちろんギルドが一手に引き受けているよ」
「そうなると新規参入は難しいかな」
オレは言った。
ギルドってのは素人じゃない人たちの集団だ。有り体に言えばヤクザものだ。
特に商売には利権が絡む。
利権を失えば死活問題になる。
だから武装したり、暴力を使ったりして利権を守ろうとするのが当たり前だ。
「となるとギルドの有力者を抱きこむ必要があるな」
「そうだな」
「ギルドの有力者とつながってる貴族を知ってます?」
ギルドと貴族。
大黒屋と悪代官。
我ながら単純思考だ。
「……わ、わたしが探すのか!?」
エリザベスは驚いたようだった。
貴族たちとはモヤモヤを抱えてるようだなー。
「人脈ばっかりは、オレらにはないもんで」
オレはコビコビな感じで懇願。
「どの道、アクアヴィットの販売にしたって既成のルートに乗せる必要があるしね」
「うーん、当るだけ当ってみるが、期待はするなよ」
エリザベスは何だか機嫌が悪くなってしまった。
困ったなー。
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