第12話 酒造所を見学しよう!
12.酒造所を見学しよう!
「カイ殿はモテるのう」
ガスは、始終ニヤついていた。
馬に乗るってのは、結構難しい。初めてだし。
馬が歩くと体が上下に揺さぶられ、まるで自分が全力疾走しているかのようであった。
それでも何とか食らい付いて乗り切ったが。
まあ、運動(?)したのが良かったのか、さっきまでの落ち込んだ気分がウソのように回復していた。
「まあね、二人ともオレの大切な女だぜぃ」
「わははは!」
ガスは外見どおりの豪快さで笑った。
「男はそんくらいでないとな!」
「ふん、そんな事をしてると後ろからブスリと刺されるぞ」
なぜか、エリザベスもついて来ていた。
鐶と美紀は気まずいのか、宿で待っているようだった。
「分かってますって、もちろん、冗談ですよ」
ガスはやはり笑ったまま。
小一時間で、蒸留酒の製造所に着いた。
製造所は街外れの畑のど真ん中に建っていた。
自宅と作業場の境目のない感じの建物である。古臭くてカビっぽいが、これがこの辺では普通の建物である。
「ここはオレの叔父貴が経営してましてね、昔ながらの製法でやっとるんですわ」
ガスは説明しながら、馬を下りた。
建物は低い壁に囲まれており、門のところに太った爺さんが突っ立っている。
「こんちは、デイヴ叔父さん」
ガスが挨拶すると、
「おい、珍しいこともあるもんだ、エドワードんとこの坊主じゃねーか!」
めっちゃ田舎っぽい驚き方をした。
エドワードはガスのお父さんの名前のようだな。
「おっと、こちらは?」
そしてエリザベスとオレに気づいて、ガスを見る。ちょっと不安そうだ。
「オレの雇い主のエリザベス様と、その客人のカイ殿だ。丁重に挨拶しろよ、田舎丸出しじゃあダメだぞ?」
「エリザベスと申します、お見知りおきを」
「カイです、よろしく」
「こりゃあエライ別嬪さん方だなあ、おい」
「だから、田舎丸出しだっつーの!」
ガスは目を覆う。
別嬪さんといわれて悪い気はしないのか、エリザベスは機嫌がよさそうだったが、オレは複雑な気分だ。
人は見た目がすべてってことだなあ。ちょっと厭世的になる。
「ま、汚いとこだけど入ってくれよ、酒しかないがな、がはははは!」
「ではお言葉に甘えて」
「失礼します」
オレたちは、デイヴ叔父さんに連れられて門をくぐった。
馬は門の前につないでいた。
徒歩で敷地内へ入る。
建物は二棟あり、一つは住まい、もう一つは作業場のようだった。
「叔父さん、今年の原料はどうだい?」
「ああ、去年よりいい。去年は全体的に麦の質が悪かったんだ。味が薄っぺらくてコクが足んなかったぞ」
ガスとデイヴ叔父さんは、世間話で天気や麦の作柄、酒の出来具合などを話していた。
ちょうど春小麦の収穫が終わっているらしい。
そういや今、何月なんだろう?
それほど寒くもなく暑くもないから、春から夏の間なんだろうけど。
「エリザベスさん、暦はどういう風になってるんです?」
「1年が12の月で表されるが……そうだったな、カイはアスガルドの暦を知らないんだったな」
エリザベスは一瞬、『何を今更』ってな顔をしたが、すぐに気づいて言った。
「チュール、フレイヤ、トール……」
うげ。
1月、2月…じゃないのかよ。
つーか、1年が何日で構成される暦法なんだろ?
あ、いや、12の月だから、オレらが使っている暦と同じで365日前後だろうな。
「ごめん、エリザベスさん。やっぱ後で教えてくれ」
「そうだな、口頭では分かりにくいかもな」
という訳で、暦法は後回しにして作業場へ入った。
作業場は簡素な作りになっていた。
がらんどうな屋内空間に、金属のドデカイ釜があり、釜には金属製の管が取り付けてある。
まあ、釜といっても、鍋のような形ではなく、化学の実験で使う容器に近い感じだ。ひょうたんがもっとも近い形ではなかろうか。
釜の下には炉というか釜戸があり、そこで火をおこせるようになっていた。
蒸留してアルコールだけを取り出すのだろうな。
アルコールの沸点は水より低いんだったか。
理科で習ったことをおぼろげに思い出すオレである。
その他、樽がいくつも並んでいて、小さな釜戸と鍋があった。
「作り方を教えてください」
オレが頼み込むと、
「姉ちゃん、こんなもん覚えてどうすんだい?」
デイヴ叔父さんは、笑い……多分に自嘲が篭っていた……ながら説明をしてくれた。
「まず、小麦を水につけて発芽させる」
水を張った樽を指差した。蓋がされていない。
その脇には、よく使い込まれて黒ずんだザルのようなものがおいてあった。正式名称は知らん。農家のウチによくあるヤツだ。
これで小麦をすくうのかもな。
以下、作り方。
「発芽したら、こっちの小さい釜に移してさっと煮て、小麦だけを取り出す」
「小麦を取り出したら細かく刻んでから熱湯につけて煮液だけを取る」
「煮液は冷やした後に酵母を加えて発酵樽へ入れる、2~3日で発酵完了だ」
「発酵完了したら、蒸留釜に入れて蒸留する。初回蒸留ではまだ強い酒精にはならん、2回目の蒸留でやっと強い酒精を取り出せる」
「最後に蒸留した酒精を樽に詰めて熟成させる」
「どうだ簡単だろう?」
デイヴ叔父さんは、意地悪そうに言った。
「煮液を取った後のカスはどうするんですか?」
オレが質問すると、
「飼料にするな」
デイヴ叔父さんは即答。
反応の早い人だ。
面白がっているのが見て取れた。
本来が、いたずら好きな感じなのだろう。
「ヨツンヘイムの巨人族は、アクアヴィットを好んで飲むと聞きましたが?」
「あいつらは寒い地方に住んでるからな、自然と強い酒を飲んで身体を温めるようになったんだ」
デイヴ叔父さんはやはり即答。
「なんで、自分たちで作らずに輸入してるんですかね?」
「お姉ちゃん、あんた他所から来たのかね?」
デイヴ叔父さんは、妙な顔つきをした。
このアスガルドでは誰でも知ってることなのだな。
「あ、はい。実は、オレ、いや私はミッドガルドの者ではないんです」
「まあいいさ」
デイヴ叔父さんは面倒そうに手を振る。
「事情はちゃんと説明してくれよ?」
「もちろんですよ」
エリザベスがうなずいた。
「巨人たちは細工が下手だ。古の武具には巨人族が作ったもんが多いが、細かな加工となると体が大きいせいか辛い作業になるんだろうな、蒸留釜とかはまだしも細管となるとお手上げなんだよ」
デイヴ叔父さんは説明を始めた。
みんな住まいのほうへ移っていた。
「アスガルドは小麦が取れる。北の大地は寒さで凍りつくからな、小麦が育たないんだ」
ガスが補足説明した。
ふーん。
欲しいけど、自分たちで作れないってことか。
ますます好都合だな。
「なあ、お姉ちゃん」
「はい?」
オレはきょとんとした。
「ワシには娘が3人いたが、皆、嫁に行ってしまった。家内も年だし、ワシも年だ。だから跡継ぎがいない」
「はあ…」
オレは何が言いたいのか分からず、ぽかんとしている。
「お姉ちゃんが、オレの後を継いでくれ」
「え?」
「あんた、ひと山当てる気だろう? そういうヤツにこそ、ワシの技術を伝えたい」
「……そういうことなら、よろしくお願いします」
オレはその場で受けた。
現場の流れというヤツだ。
「なんかヘンなことになっちまったが、面白い、オレも手伝うぜ」
ガスは乗り気だ。
「なんだか急だが、よかったな」
エリザベスも乗り気だった。
早速、帰ってみんなに報告した。
志願者が集まれば、明日からでも製造所へ行き、作り方を学びたい。
ま、力仕事なんで男子に限るけどな。
鐶と美紀は、まだ何だか微妙な雰囲気だった。
オレも気まずい感じがして話しかけづらかったが、
「鐶、美紀」
勇気を振り絞って二人に話しかける。
「すまん、オレが不甲斐ないばっかりに二人をケンカさせちまった」
「……ううん、あたしのほうこそ、カイ君にケガさせちゃったかと思って心配した」
「……うん、ゴメンね、カイ君」
鐶と美紀は、最初は躊躇していたようだが、おずおずと言った。
何だか二人ともしおらしい。
「その、何だ、二人ともオレにとっては本当に大切な女の子だ」
「ま、いいよ。そのことはすぐに結論ださなくても」
鐶はやさしく言った。
「あたしもカイ君の一番になれるよう頑張るもん」
「あたしも負けないからね」
美紀はガッツポーズをしてみせる。
「では、仲直りのキスをば…」
オレは二人を捕まえようとするが、
「きゃー」
「もうっ」
鐶と美紀は黄色い声で逃げ回った。
いちゃつくカップル……いやこの場合なんて表現するんだろう。
「くそー、カイばっかもてやがってー」
「鐶クーンッ」
始とマサオがその光景を見て悔し涙を流していたとかいないとか。
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