第11話 カイくん、幽霊と交流をする

11.カイくん、幽霊と交流をする


 オレサウナ時間を満喫し、外に出ると、やはり幽霊がいた。

 うげっ。

 と一瞬、思ったが、まあよく見るとそんなに怖くもない。

 昨日と同じように、辛うじて目鼻が判別できるぐらいのモヤモヤした煙状だ。

「よお、また会ったな」

 オレは適当に挨拶した。

 幽霊は昨日と同じように、ばびゅんとオレのすぐ側に移動した。

『……』

 やはり口はパクパク動くのだが、何を言ってるのかは分からない。

「すまん、オレにはあんたの言ってることが分からん」

 オレは済まなそうに言った。

「何か、オレに伝えたいことがあるのか?」

『……』

 幽霊は天を仰いだようだった。

「まあ、何かの事情があってここにいるんだろうがな」

 今にしてみれば、初めてこの宿を見たときに感じた、でろ~んとしたものはこの幽霊だったのかもしれない。

 オレは庭においてある腰掛けに座った。

 背もたれのないタイプのヤツだ。

「あのさ、あんたに言ってもしょうがないかもしれねーけど、オレは今、悩んでんだ。あんたの事情とやらも気になるけど、それに付き合えるほどヒマがない」

『……』

 幽霊は、ぽくんと首を垂れた。うなだれたのだ。

「アクアヴィットの製造でホントにいいのか、それとも無謀な事をしてるのか、他にもっと効率の良いことがあるかもしれないし、何が正解なのか分からない。でも何かをしてゆかなければ事態はまずくなる一方だ。それだけは確かだ」

 オレは独り言のように、ぽつぽつとこぼした。

 幽霊は黙って聞いている。

「明日はアクアヴィットの製造所を見てくる予定なんだが、オレは酒については何にも知らんから、まったくの手探りなんだ」

『……』

 幽霊はやはり黙っている。

「自分で始めたことだが、オレはみんなの命を預かってしまっている。みんなを無事に元の世界へ戻す義務があるんだ」


 すっ


 幽霊は突如、暗闇を指差した。

 そこに何があるのだろう?

 オレは思ったが、次に振り向いた時、幽霊はもう姿を消していた。


 次の朝、オレは早起きして幽霊の指差した方を確認した。

 そこは納屋として使われていたらしい場所だった。

 使いそうにない場所なので、掃除どころか見もせずにいたが、これは何かあるかもな。

「納屋がどうしたのさ、カイ君?」

 マサオだった。何でか自分の胸ぐらいの長さの棒を持っている。……杖ってのか?

「驚くだろ、急に声かけんな」

「無茶な事を言うね、ボクは普通に声をかけただけさ。君の心にやましいところがあるんじゃないのさ?」

 マサオは髪をかきあげた。

 朝っぱらから、ムカつくヤツだ。

「いやな、この納屋の中を見てなかったなと思ってよ」

「納屋の中には何かの箱が一杯山積みになっていたさ」

「お前、けっこう目ざといな」

「ふん、これでもボクは支配者階級だからね。いつでも管理者になれるよう隅々までチェックを入れてるのさ。いずれ君に取って代わるかもしれないから気をつけたまえよ」

「……会話になってねーつーか、おかしいぞ、お前、それ」

 オレは一応ツッコミを入れてやる。オレも大概付き合いがいいな。

「ま、いいさ。ボクは朝練をするので、これで」

「ああ」

 例の神道なんとかというヤツか。

 マニアックすぎて分からんが、マサオもマサオなりに頑張ってるのだろう。

 確かにアイツがいう支配者階級としては必要な事かもな。

「あ、カイ君、おはよ」

 美紀がやってきた。

 朝から意味ありげな視線を向けてくる。

 この前、キスしてから、かなり新密度が上がってるんだよな。

「おはよう、美紀」

「今日さ、あたしも一緒についてってもいい?」

「うん? いいけど、面白くもなんともないぞ、多分」

「いいの、カイ君と一緒ってだけで」

 美紀はほんのり頬を染めている。

 可愛い。

 やはり、美紀はオレのもんだ。

 ……鐶もだけど。

 オレ、鬼畜だなあ。自分でも思うけど。

「そうか」

「じゃ、朝食の支度あるから」

 美紀は正面の建物のほうへ行った。


 *


「オアツイこと」

 極寒の寒さのような声が、オレの耳元でした。

「ぎゃっ!?」

 オレは思わず、飛び上がる。

「なんだよ、鐶じゃんか、おどかすなよ」

 心臓に悪いです。心臓止まったらどうすんだよ?

「ふん」

 鐶は不機嫌の真っ只中。

「あ、う…」

 オレは戸惑った。

 マジで機嫌悪いよ。どうすべえ。

「鐶、どうしたんだよ?」

「べーつーにーぃ」

 鐶はそっぽを向いている。

「あのな、オレとしては鐶も美紀もどっちもホントに好きなんだ。それこそ選べないくらいに!」

 オレは力説したが、

「どっち…」

「え?」

「どっちが一番なの?」

 鐶は地獄の鬼のような視線で、オレを見据えた。


 ぎゃー!?


 怖い、怖すぎる。

 下手なこと言ったら間違いなく即死。

「んーとな、鐶は幼馴染だから、すごく情が移っている。とはいえ、美紀は器量よしだし」

「あたしが上か、美紀が上かで答えて」

「うっ」

 ガクガクブルブル。

 オレの膝がそんな感じで震えだした。

 暑くもないのに額から汗が滴り落ちる。

「えーと、鐶さん?」

「早く」

「はい…」

 オレは思わずうつむいた。

 やはりまだ地獄の鬼と化しておられるぅっ!?

「それはね、もちろん、た…」

「こらあーっ!!!!!」

 美紀がすっ飛んできた。

「ほら、そこ、何をやってんのよぅ!!!」

 げっ。

 話がこじれてきそうだぞ。

「鐶、あんた何やってんのよ?!」

 美紀は怒髪天を突く勢いで詰め寄る。

「別にィ」

 鐶はしらばっくれる。

 どちらも目が据わっていた。

「二人とも、あの、落ち着いて…」

 オレは事態の収拾に努めようとしたが、

「カイ君は黙ってて!」

「そうだよ、これはあたしたちの問題なの!」

 鐶と美紀は歯軋りしつつ、怒鳴った。


 はい、ボク、おとなしくしてます。


 オレはしゅぽんと萎んだ。

「鐶ちゃん、キミはあたしの目を盗んで悪いことをしようとしたネ?」

 美紀は笑顔の中にマグマが隠れている。

「あら、何のこと?」

「しらばっくれんじゃねーよ。今、何か、『あたしの方が好きって言って!』ってフンイキだったよ!」

「ふん、いいじゃん。ホントのことなんだから」

 鐶は負けていなかった。

「美紀ちゃんには悪いけど、カイ君はあたしの方が一番だと思ってるしね」

 鐶はさらっとすごいことを言った。

 いや、それ、禁止ワードでないのか!?

「なっ…」

 美紀は絶句して、

「ホントなの、カイ君!?」

 今度はオレに詰め寄る。

「いや、その、落ち着けって」

「落ち着いてられるかああああっ!!!!!!」

 美紀は鬼の形相。

「ははーっ」

 オレは1000メートルほど引いた。心理的に。気づいたらなぜか土下座していた。

 不思議だね、自分。

 情けないね、自分。

「ホントかウソかで答えろや」

 美紀はヤンキーみたいな口調で詰問。

 やっぱ実はホントにヤンキーっつーか、レディースなのね、美紀ちゃん。

「ううう、ウ…」

「カイ君、今何を言おうとしてるの?!」

 鐶がオレの言葉をムリムリ遮った。

「いやですね、それがですね…」

 しどろもどろになるオレ。

「やっぱ、たま……」

「テメ、コラ、何、言おうとしてくれちゃってんだよ?」

 美紀は『ああーん?』ってな感じで、オレに詰め寄る。

「えっと、み……」

「ちょっと美紀ちゃん、邪魔しないでくれる?」

「あん? 何が?」

 鐶と美紀は顔をくっつけ合うようにしてにらみ合った。

 一触即発。

 待っているのは、死かなぁ?

 もう、緊張の糸が切れそう。

 これ以上は持たない。胃が持たない。穴開きそう。マジで。

「わあああああああああああああっ」

 気づいたら、オレは二人に襲い掛かっていた。

 彼女らに触れた瞬間、

「どりゃあああっ!」

 空中へぽーんって感じで投げ飛ばされ、

「死ねやああああああっ!」

 地面に激突する瞬間、腹に重い一撃が叩き込まれ、


 ぷつ。


 オレの意識はそこで途切れた。


 で、気がついた時には、もうガスが来ていました。

 心の準備もなく、馬に乗せられて出発。

 オレって不幸?

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