第14話 ツンデレ注意報

14.ツンデレ注意報


 宿に到着してすぐ、オレは腹痛で倒れそうになってしまった。

 目眩がする。

「カイ君、今、肉体労働するなんてダメよ!」

 鐶がオレに肩を貸しながら、部屋へ運んでくれた。

「そ、そうなのか?」

「当たり前でしょ!」

 美紀も駆けつけてくる。

 ふーん、女の子は大変だなぁ。

 オレはベッドに横になりながら、

「でも、鐶と美紀が世話してくれんだから、こういうのもいいかな」

 言った途端、


 ぼっ。


 鐶と美紀の顔が赤くなった。

「な、何甘えてんのよッ」

「そ、そうだよ、こんなの今日だけだよッ」

 いや、なぜツンデレキャラに?

 夕飯は部屋で食べた。

 休んだら大分楽になってきた。

 病気じゃないから、魔法とかでは治せないんだろうな。

 オレは、ぼんやりと部屋の壁を眺めながら思った。

 魔法と言えば、アレ以来、魔力の魔の字も発揮できていない。

 必要にならないとでてこないのだろうか。ありがちだが。

「カイ君、具合どう?」

 鐶が顔を出す。

「ああ、大分よくなった」

 オレは身体を起こした。

「あんまり頑張りすぎないでね」

 鐶はオレの隣に腰掛ける。

「うん」

 オレはうなずいた。

「あのね、女子の間で何かやりたいって声があがってるんだけどさ」

「へー、そうなんだ」

「肉体労働とかはムリっぽいけど、刺繍とか内職みたいなものならできると思うんだ」

「面白いな、やってみたら?」

「ホント?」

「ああ、代表者会議で話してみよう」

 オレはうなずいた。

「ところで、鐶」

「ん?」

「オレが、女になっちまってイヤじゃないか?」

「んー、最初は慣れないってゆーか、ヘンな感じだったけど、でもカイ君はカイ君だしィ」

 鐶は宙空を見ながら、人差し指を下唇のところへ持ってきて、

「心がカイ君なら、別にいいかなーって」

「ありがと」

 オレは言った。

 本心から。

 これまで、オレは、鐶が異常で不気味な幼馴染だと思っていたのだが、そうではないことがやっと分かった。

 みんなとかけ離れたヤツは閉鎖された世界では、異常と取られがちだ。

 でも、実社会にでたら、それは個性になるのだ。

 この世界に来てみて初めて分かった。

 オレには鐶が必要だ。

「鐶」

「なに?……きゃっ」

 オレは後ろから鐶を抱いていた。

 鐶はちょっと震えていたようだったが、嫌がっている様子はなかった。

 振り向き様に顔を上げ、目を閉じている。

 オレはゆっくりその唇に向かって接近。

 唇が触れるか触れないかって時だ。

「ごるあぁあぁっ!!!」

 美紀が入ってきて、

「お前ら、なにさらしとんじゃあああっ!!!!!」


 どっかーん。


 エルボードロップを食らって、オレは悶絶。気絶。

 ぎゃふん。

「…チッ」

 意識が閉じる寸前、鐶の舌打ちが聞こえたようなそうでないような。

 ……えーっ!? あれって演技なの、鐶さん?


 *


 みんな寝静まったところで、恒例の幽霊さんに会おうのコーナーが発動。

 オレは体が冷えないようにコートを羽織って外へでる。

 幽霊はもう居た。

『もう、遅いじゃないの!』

 …って言ってる感じがする。

「すまん、ちょいと体の具合が悪かったもんだから」

『えー、大丈夫?』

 あれ? ちょっと待てよ。

 この声、オレがアテレコしたんじゃないぞ?

『何よ、変な顔して』

 幽霊はしゃべっていた。しかも女言葉だ。

「お前、しゃべれたの?」

『はあ?』

 幽霊は聞き返す。

『あんた、体じゃなくて頭の具合が悪いのね。あたしは今までずっとあんたに話しかけてたじゃない』

「へ?」

 オレは、ぽかんとしてしまった。

 じゃあオレが聞こえてなかっただけ?

 でも、何で急に聞こえるようになったんだろ?

『ははあ、あんた霊力が急に高まったわね』

「え?」

『ちょっと失礼』

 幽霊はモヤモヤした手でオレの額へ触れる。

『ふーん、体内のエネルギー循環が一時的に乱れてるわね、身体にひずみが出てる代わりに霊力が高まってきているのよ』

 なんでしょう、サブカル系スピリチュアル系?

 ま、細かいことは気にしないことにしよう。

 それより、昨日までの気になることを聞いてみるか。

「なあ、納屋には何があるんだ?」

『アラビカ豆よ』

「何だ、それ?」

『あんた、そんなことも知らないの?』

 高飛車だ。

 絶滅していると思ったが、ここに生き残りがいた。

「だって、オレ、この世界の人間じゃないもん」

『はあ? ホントに頭の具合がおかしいのね』

「まあ、それはいいから、アラビカ豆って?」

『アラビカ豆はそのままでは食べれないけど、煮汁を絞って飲むと元気がでるのよ』

 幽霊は腰に手を当てて説明する。

 それって、コーヒーとか言いやがりませんか?

「でも、何でそれをオレに教えてくれたんだ?」

『だって、あんたが困ってる風だったし…』

 幽霊はなんだかモジモジしている。

『なに言わせんのよ! 別にあんたのことを心配してるんじゃないからねっ!』

 ツンデレだ。

 今日はツンデレ注意報でも出てんのか?

「じゃあ、荷車はあの解釈で良かったのか?」

『うん、そうだけど』

 幽霊は不思議そうにこちらを見ている。

 でも、白いモヤモヤなので、ちょっと怖い。

『あ、そうだ』

 幽霊は言った。

『あんたの霊力が高まってる内に、あたしに霊気を分けてよ』

「えー、それってエナジードレインとかいわないだろうなー?」

『違うわよ、バカ』

 幽霊は、ぷいっとそっぽを向く。

『せっかく、あたしの姿をあんたに見せたげようと思ったのに』

「それは助かるかもな」

 何せ、白いモヤモヤな影の姿では落ち着かない。

「オーケー、じゃあすぐやろうか」

『目を閉じてみて』

「おう」

 オレは言われるまま、目を閉じた。

 そしたら、唇にひんやりした感触がした。


 わっ。


 驚いて目を開けると、幽霊がオレにキスしていた。

 接触部位としてはいかがなもんなのだろうか、唇を通して霊気が吸われてゆくのか分かった。

 全身の霊気の濃さが薄まってゆくかのような感じと言えば分かりやすいだろうか。


 すっ。


 どれだけそうしていたのだろう、幽霊が唇から離れる。


 すー。


 幽霊の姿が急に鮮明になって行った。

 金髪に碧眼の女の子だ。

 顔立ちは白人。

 しかもフリフリのドレスを着ており、髪はオタク用語でいうところのツインテール。

 ツーテールとも言うな。

 年のころは10代半ばといったところだろう。

 いや、実は好みのタイプの一つだ。

 そう、オレの守備範囲はバツグンに広いのだ。自慢にならんけど。

『何、ニヤついてるのよ』

 あ、まだ聞こえる。

『霊気を分けてもらったからよ、それに……その……口移し……だから結びつきも強くなってるし』

「それって、定期的にしなくていいのか?」

『な、な、なに言ってるのよ。こんなの一回だけで十分に決まってるじゃない!』

 幽霊は慌てている。

「残念」

『スケベ、アホ、死ね』

「何とでも言え」

 オレにはその程度の攻撃、効かない。

 何しろ鐶と美紀に鍛えられてるので。自慢にならんけど。

「ところで、お前、名前は? 『幽霊』じゃ呼びにくいし感情移入もしずらいし」

『ヒルデ』

「ヒルデちゃんか」

『こらー、“ちゃん”はつけるなー』

 幽霊……もといヒルデは怒った。

「いや、可愛いのでつい」

『何よ、ほめても何もでないんだからねっ』

 うーん、そのツン振りがまた良い。萌える。…オレってヘンタイだなあ。

 ……。

 あれ?

 まだ消えない。

『何言ってんのよ、あたしは消えてないわよ。あんたの霊力が下がって見えなくなったんじゃない』

「ってことは、今のオレは霊力が高まったままってこと?」

『みたいね』

「よっしゃあっ、ヒルデといちゃつける!」

『バカ、スケベ、死ね』

 ヒルデは、ちょっと頬を染めていた。

「でも、ヒルデは何でここに?」

『……それは』

 ヒルデは口ごもる。

「あ、いや、言いたくないんならムリに聞かないさ」

 オレは言った。

「誰にでも事情はあるからな」

『ごめん』

 ヒルデは表情が暗くなった。

 何でだろう。

 この娘が暗くなるところを見てると、胸が締め付けられるような気になる。

 気になるのだ。

 この娘が。

「ヒルデ…」

 オレは思わず彼女を抱き寄せようとしていた。

『だめっ』

 ヒルデはさっとオレの手をすり抜け、


 すっ


 消えてしまった。

 霊力が下がった訳ではなさそうだ。てことはヒルデの意志で見えなくしたのだろう。

 ……悲しい。

 なぜだか分からないが、無性に悲しい。

 オレはトボトボと部屋に帰った。

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