第8話 学校を出て、ミッドガルドまで。徒歩です、トホホ

8.学校を出て、ミッドガルドまで。徒歩です、トホホ


 エリック男爵の居城に着いたのは日が沈みかけた頃だった。

 居城というと大きな城を思い浮かべるが、城そのものはそれほど大きくない。

 城に街が合体した感じの場所だ。

 むしろ城下町といった風体で、丘を背に斜面に沿って街が形成されている。丘の天辺に城があった。

 街は居住区と交易地が混在しているのだが、全体的に活気がなかった。

 魔王の軍勢が出没しているせいで、商人たちの足が遠のいたのだろう。

 お祭りの終わった出店のような雰囲気をかもし出している。

 オレらが通り過ぎると、街の人々が何事かとこちらを見やる。

 ま、街に着くまでもそうだったけどな。

 農村の近くを通ったりすると、同じような反応が返ってきていた。

 オレらは歩き詰めなので、いい加減歩くのがイヤになってきている。

 途中で体力のない女子なんかは泣き出していたりした。


「さあ、もう少しだ、頑張れ!」

 エリザベスはそれほど疲労が見て取れない。

 もともと体力があるのだろうが、不屈の精神とやらでも持っているのかもしれない。

 ちなみに、オレは女になったままだった。

 鐶や美紀よりグラマラスな身体なようで、すげー羨望の混じった醒めた目で見られた。

 女の子って怖い。

 ともかく、時間が来れば元に戻るかと思ったが、そんなことはなかった。後はお湯を被ってみるとか。

 男物の制服のままなのだが、その手の趣味のオタクにウケること間違いなしだ。嬉しくも何ともないが…。

「うっきょーっ! 城○都市○ーレ!!」

 突然、始がハイになって叫んだ。

 ついに頭にキタらしい。

「なんだよ、失礼だな、キミは!?」

 オレのバカにしたような目に気づいたのか、始はぷんすかと言った。

「んな古いモン、誰もわかんねーよ!」

「おまえ、知ってるじゃんか」

 言いつつも、始はオレの身体をジロジロ見ている。

 絡みつくような視線が気持ち悪い。

「チェストーッッ」

 オレは、渾身の力を込めてパンチを叩き込んだ。

「へぶぅっ!?」

 始は地面という名のマットに沈んだ。

「ふー、これにて一件落着」

「勝手に落着させんな。てゆーか、お荷物増やしてどうすんのよ!?」

 鐶に怒られました。

「カイ君、責任もって運びなさい」

「いやーん。そんな重労働させないでぇー」

 悪ノリして、身をくねらせると、


 しゅばっ。


 鐶の何かの技がオレに叩き込まれ、意識がぷっつり途切れました。

 早くて見えませんでした。

 つーか何この威力?


 *


「止まれィ!」

 街に入ってすぐ、衛兵らしき男たちがバタバタと現れる。皆、槍を手にしている。

「おぬしら、この街に何の用だ?」

 事と次第では、ただで済まさんぞってな感じだった。

 ま、異様な集団が100人ぐらい押し寄せてきたら、フツーそうだろうな。

「待たれよ、我々は怪しいものではない」

 エリザベスが叫ぶが、説得力というものがない。

「私はエリザベス・フォン・フェアリーテイル。アルヘイムのフェアリーテイル家だ」

 しかし、有無を言わさぬ迫力と高飛車な態度が衛兵たちをビビらせたのだろうか。

「……」

 衛兵たちは、お互いの顔を見合わせる。

「男爵閣下にお目通りを願いたく、まかり越した」

「……ニ、三聞きたいのですが?」

 衛兵たちの言葉使いが若干改まった。

「何だ?」

「この者たちは?」

 衛兵たちは単刀直入に訊いた。

 ま、人種の違う連中がこんだけ大挙していれば、当然の反応だな。

「うむ」

 エリザベスはうなずく。

「この者たちは、魔王の軍勢に追われてきた民だ。私が保護し、国に連れ帰る途中だ」

「はあ、ですが……」

 衛兵たちは毒気を抜かれた感じである。

「とにかく、男爵閣下に取り次げ。話は男爵閣下に直接する」

「……分かった、しばし待て」

 衛兵たちのうち、一人が街の奥へ走って行った。

 衛兵が詰め所の偉いさんに報告して、詰め所の偉いさんが城の兵士たちに報告して、城の兵士が兵士長に報告して、というような伝言ゲームが繰り広げられるのだろう。

 しばらくして、城の方から使いの者がやってきた。


 使いの者は、チョビヒゲを生やしたダンディなオヤジだった。

 体躯は筋肉質な感じで、薔薇でも持ってオペラでも歌いだしそうな感じである。顔が濃い。

 オヤジは馬に乗って駆けつけてきていた。

「フェアリーテイル家のお方。ようこそ、我らが男爵閣下の領地へ」

 オヤジは馬からすたっと下りて、慇懃に礼をする。

「ご丁寧な挨拶、痛み入る」

「わたくしは男爵閣下に仕えております、ムランゲと申します。どうかお見知りおきを」

「ムランゲ殿。この度は男爵閣下にご助力をお願いしたくまかり越した」

 エリザベスは言って、オレらを見やる。

「承知しました。事情は城で伺いましょう」

 ムランゲは、やはり慇懃にうなずいた。

「かたじけない」

 という訳で、城へ案内された。


 桟橋を渡って城に入る。

 入り口を通るとすぐ広々としたホールになっており、その中央に小太りな感じの土派手な服装の中年男性が立っていて、

「おお、我が麗しのエリザベスッ!」

 高らかに叫んだ。

「ぐっ……エリック男爵殿、お久しぶりです」

 一瞬、歯軋りしてから、エリザベスは睨みつけるように、その中年男性を見下ろした。

「ノンノン。そんな他人行儀な呼び方をせずに、エリックと呼んでくれたまえ」

 中年男性……エリック男爵は、人差し指を振ってみせる。

 ……いや、なぜにオフランス系?

 マサオの親戚か何かかもな。

「いえ、礼儀を失しますから」

 エリザベスは頑として受け付けない。

「うーむ、そこがまた良いのう、エリザベスちゃんは」

「ちゃん?」

 鐶が言って、オレらは笑いを堪える。


 ぎろっ。


 エリザベスの殺気の篭った視線。

 みんな口笛吹いてそ知らぬ顔をした。アー○ンチャ○ピ○ンの如く。

「ささ客間に茶を用意してある、話はそこで聞こう」

「お心遣いかたじけない。ですが、話はここでしましょう」

 エリザベスは頑張った。

「そうか、なら仕方ないのう」

 エリック男爵は折れた。

「この者たちは、魔王の軍勢に追われて行き場を失った民です」

「……うむ、そうか」

 エリック男爵は、オレらを一瞥。

「しかし、ワシにはどこか南方の民に見えるがのう。背丈が小さいしの」

「実はこの世の民ではありません、天界の民です」

「……はあ?」

 エリック男爵は話について行けなかった。


 そこからはバークレーが変わって説明した。

 お告げのこと。

 それに従い、エリザベス一行が探索の旅に出たこと。

 魔王の軍勢との戦い。

 ちなみにオレの活躍は伏せている。

 あくまでエリザベスたちが倒したことになっていた。

 もちろん、真実を言っても信じないだろうことが一番の理由だ。またオレの力を知り、それを手に入れようとする者は必ずでてくる。

「それはご苦労だったのう」

 エリック男爵はねぎらいの言葉をかけた。

「戦いで、幾人かの部下を失いました」

 エリザベスは、わずかに目を閉じる。

 亡くなった兵士たちは学校の裏手に埋葬してきた。

 つらい作業だろうに、兵士たちは淡々とそれをこなした。

「今日はゆっくりしてゆきなされ」

 エリック男爵は温かみのある言葉をかけた。ま、少し暑苦しいが。


 そして、オレらはホールを使わせてもらうことになった。

 夕食が振舞われ、毛布が与えられた。

 エリザベスとバークレーは男爵と一緒に夕食を同席してから戻ってきた。みんなと同じようにホールで休んだ。

 翌朝。

 城内は慌しくなった。

 荷馬車が用意され、食料などの準備がなされる。

 すべてが整い次第、出発する運びだ。

 馬車には全員が乗れるはずもなく、特にひ弱な女子が乗り、また食料、水などが積み込まれる。

「男爵殿、このご恩は忘れぬ」

 出立にあたり、エリザベスが礼を述べた。

「何、礼には及ばぬ」

 エリック男爵は気さくに言った。

「達者でな、また通りかかった折には立ち寄ってくれ!」

「はい、是非に」

 エリザベスは一礼して、

「出発!」

 号令をかけた。


 また歩きかと思うと、足が重たくなる。

 みんな同じ思いだ。

 しかも今度は3日かかる距離だというから、気も重い。

「ここからは魔王の力の及ばぬ場所だ」

 エリザベスは何度も力強く説いた。

 そのお陰か、1日目はみんな頑張って歩いたのだった。

 街道沿いに歩き、夕方頃には宿場町に着いた。

 宿場町には教会がある。

 教会の礼拝堂を借りて、就寝。

「あのさ、エリザベスさんがエリック男爵を嫌っていたのって…」

「……だよねー、あの態度一発でバレバレだよねー」

 鐶と美紀がラブラブ話で盛り上がっていた。

「オレも混ぜてー」

 オレは冗談っぽく言って、二人の後ろから顔を出す。

「……あんたはダメ」

「なんでだ、差別だ!」

「カイ君、その胸の大きさは反則だよ」

「いや、でも、オレのせいじゃないし……」

 話の流れとも関係ない。

「ホント、これ見よがしに見せ付けちゃってさ」

 どうやら、オレの変身が二人のコンプレックスを刺激するらしい。

 二人は、ジト目でオレを見ている。

「どうしてもっていうんなら、触らせてあげてもいいけど?」

「……ヘンタイ」

「…アホ!」

 二人は場所を移動してしまった。

 寂しい……。

 悪意のないエロさギリギリのジョークなのに。

「あー、いたいた、男女」

「分類不能キャラ」

 代わりに始とマサオがやってきた。

「スーパー、マグナムショットォッッ!」

「げふぅ!?」

「ふげぁぁっ!?」

 格闘マンガのザコキャラっぽい悲鳴を上げて、始とマサオは眠った。

「ふん、オレ様のカイ王拳を見くびるからだ」

 オレは訳の分からんことを言って、拳に息を吹きかけた。

「カイ殿、キミは何をしてるのだ?」

 声がして、

 振り向くと、エリザベスが呆れた顔をしたまま立っていた。

「軽いスキンシップですよ」

「……そうか?」

 エリザベスは理解に苦しむという表情。

「それより、どうかしましたか?」

「いや、別に…」

「エリック男爵のことですか?」

「なっ……そんなことはあり得ぬわっ」

 エリザベスは叫ぶ。

「そうですか、エリック男爵なんて、クソ虫ゴミムシイボイボだらけのイボイノシシの顔にションベンをかけて面の皮が100センチはありそうな鉄面皮ですもんね」

「いや、そこまで言われる筋合いはない」

「ふーん、エリザベスさん、案外、エリック男爵のこと嫌いじゃないんでは?」

「何を言うかッ」

 エリザベスはキレそうになり、

「私は……」

 そして、若干の間の後、ぽつりとこぼす。

「エリック男爵は、私にプロポーズしてきたことがあってな。それでなんだか気まずいのだ。特に好きでもないしッ」

 エリザベスは最後だけを強調した。

 エリック男爵には可哀想だが、元から望みがないのだ。

「でしょうね」

 オレはうなずく。

 ……なんかオレ、カウンセラー?

「ま、そんなに考え込むことないんじゃないですか?」

「え?」

「オレは急に性転換してしまったけど、それはどうにもならない事実で、結局受け入れるしかない」

「……」

「戦の時に、過去の失敗や体験ばかりを気にしていたらどうなります?」

「そんなことを考えていたら死ぬな」

「多分、それと同じですよ。後ろばかり振り向いていては、前には進めない」

「……ッ」

 エリザベスは、オレの言葉に衝撃を受けたようだった。

「……そうだな。カイ殿のいうとおりかも知れぬな」

 エリザベスはうなずいた。

「ありがとう、少し楽になったような気がする」

「いえ、どうということもありませんよ」

 オレは屈託なく笑った。

 そうです。舌先三寸です。

 で、一秒後、


「こらー! あたしというものがありながらーっ!!!」


 がすっ


 美紀がオレの後頭部にラリアットをかました。

 なぜ?


 *


 2日目、3日目は何事もなく過ぎた。

 いや、鐶とキスしました。

 ジャジャーン!

 みんなの目を盗んで。

 軽くだけど。

 んで、美紀ともキスしました。

 みんなの目を盗んで。

 軽くだけど。

 見たか、オレの実力を!

 でも肉体的には女同士なんだよな……。がっくし。


 で、待望のミッドガルド国のお出ましだ。

 田園風景が広がり、かなり豊かな土地であることが伺える。

 農業生産力が高ければ、十分な穀物を備蓄できる。

 そんなことを考えながら、オレは歩いていた。

 農家さんたちの使っている道具とかを見ると、技術レベルが分かる。

 刈り取り用の鎌。サイズってヤツだな。

 刈り取った草を収束するフォーク。

 脱穀用の棍棒。フレイルの原型。

 風力選別として使う唐箕とうみ

 などなど。

 つーか、スチーム機関はないようだね。

 産業革命はまだまだ先の話だ。

 オレがいずれ、そういったものを発明して、世界を席巻してやる。

 ……って何を考えてるんだ、オレ。

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