第9話 アスガルドの都、ヴァルハラに到着
9.アスガルドの都、ヴァルハラに到着
確かに。
オレは、この世界に来てから変だった。
変というか、変貌したと言っても良いかもしれない。
自分でもおかしく思うぐらいだ。
それは、眠っていた才能が開花したというレベルで表されるものではないような気がする。
『お前、何モンだよ? バケモンの仲間だったんじゃねーのか!?』
ロン毛こと蟹屋敷進二(かにやしきしんじ)の言を引用するまでもなく、
オレは変貌をした。
根本的に。
何かが変わった。
*
ミッドガルド国に着いた。
いや、実際には国境は越えていて、その首都に着いたという方がいいのかもしれない。
ミッドガルドは国だが、大国であり、いくつもの小国というか地域が連なって形成されるそうだ。連合国と言っていい。
エリザベスがよく口にする、『アルヘイム』はその内の一つだそうな。
アスガルド、ミッドガルド、アルヘイムが主要な地域であり、それらを統治する王侯貴族・諸侯が集合して国を成しているとか。
……でも、ミッドガルドが中央じゃないのな。
地理の時間の時に、中国の東北地方の吉林省の省都が吉林市でなく長春市だった時のような驚きだ。
つまり長々と話したが、オレらはミッドガルド連合国の首都国アスガルドに着いた。
アスガルドの主要な都市は、ヴァルハラ、ビフレストの二つだ。
ヴァルハラが政治の中枢、つまり本当の首都で、ここには同じ名前の宮殿があり、北欧神話の神々が住むヴァルハラ宮殿を連想させる。アスガルドを治める王が住む場所らしい。
ビフレストは、神話ではアスガルドとミッドガルドを結ぶ虹の橋とされるが、こちらは商業都市のようだ。ミッドガルドの様々な地域から商人が集まるとのこと。
全体としての領有面積はあまり大きくないようだが、二つの都市がくっついてできた瓢箪のような形をしている。
形はともかく、そのあり方は、なんとなくイタリアのヴァチカンを連想させる。
エリザベス一行とオレらは、ヴァルハラに入った。
エリザベスは出身はアルヘイムだそうだが、ヴァルハラに居を構えているようだ。
簡単に言えば高級住宅街みたいな場所に屋敷があるということだった。
「前にも言ったと思うが、我が国にも教育機関がある。そこで人材を育成し、官として取り立てる制度が出来上がっている。そうした者は他国のものでもヴァルハラに居を構える場合が多いのだ」
エリザベスは言った。
「エリザベスさんもそうなんですか?」
「ああ、私の場合は縁あって、軍に入ったのでな」
エリザベスは歯切れが悪い。
まだ何かモヤモヤしたものを抱えてるのだろうか?
100人以上も収容できる場所がないので、とりあえずはエリザベスの屋敷で休ませてもらい、それからしかるべき場所を用意してもらう算段をつけなければならない。
エリザベスは使者を立て、王宮に事の次第を伝えさせる。
使者はすぐに王宮の官をともなって帰ってきた。
オレらが出る幕はなく、エリザベスとバークレーが仕切って話を進めた。
まず必要なものは住む場所だ。
生徒だけで100人ぐらいいるし、脳みそトコロテン状態の教員も連れて来ていた。
放っておいて野垂れ死にされたら目覚めが悪いしな。
だから全部で120人はいるのか?
「そういや、全員の名簿とかを作らなければいけないのでは?」
マサオが言った。
「そうだな」
オレは、絡みつくような視線を向けるマサオを睨みつけ、
「ちょっとみんな集まってくれ」
クラスの代表を呼んだ。
「現地の受入れ体制が整うまで、こちらもそれ相応の準備をしなければならない。まずはみんなの氏名と人数の把握をしたい」
教員らが使っていた名簿を持ってくればよかったのだが、今更な話だ。
エリザベスに紙とペンを借り、名簿を作成する。
紙はいわゆるごわごわのそれ。羊皮紙?
ペンは鳥の羽にインクをつけるタイプ。
……か、書きにくい。
おさげこと藤田が書記を買って出た。
フルネームは藤田優希(ふじたゆうき)。
ごわごわをものともせず、さらさらと書き記してゆく。
ちなみに彼女は上級生だが、頭も良く、使える生徒だ。
優等生なタイプに分類されるだろうな。
茶髪は、藤田のアシスタントをしている。
彼女も上級生で、名前は谷(たに)こずえ。
お世辞にもあまり頭の良い部類ではないようだが、女子生徒の間では情報通で知られているみたいだ。
上級生はもう一人いて、ロン毛こと蟹屋敷がそうだ。
ロン毛は簡単に言えば三年生の不良の頭か。
不良といっても、所詮地方の高校だから、タバコを吸って補導される程度の連中しかいない。あとたまにケンカをするくらいか。
面白いことに、不良グループは学年ごとに独立していて異なる学年同士の接点は薄い。
ま、一つの部活みたいに扱えるので、よしとするかね。
ついでなので、その他の代表者も紹介しとこう。
二年生は、オレ、マサオ、デブ。
オレは天道海(てんどうかい)、マサオは西宝寺雅夫(さいほうじまさお)。……もはや説明不要だな。
デブは春巻包(はるまきつつむ)という変な名前。日中ハーフか? 食ってばかりいる。
一年生はチビ、ノッポ、ボウズの三人。
チビは、炉縁宗太郎(ろべりそうたろう)などという体格に似合わぬビッグな名前。
ノッポは、唐竹割雄(からたけわりお)。
ボウズは、堂本茂(どうもとしげる)。
オレ的には、もうどうでもいい連中だ。
紹介終了。
しばらくして、エリザベスがやってきた。
「カイ、住む場所が見つかったぞ」
エリザベスは何時の間にやら、オレのことをカイと呼んでいた。
旅は人を打ち解けさせるようだね。
もちろん、キスはしていない。(笑)
あくまで冗談だ。
鐶と美紀に殺されそうだけど、冗談だ。
「町外れに、ごく最近潰れた宿があるんだが、広さも申し分ないようだし、そこを使ってよいことになった」
エリザベスは、良かったなとオレの肩をぶっ叩く。
あまりの衝撃に、オレは転びそうになるのを堪える。
「なんだ、男のクセにだらしない」
……いや、あんたの力が強すぎんだよ。
とは言えないので、
「今はか弱い女の子なので」
「ああ、そうだったな、一応見た目はな」
で、そこへ行ったのだが、
でろ~ん
という効果音が最も適切な雰囲気の宿でした。
バケモノの宿って感じ。
うーむ。
しかし他に場所はないしな。
みんなで掃除して、キレイにすればいいかな。
「どうだ、いいところだろう?」
「ありがたく使わせてもらうよ」
オレは営業スマイルでうなずくのだった。
それから突貫で掃除をした。
100人もいればそのスピードは早かった。
服が埃だらけになったので、エリザベスがみんなの着替えを用意してくれた。
急ごしらえなのでサイズの合うものをみんなで選んで着用。
すっぽり頭から被るチュニックとズボン、スカート。
それに布の靴も用意してもらった。
宿は、いくつもの小さな二階建ての建物が連なって形成されており、一見して何かの施設のようでもある。
バカンス客用のリゾート・ホテルっぽい感じに近いかも。
庭には、洗濯場と食器などの洗い場、水場、干し場、馬屋もある。
建物は全部で10棟あり、1棟4部屋があるので合計40部屋。
正面には大きな建物。
ホテルで言えばフロントとかがある建物か。
宴会をするためのおっきな部屋があり、カウンターとキッチンが備え付けられている。
ありがたいのは、奥にサウナがあるってことだった。
サウナの使い方は、エリザベスの部下たちが教えてくれた。
ホント、リゾート・ホテルだな。
なんで潰れたんだろ?
「すまんが2~3人で1部屋を使ってくれ。1人1部屋とは行かないけど、教室でかたまって暮らすよりはいいしな」
オレはみんなに言い渡した。
2、3人で1部屋を使うと何とか全員収容できる。
教員たちはみんな宴会場の2階に住んでもらうことにした。
掃除とか簡単なものをしてもらえばいいかな。可能ならだが。
ところで、オレは誰と一緒になるんだろう?
ふと不安を覚える。
「カイ君は……」
鐶は口ごもる。
「そりゃあ今の身体は女かも知れないけど、元々が男じゃん。ダメよ、ちゃんと正式に付き合ってからでないとネ」
と意外にお堅い。
「だれが、あんたと付き合ってんのよ?」
美紀が横から割って入る。
「じゃあ、美紀ちゃん、カイ君と一緒に住む?」
「え、でもォ……その心の準備が……」
美紀は、真っ赤になってうつむいてしまった。
何を考えてるかな。
でもまあ、その通りだがな。
「はい、はい! オレ、オレ!」
始が何か言ってるが、
「シャラップ!」
オレは一撃で始を沈めた。
「ふ、しかたないな、ボクとルームメイトに」
「うるさいッ!」
マサオも沈んだ。
「で、オレは一人?」
「仕方ないよね」
「だね」
がっくし。
いや、気楽なんだろうけど。
オレは何となく、みんなの輪に入れない気がして落ち込んだ。
食料はエリザベスが手配し、運び込んでくれた。
軍隊では意外に物資の補給と調達が重要項目になる。
エリザベスは自前で食料の調達ルートをもっているらしい。
ま、それがしっかりできてないと兵士たちの力を発揮させられないので当たり前だが。
夕食を食べると、すぐにみんな自室へ戻っていった。
みんな疲れている。
今日は早めに寝るのが良しだ。
で、オレはみんな寝てからサウナへ行く。
性転換キャラの辛いところだ。
時間制限を設けると、男子18:00~19:00、女子19:00~20:00、オレ20:00~21:00とでもなるのか。なんだか泣けてくる。
ともかく、さっぱりしてから部屋へ戻ろうと外へ出ると、
ゆらっ
闇夜に白い人影が浮かんでいた。
庭の洗濯場付近の石畳の上にいる。
「おわっ」
オレは思わず叫んだ。
ゆ…ゆーれい?
オレはごしごしと目をこすってみたが、やっぱりソレは見えている。
立ち尽くしていると、やがて、白い人影はオレの方を向いた。
げっ。
こっち見たよ。
まさか、こっちにこないだろうな。
とか思った途端に、白い人影は、
ばびゅん
オレの目の前まで来ていた。
「おひょっ!?」
オレは何か情けない声を小さく上げた。
白い人影は辛うじて、目鼻が判別できるようだが、モヤモヤした煙のようで見えずらい感じだった。
『……』
何かを伝えたいのだろうか。
口元がかすかに動くのが分かった。
が、何を言ってるのかは分からなかった。
エリザベスを始めとする、この世界の人間たちとは言葉は通じるが、それは何かの力が働いてるからで、厳密にはこの世界の言葉が分かるわけではない。
「なんだ、何を言いたいんだ?」
オレは慌てるその中でも意識の冷静な部分で考えた。
こいつはオレに何かを伝えたいんだ。
そうしているうちに、そいつは、
すっ
と消えてしまった。
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