第7話 戦闘を終えて、学校に不協和音が

7.戦闘を終えて、学校に不協和音が


 オレはゆっくりとグランドへ降りた。

 焼け焦げた暗黒の尖兵たちの残骸が散乱して足の踏み場もない。

「カイ君!」

「カイ君!」

 鐶と美紀がハモりながら、勢い良く飛び出してきた。

 が、残骸に足を取られそうになり、スピードダウン。

「よっと」

 鐶は持ち前の体術を活かして、残骸のないところを飛び飛びやってくる。

「ぐぬうっ」

 美紀はゆっくりゆっくり足を取られないように。

「カイ君!」

 鐶がオレの懐へ飛び込む。

 おおーっ。

 劇的に皆を救ったオレへの報酬とでも言おうか。

 鐶の身体は意外に柔らかく……。

「んーっ!??」

 鐶が突然、オレを突き飛ばした。

 何だろう?

 オレには勝利の喜びも許されんのか?

「あ…あんた、ダレ?」

 は?

 鐶のヤツ何を言ってるんだ?

「何、言ってんだよ?」

 オレは言った。

 そして違和感を感じた。

 オレの声にしては、甲高い。まるで女のような……。

「はあ、はあ、何してんのよ?」

 美紀がやっと到着。

「……カイが」

 鐶はそこで言葉を切った。

 その先が言いたいのだが、動転して出てこないって様子だ。

「カイ君がどうしたのよ?」

「女…」

「はぁ?」

 確かに、はあ? な言動だ。

 美紀はオレに近づくと、まじまじとオレの顔を覗き込んだ。

 そして若干、ショックを受けている。

「じっとして」

 美紀はオレの腰の周りを触った。

 それにより、

 オレの脳内での感覚…頭の中で思い描いている体付き、

 と

 実際の感覚…実際の肉体、

 に

 ズレがあることが分かった。

 腰がくびれて細くなっている。

 美紀は、手を胸のあたりに持ってきた。

 げ。

 胸がある!!?

 なぜに?

「お、女……」

 美紀はくらりと目眩を覚えたかのようだった。

「オレは男だ」

 オレは言ってみたが、まったく説得力がなかった。

「少なくともさっきまでは……」


「性転換現象だな、しかも美人と来てる、その意気や良し!」

 この方面の権威でもある始が断定した。

 ま、オタク・マニア方面であるが。

「俗に言う、乱○現象とでもいうか、ネット小説では人気ジャンルの一つに数えられる。萌えー!」

「アホか」

 マサオが言った。

「カイ君。君は女装趣味でもあったのかい?」

「違うだろ、そこは魔法使いだったのか? ってとこだろ」

 ロン毛がツッコミを入れる。

「では、間を取って。カイ、お前、女装趣味の魔法使いだったのか?」

 始が締めた。

 おいおい。

「女装じゃないだろ、性転換だろ」

 オレは訂正する。

 いや、本人からツッコまれんな。

 ちなみにオタク属性のない生徒、エリザベス一行様は300メートルくらい引いていた。心理的にも、物理的にも。

 ロン毛は『○ード・○ブ・ザ・リン○』マニア。いや『○輪物語』か。

「ロン毛、お前の名前は、蟹屋敷進二だな?」

 オレは何でか、ロン毛の名前が分かった。

 頭の中に映像が浮かんだのだ。

「しかも、自宅の部屋には『指○物語』が全冊揃っている」

「な、何でッ…?」

 ロン毛は慌てて蒼白。

 そんなことで蒼白になんじゃねー。ゴブリン(断定)が来たときに蒼白になれよ。

「いや、そんなことより!」

 ロン毛はごまかした。

「お前、何モンだよ? バケモンの仲間だったんじゃねーのか!?」

「ひどいこと言うね、ロン毛は」

 鐶がロン毛を睨みつけた。

「カイ君に助けてもらっておいて、それはないだろ!」

「だってよぉ」

 ロン毛は言い訳するようにぶちぶちと答える。

「コイツ、この世界に来てから少し異常だと思わねーかよ? すげえ行動力だし、読みも鋭いし、統率力発揮するし、普通の高校生にそんなことできるのかよ?」

「う。でも……」

 鐶は口ごもる。

 実際、鐶もそう思っていたのだろう。

「そうだろ、みんな?」

 ロン毛は距離を置いている生徒達へ向かって言った。

「……」

「……」

 みんなは押し黙っている。

 何を言ってよいか良く分からないって風だ。

「おいおい、みんな、ここまで来ていい子ちゃんぶるのは止めろよ。オレらには知る権利があるだろ! こんなバケモンの仲間みてーなヤツに引き回されたら、何されっか分かんねーぞ!」

「おい」

 エリザベスだった。

 彼女はロン毛を見下ろしていた。

 その目には殺意にも似たものが宿っていた。

「貴様、さんざん助けられておいてその言い草は何だ」

「な、なんだよ」

「私はカイ殿の気持ちが良く分かる」

 エリザベスは断言した。

「仲間を率いるというのは並大抵の努力では務まらぬ」

 がしっ

 エリザベスがロン毛の襟首をつかんだ。

 ロン毛の両踵が浮いた。

「く、くるし…」

「ましてや我々は全滅する可能性すらあった。それを勝利に導いたカイ殿には感謝こそすれ、蔑まれる謂れはないと知れ!」

「わ、わかったよ、わかったから…」

「下郎が」

 エリザベスは両手を離し、その後でボディーへ重いパンチを見舞った。

「げふ…ッ」

 ロン毛は溜まらず悶絶。

 エリザベスは、ふんと鼻を鳴らし、オレの方へ向いた。

 かっちょえー。

 ちょこっと惚れたかも。

「デレデレすんな!」

「あたしというものがありながら!」

 繰り返し。


「『天の御使い』とはカイ殿のことだったのですなあ」

 バークレーが納得している。

 ちなみに肩の矢は抜いており、治癒の魔法でかけてもらっていた。毒はなぜか消え去っていた。うーん不思議。

「そうとは限らぬ」

 エリザベスは難しい顔をしていた。

「あのパワーは天の神が使わしたには些か破壊的過ぎるとは思わんか?」

「ですが、それは…」

 バークレーは口ごもる。

「バークレー、センス・エビルをかけろ」

 エリザベスは命令した。

「いや、しかし…」

「命令だ」

「はっ」

 バークレーは仕方なさそうに目礼。

「カイ殿、悪く思わんでくれたまえ」

「あなた、さっきはカイ君のことをかばってたのに、何で!?」

「そうだ、そうだ!」

 鐶と美紀が抗議の声を上げるが、、

「お嬢ちゃんには分からぬさ」

 エリザベスは一笑にふした。

「聖なる神よ…」

 バークレーが呪文を唱える。

「……」

「どうだ、バークレー?」

 エリザベスが訊いた。

「……邪悪な心の持ち主ではありませぬ」

 バークレーは言った。

「この者は、邪悪の尖兵を撃退し、我らを救った。英雄であればこそ、敵ではござらん」

「そうか、それは良かった」

 エリザベスは、ちっともそうとは思ってなさそうな表情で、踵を返した。

「予定は狂ったが、出立の準備をしよう」

 オレらは、エリック男爵のところへ行くことになった。

 総勢、100人超。

 学校が異世界召喚されてから、まだ1週間も経っていない。


 *


 エリック男爵の領地は目と鼻の先だった。

 前にも半日で着くといってたしな。

 バークレーによれば、この辺の土地は、魔王の軍勢が入り込む前は比較的平和な地域だったそうだ。

 ミッドガルド国の勢力も、隣国のヴァナヘイムの勢力も及ばない地域で、どちらかといえばミッドガルド寄りではあるものの、二国間の緩衝地帯として生き残ってきたそうだ。

 オレは思った。

 二国間の対立では何かとぶつかりがちで、小競り合いが始まったりしたら、止めようにも世論が許さない。

 そのうち疲弊して行き、他国の餌食になってしまう。

 それが分かっていて対立構造を維持し続けるのは愚策だ。

 だから、緩衝地帯を設ける。

 緩衝地帯イコール中立地帯だな。

 中立地帯ってのは交易地として利用される場合が多い。

 三国が利益を享受できるから、皆、そこを残しておこうと思う訳だ。

 ちょっとでも頭の回る為政者なら、そう考える。

 これはバランスが取れている状態。

 しかし、魔王の軍勢が入り込んでからは、交易地に集まる商人が遠のいて、その役目を果たせないのだ。

 バランスが崩れたということだな。

 魔王の軍勢は緩衝地帯を切り崩すことで、二国間対立を復活させ、ミッドガルド、ヴァナヘイムの地盤を弱めようとしている。

 時間はかかるだろうが、ヴァナヘイム、ミッドガルドの両国を徐々に弱らせ、陥落させるには有効な手だろう。

 兵法ってヤツだ。

 ヴァナヘイムは同時に魔王軍の攻撃を受けているそうだし、緩衝地帯の機能を狂わされてはミッドガルド国の動向も気になるはずだ。

 為政者というのは『疑心暗鬼』がデフォルトな思考パターンだ。


 いくらなんでもそうはならないだろう。


 ではなく、


 もしかしたら、こうなるかも?


 という考え方をする人種なのだ。

 で、思いついた最悪の未来予想図をいかに未然に防ぐかが、生き残るための鍵となる。

 だが、それは同時に不必要な対立構造を生み出す。

 表面的なことは信じず、常に裏を読み、対策を立てる。

 それを続けていれば最終的には対立するしかない。

 魔王の軍勢の目的が分かっていても、すぐに手を取り合って戦えないのは、両国とも相手を信用していないからだ。


 もしかしたら、


 相手は自分たちを裏切って、


 魔王軍につくかも。


 そう思っているから手を結べない。

 オレらがやるべきことは、両国の関係を修復し、緩衝地帯の機能を復活させることかもしれない。

 その上で、魔王の軍勢を疲弊させてゆく手立てを考えるのが吉だ。

 でも、この考えはおいそれとは口に出来ない。


「どったの、ずっと黙り込んで」

 鐶がオレを見る。

 今は休憩中。

「いや、まあ今後の身の振り方を考えてたんだがな」

「う、そうよね」

 鐶は若干、うわずった声で、

「女の子として生きなくちゃならないんだもんね」

「いや、違うだろ」

「フツー、そうでしょ」

「かもな…」

 オレは折れた。

 言ってみれば、現実から目を背けるために情勢を分析していたのかもしれない。

「それより、始とマサオが何かいやらしい目でオレを見始めてるのが恐ろしい」

「女の子が、あんたたち男の視線にさらされて、どういう気持ちなのか分かったでしょ?」

「うん」

 オレは素直にうなずく。

「でも、オレは鐶のことが好きだから、そういう目で見るんだぞ」

「え…」

 鐶は固まった。カチンコチンだ。

 意外にウブだな。

「あの、その、何よ、いきなり…」

「こらー!」

 美紀が割って入った。

「ダメでしょー、そのラブラブな雰囲気、警告、ピーッ、後一回で退場ね!」

 どこへ退場すんだよ。

 また異世界か?

「美紀」

「何よ?」

「好きだ」

 オレがストレートに言うと、

「……ッッ!?」

 美紀はカーッと顔を真っ赤にして、立ち尽くした。

「お前はなんやかんやといっても面倒見がいい。器量よしだ」

「…いやね、そんなこと、いきなりィ」

「……カイ君、一辺地獄に送ってやったほうがいいみたいだね」

 鐶がドス黒いオーラをまとった。

 オーラの力を見くびるな。

「鐶、お前はなんやかんやといって可愛い。心が和む」

「えっ…」

 黒いオーラがしぼんで、ピンクの薔薇っぽい雰囲気に変わる。

「でも」

「ねえ」

 鐶と美紀は、互いに顔を見合わせた。

「選ぶなら、どっち?」

「そう、はっきりさせてよ」

「どっちもオレのもんだ!」

 真顔で言ったら、


 げいん!


 袋にされました。

 またはフルボッコ。

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