第36話
9-3
ヤンネは引き続き鉄道を見て回った。
好き勝手に動き回るヤンネを、ヘルッコとイルッポがサポートをしている。
ヘルッコとイルッポは金銭面から交渉まで、実に雑務に長けている。
ブリジットはついて回るだけで良かった。
実際、サボっているのに等しい。
「ぷはー、昼間っから飲む酒は旨いなぁ」
ブリジットはマグカップを煽った。
ビールを飲んでいる。
「お、分ってますなぁ」
「至福の一杯ですなぁ」
ヘルッコとイルッポも同様にマグカップを煽った。
妙な共感が生まれているようだった。
「ルキアは不良軍人だな」
ヤンネはつぶやいた。
「ヘッ、ビールなんて子供でも飲んでるだろ?」
ブリジットは悪びれもしない。
「いや昼間から、仕事中に飲んでるだろ」
ヤンネは固い。
年齢のせいか少し不良ぶっているくせに、仕事には真面目な性質らしい。
「じゃあ、今は休憩にする」
ブリジットは口を尖らせる。
「ちょうど昼時ですだよ」
「気を張りすぎですだよ、坊ちゃん」
「坊ちゃんって言うな」
ヘルッコ、イルッポとヤンネはケンカしながら昼食を取り始めた。
(仲がいいな)
ブリジットは内心、微笑んでいた。
*
フロストランド船がアルスターに入港してきた。
「今度は誰だ?」
ブリジットが呆れた感じで言った。
「フロストランドから自由に来れるヤツって言えば…」
ヤンネがつぶやく。
「ああ、ヤスミンだろ」
ブリジットは気付いて答えた。
「ヤスミン…」
ヤンネはちょっと緊張したようだった。
「お、まだヤスミンのこと好きなのか?」
ブリジットがニヤニヤしていると、
「バッ…ちがわい!」
ヤンネは急に喚いた。
顔が真っ赤である。
誰でも分る素直な反応だ。
「あ、ヤンネ、久しぶり」
ヤスミンは笑顔で言った。
船を降り、手を振りながら駆け寄ってきた。
「お、おう、久しぶりだな」
ヤンネは表情が固い。
「背ェ伸びたねぇ」
ヤスミンはヤンネを見上げる。
「お、おう」
ヤンネは頬が赤い。
(おーおー、脈有りだな、こりゃ)
ブリジットは2人の後ろでニヤニヤしていた。
*
ルイスはエリンに戻っていた。
ボインの街に潜伏して、仲間を募った。
船団へ報復するために。
ゴロツキや犯罪者の中に、船団に恨みを持つ者がいる。
そのほとんどが逆恨みだが…。
「よう、ルイスの旦那」
ゴロツキの1人が聞いた。
「なんだ?」
ルイスが目だけを動かして、ソイツを見た。
皆、アジトとなる家屋でダラダラと飲んだくれている。
「なんで銃を使わないんだ?」
「銃の扱いはヤツらの方が上だ」
ルイスは酒の入ったカップに目をやる。
「同じ土俵で戦えば負ける」
「なるほどね」
ゴロツキはカップの酒を煽った。
ルイスの考えはこうだ。
マスケットや拳銃を使わず、剣や槍で勝負を挑む。
ルイスは船団の剣術指南役だったグリフィスを倒した。
そのルイスに勝負を挑まれたとあれば、船団も受けるだろう。
「剣や槍で挑む、これならあいつらも受ける」
ルイスは言った。
自分に言い聞かせているようでもある。
そして10人集めた後、行動に移った。
ボインの街を出て、アルスターへ向かう。
武器を携えた人相の悪い者たちが街道を歩いていると、エリン兵などに不審に思われかねない。
そうした事態を避けるため、馬車を購入し車内に隠れて過ごした。
仲間は皆、自堕落で街道を歩くのも嫌がる連中ばかりだ。
馬車に乗せて正解かもしれなかった。
「よぉ、ルイスの旦那」
移動中、退屈なのか、ゴロツキの1人が御者席に顔を出した。
「なんだ?」
ルイスは振り向きもせずに聞いた。
「蒸気車の方が良かったんじゃねぇか?」
ゴロツキは言った。
「すげえ早いらしいじゃねぇか、アレ」
「蒸気車は高いんだよ」
ルイスはやはり振り向きもしない。
「それに蒸気車を動かすには、石炭やら水やらが必要なんだよ」
「なんだよそれ、馬と変わんねぇじゃんか」
「まあな」
ルイスはチラと仲間のゴロツキを見た。
「馬より早くて、石炭や水さあればいつまでも動くんだ」
「疲れ知らずってワケかい」
ゴロツキが酒を煽りながら言う。
「ああ」
ルイスはうなずいてから、
「だが、我々にはそんな金はない」
肩をすくめた。
「……やだねえ、貧乏ってやつぁ」
「黙って乗ってろ」
「へいへい」
そんな感じで道中を進んだ。
*
「ジャガイモのお陰で食糧事情はそれほど悪くないみたいだな」
ブリジットは船団の会議で、言った。
テーブルにはジャガイモ料理が並んでいる。
皆でその料理をつまみながらしゃべっている。
「うめぇ」
「意外といけるな、これ」
ダブリンとコルムがジャガイモ料理をムシャムシャ食べまくっていた。
「2人とも、食べてばかりいないで会議に集中しなよ」
ダーヒーがため息をついた。
「だって、ジャガイモうめえんだもん」
「イモつってもバカにできないな」
ダブリンとコルムは、かなりジャガイモが気に入ってるようだった。
ジャガイモは大量生産が可能で、しかも安価なのでエリン全土に普及しだしている。
他所に波及するのも時間の問題だろう。
「あっ、もうなくなってる!」
「みんな食べ過ぎじゃん?!」
オーラとケレが会議室に入ってくるなり叫ぶ。
麦茶の補充にきたのだが、ジャガイモ料理がなくなっているのを見て驚いている。
「だってぇ、うめぇんだもん」
「イモ、バカにできんね」
ダブリンとコルムはバカの一つ覚えのように繰り返している。
「この船長たちと来たら」
「船団長、ジャガイモ食べ尽くされてしまいます」
オーラとケレはジト目で2人を見た。
「まあ、そう言うなって」
ブリジットは面倒臭そうに手を振る。
「てか、料理の出来がいいからじゃねーの?」
「え、そう?」
「いやー、そうかなぁ」
オーラとケレは、先ほどとは打って変わって照れ出す。
「うんうん、料理が旨い」
「そうそう、料理がいいいんだね」
ダブリンとコルムは尻馬に乗って料理を褒め出す。
「アタシにも教えてくれよ」
「ええ、いいですよ」
「アチシ褒められた」
オーラとケレは上機嫌になって会議室から出て行った。
会議が終わったので、ブリジットはヤンネとヤスミンの所へ向かった。
ケレが護衛で着いてきている。
このところ、ジャガイモ関連(主に料理)で忙しかったのだが、一段落したので護衛再開したのである。
「ヤンネとヤスミンって、そうなんですか?」
ケレは女子らしく恋バナに興じている。
「ん、まあ、フロストランドにいた時からそんな雰囲気あったな」
ブリジットは興味なさそうにしている。
が、本心ではケレと同じである。
「あ、ルキア」
ヤスミンが駆け寄ってくる。
宿の1階にある酒場でヤンネたちとだべっているようだった。。
ヘルッコとイルッポは昼間から飲んだくれている。
ある意味、いつも通りだ。
「でさぁ、ヴァルトルーデがロボット作りにのめり込んじゃってさ」
ヤスミンはぺらぺらしゃべり続けている。
フロストランドにいた頃より明るくなっている。
「それって港で人足が使ってるヤツだろ?」
ヤンネが果実ジュースを飲みながら言う。
「うん、それ。ヴァルトルーデの専門なんだって」
ヤスミンも果実ジュースを飲んでいる。
「着るタイプから、乗るタイプへ変えてゆくんだって」
「すげえな、自分で動く鎧かよ」
ヤンネは興味津々である。
「やだねぇ、男って機械好き過ぎなんだよなぁ」
ブリジットはヤレヤレと言った風であるが、女だてらに機械の塊である金属船に年がら年中乗っている彼女こそ機械好き過ぎだろう。
皆、それは分っているが、口に出してもブリジットの機嫌を損ねるだけなので言わない。
「ま、それよか、鉄道だ」
ヤンネは話題を変えた。
ヘンリックと同じようにヤンネは鉄道を見に来ている。
どちらかと言えばハードよりソフトの部分が見たい。
運用面でのノウハウを得たいというのが本音だ。
ピエトリが欲しているのだった。
既に先行して技術が発展しているフロストランドより、つい最近導入したばかりのエリンの方が共通した悩みなどがあって参考になる。
「エリンじゃ郵便制度は導入しているのか?」
ヤンネはブリジットに質問した。
「うーん、少しずつ導入したいかな。
フロストランドでも郵便制度は鉄道と連動してんだろ?
鉄道が広がってからじゃないと効率が悪いんじゃないの?」
ブリジットはビールを一口飲んで、答える。
「そうか…」
ヤンネはうなずいた。
「じゃあ、フロストランドにも行かなきゃな。郵便制度について見学させてもらう」
「お、そりゃご苦労さん」
ブリジットは興味が薄いようだ。
「いっそのこと一緒にやっちゃえば?」
ヤスミンが言った。
「あー、そういう手もあるよな」
ブリジットが腕を組んでいる。
興味なさそうでいて、その実、頭の中では打算が働いていた。
郵便制度を見せてもらい、教わる。
移動はいつもの定期船でいい。
滞在費用はそれなりに掛かるだろうが、益はある。
学んだ事を持って帰り実行する。
いつもと同じだ。
「大氏族長には事後報告でいいか。よっしゃ、人を派遣するぞ」
ブリジットは言った。
「何か、さらっととんでもないこと言ってるようだけど…」
ヤンネは頭痛がしてきたようである。
「雪姫様には私から報告するから、研修者を派遣するといいよ」
ヤスミンは普段からそういう仕事をしているらしい。
戸惑いが感じられない。
「おけ」
「分った」
ブリジットとヤンネはうなずいた。
それからすぐ、ヤスミン、ヤンネ、ヘルッコとイルッポは船に乗って行ってしまった。
「なんつーか、忙しいヤツらだなぁ」
ブリジットはポリポリと頭をかいた。
船団ではフロストランドに派遣する者を選定していた。
今から決めるという、ノンビリ加減である。
「やっぱ船団長でいいんじゃないの?」
ダブリンが鼻くそほじりながら言った。
「さんせーい」
「異議なーし」
ダーヒーとコルムが、だらけきった声で応える。
「ダメです!」
マルティナが反対した。
「船団長には目を通して欲しい書類が沢山ありますから」
「う、なんだかフロストランドに行きたくなってきた」
ブリジットは背筋に悪寒を覚えたようだ。
「行くとしても書類を見てから行ってください」
マルティナが詰め寄ってくるので、
「うひー」
ブリジットは悲鳴を上げている。
当分、逃げられなさそうだ
「じゃあ、誰にするよ?」
コルムがかったるそうに言った。
正直、皆興味がないのだ。
「ダブリン、お前行ってきて」
ブリジットはさらっと指名した。
「え、オレ?」
ダブリンは驚いて、後頭部に手を当てて逃れようとした。
「あ、今、モーリアンの調整中なんで、手一杯なんですよねー」
「調整中なら船長いなくても大丈夫だろ」
ブリジットはムリムリ派遣しようとしている。
「えー」
ダブリンは露骨にイヤそうな顔をしたが、
「中型船が定期運行してるだろ、それに乗せてもらって行ってこいよ」
コルムが追い打ちをかける。
「なんでオレが……」
ダブリンはブツブツと文句を垂れている。
とりあえず犠牲者が決まったので、会議はお開きになった。
*
アルスター。
馬車が止まっている。
宿に人相の悪い連中がゾロゾロと入っていく。
「果たし状とか、古風だな」
ゴロツキの1人が酒を煽りながら、言った。
部屋で、相変わらず飲んだくれている。
「槍や剣で戦うんだ、古風でも仕方ないだろ」
ルイスが同じく酒を煽って返す。
「ケッ、やだねえ、銃のせいで古風になっちまったのかよ」
他のゴロツキがチラリとルイスの方を見ながら、つぶやいた。
「まるでオレらの事みたいじゃねえか」
「違えねえ」
「ガハハ」
乾いた笑いが起こる。
ルイスは書をしたためると、人を雇って船団へ送った。
*
「果たし状だと?」
ブリジットは聞いた。
「はい」
ケレがうなずいた。
「子供が持ってきたんです」
「使いか、まあこんなのに構ってる必要はないな」
ブリジットは、そう言って手紙をデスクに放ったが、
「行けません。挑戦を受けて後ろを見せるなど、武人としてあるまじき行為です」
ケレは真顔で主張した。
「いや、我々は軍人だから…」
「軍人イコール武人です!」
ケレは顔を真っ赤にして言い張った。
色んな意味でコテコテな頭をしているらしい。
そして、エリン人の大半はケレと似たような考え方をする。
「はいはい、分ったよ」
ブリジットは肩をすくめた。
根負けである。
ブリジットがさっと見渡すと、他の船団員たちもケレと同じ顔をしていた。
「じゃあ、準備をしておきます」
ダーヒーが言って、テキパキと動き始める。
ダブリンがフロストランドへ行ってるので、代わりにブリジットの補佐役をしているのだった。
剣や槍などの武具を集め、志願者を募る。
亡きグリフィス殿に剣の稽古をつけてもらったこともあり、冷たい武器に習熟している者は多い。
暇な時間には、体力作りとして稽古をして過ごす習慣ができている。
「銃器だと戦術・戦法が先にきちまうから、オレは剣や槍の方が好きだな」
コルムは用意した武器を手に取っている。
吟味しているのだった。
武器は手に馴染むものの方が良い。
「時代に逆行する考えだな」
フンと鼻を鳴らす、ブリジット。
「だが、嫌いじゃない」
「でしょう?」
コルムはフフンと鼻を鳴らしている。
「やっぱ、こっちの方が赴きがありますぜ」
「……まあね」
ブリジットはうなずいた。
「強盗の生き残りなんぞに関わっても仕方ない」
「ですね」
コルムは笑っている。
「つーことは、アタシらはバカだってことか?」
「ええ、バカですね」
ブリジットとコルムは顔を見合わせている。
「オレも」
「私も」
ダーヒーとケレが同意した。
「いやーねぇ、物騒ですよ」
「ええ、そうね」
オーラとマルティナが眉を潜めた。
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