第37話
9-4
ブリジットは集めた武具を志願者へ配布し、訓練を開始した。
本物の鎧を着用し、本物の剣や槍で素振りをする。
重さや取り回しに慣れるためだ。
さすがにスパーリングは本物を使うと怪我をしかねないので、木製の武器を使った。
ダーヒーが細かい所を補佐してゆくので、ブリジットはほとんど何もすることはなかった。
「おっしゃー! 稽古すんぞー!」
ブリジットは能天気に言って、部下たちと稽古をした。
「もっと間合いに気を配れ!」
「へーい」
「声が小さい!」
「へい!」
というように指導側に回っている。
「皆、動きは悪くないが…」
ブリジットが言い淀んでいると、
「今ひとつですよね」
ダーヒーが言った。
「うん」
「果たし合いまでに仕上がるといいんですけど」
ブリジットとダーヒーは会話しながら、会議室へ入ってゆく。
ドアを潜ると、
そこは板張りの大きな部屋だった。
ブリジットには見覚えがある。
道場だ。
「あれ? 前と違う部屋ですね」
ダーヒーがうろたえたが、
「いや、一回来たことがある所だ」
ブリジットが制した。
「ダブリンが一緒の時だ」
「はあ、なんかだたっ広いところですね…」
ダーヒーは珍しそうに道場を眺めている。
「武術の稽古をする場所だからな」
ブリジットは言った。
胸中では、ここへ誘われた意味を考えていた。
(つまり、ここで稽古しろということなんだろうか……?)
「あ…」
そうしているうちに気付いた。
「靴を脱ごう。ここは土足厳禁だ」
「はい」
ブリジットとダーヒーは靴を脱いで縁側に置いた。
都合良く石が置いてあるのでそこに乗せる。
縁側から廊下に上がる時の石段としても使える。
『誰かいるのか?』
家の奥から声がして、隆が現れる。
『あのー、すいません、また来てしまいましたw』
てへぺろ。
と言わんばかりにブリジットが言った。
『あ…、確か、前に来た…』
『すいません、突然帰ったり来たり、申し訳ない』
ブリジットはモゴモゴと何やらつぶやいている。
『はあ…』
隆は釈然としない様子だったが、
『また稽古を受けたくて』
『あ、そうでしたか』
ブリジットが言うと、パッと顔を明るくした。
普段から習いに来る生徒がいないのが伺い知れる。
『歓迎します』
隆は営業スマイルで応対する。
(仕事は普通のサラリーマンなんだろうな)
と、ブリジットは思ったが、
『ありがとうございます』
その辺はおくびにも出さず、礼をした。
ダーヒーも同じように礼をする。
『授業料なんですが、今、日本円の持ち合わせがなくて…』
『ああ、そんなのはいつでも構いませんよ』
隆は笑って受け流す。
この辺が金にならない理由なんだろう。
『いえ、それでは申し訳ないので、代わりにこれを置いて行きます』
ブリジットは懐から巾着袋を取り出した。
エリンで流通している銀貨が30枚ほど入っている。
恐らく、こちらの世界の商会に持ち込めば、それなりの値段になるだろう。
『日本円は後ほどお持ちしますので』
『では遠慮なく…』
隆は巾着袋を受け取った。
あまり固辞するのも失礼だと思ったようだ。
『中を見ても?』
『どうぞ』
ブリジットは笑顔でうなずく。
『へえ、これは古銭ですかね?』
そして、珍しそうに銀貨を手に取っている。
こういうのが好きらしい。
『ええまあ、そんなもんです』
ブリジットは曖昧に笑った。
『多人数戦闘に関するコツをつかみたくて』
ブリジットはストレートに言った。
直面している事態に関して、率直に質問している。
婉曲しても良い事はないからだった。
『想定している状況はどのようなものです?』
隆が聞くと、
『剣や槍を使った多人数の果たし合いみたいなもんですね』
ブリジットが答える。
やたらと具体的だったが、隆はそこには反応しなかった。
『ふーむ、多人数と言っても、一度に攻撃してこれるのは1人か2人までが多いです。
同時に攻撃する訓練をしていれば別ですが』
『なるほど』
ブリジットはうなずいた。
(そうすると、2人の攻撃を防げれば良いって事か)
『まあ、飛び道具がなければ隊列を組んで戦うのも手ですがね』
隆は腕を組んでいる。
『飛び道具を隠し持ってる可能性は排除しきれない、としたら?』
ブリジットが追加情報を出すと、
『なら、各自ある程度距離を取って戦うのがいいでしょう』
『的にならないようにするってことですか』
『そうです』
隆はうなずいた。
『武器に関わらず、相手の攻撃を遮り反撃をしてゆきます』
『なるほど』
『前回、言ったと思いますが、ここでも握りを軽くするメソッドが生きています』
隆は言って、木刀を2人に渡し、自分も木刀を取る。
『実際にやってみましょう』
『わかりました』
ブリジットはうなずいて、ダーヒーに翻訳する。
「了解」
ダーヒーは木刀を手に取った。
船団で使っている木剣とは感触が違ったが、なんとか使えそうである。
「この先生は相当な使い手だからな、胸を借りるつもりでいけよ?」
ブリジットが笑いながら言うと、
「はい」
ダーヒーは生真面目に答えた。
『では、行きます』
ブリジットは一声かけてから、打ち込んでゆく。
ダーヒーも打ち込んでいった。
隆は、構えを左右に入れ替えた。
木刀を左右に振る。
ただそれだけで2人の打ち込みを弾いてしまった。
ブリジットとダーヒーはそれ以上動けなくなっていた。
腕にしびれが残っている。
「船団長、腕がしびれてます」
ダーヒーは驚いている。
「前回、言ってたことってコレだったんだな…」
ブリジットは納得していた。
確か、隆は言っていた。
『こうした武器の動きを素手に生かしたり、多人数……つまり戦の用兵を個人対個人の決闘に活用したり、そういった術と言えるでしょう』
戦の用兵を一対一の戦いに応用できるなら、その逆も可能なのだろう。
一対一の技術も多人数の戦いへ応用可能だ。
『つまり、人数に関わりなく、技術がつながっているという訳なんですね』
ブリジットが言うと、
『そうです』
隆はうなずいた。
どことなく嬉しそうだ。
『できれば、これからもずっと教えて頂きたいのですが、何分、いつこっちに来れるか分らないもので…』
ブリジットは正直なところを言った。
専属の武術指南役として船団に招きたいのだが、異世界人ではどうしようもない。
『……いつでも来れる時にで構いませんよ』
隆は笑顔を見せた。
今度のは営業スマイルじゃないようだった。
『はい、ありがとうございます』
ブリジットは深々とお辞儀した。
『ふふ、まだ技術を習得した訳じゃありませんよ』
隆は言った。
『では稽古の続きをお願いします』
ブリジットはまたお辞儀をした。
*
2時間ほど稽古を続けた。
ブリジットたち船団員は普段から体力作りをしているが、剣術の稽古では使う筋肉が違うのだろうか、身体の節々がバキバキに固くなってきていた。
「船団長、身体が痛いっす」
ダーヒーが蚊の鳴くような声で言う。
「バカヤロー、それくらいで弱音を吐くなし」
ブリジットは吠えたが、身体が痛くなってるのは彼女も同じらしい。
歩く姿がヘロヘロになっている。
『今日はここまでにしましょうか』
隆は2人の身体を慮って、稽古を終了させた。
『ありがとうございました』
ブリジットはお礼を言ったが、そのまま床へ尻餅をつく。
ダーヒーも同じように床へへたり込んだ。
『今、お茶を持ってきますよ』
隆が笑いながら、家の奥へ消えた。
「さ、行くか」
ブリジットはその後ろ姿を見送ってから、ダーヒーを見た。
「あ、はい」
ダーヒーは言って、ブリジットの後に続く。
2人とも靴を持っている。
道場の敷居をまたぐと、
見慣れた景色に出た。
船団本部である。
「……」
ブリジットは無言。
「船団長、何度あっちに行ってるんです?」
ダーヒーはブリジットの様子を伺いながら、言った。
「何度目だろうな、数えるのも面倒だよ」
ブリジットはため息交じりに答える。
何度もあちらに行ってるうちに、あちらの人々に感情移入してしまっている。
(願わくば、あちらとこちらの境目がなくなって……)
ブリジットは一瞬、思ったが、
(あり得ないことで思い悩むべきじゃないな)
その考えを振り切った。
*
果たし合いの期日が来た。
ブリジットたち船団員は剣や槍の稽古に励んだ。
選抜メンバーは石火神雷流の技を習得し始めている。
ブリジットはこの技術をどこから習ったのか秘しており、表向きはグリフィス殿の技術としていた。
秘伝の始まりだ。
ややこしい事情から、秘伝ができるという事例である。
もちろん正直に言ったところで信じる訳がない、という理由からだ。
果たし合いの場所はアルスターの郊外にある野っ原だった。
船団員の選抜メンバーが到着すると、ゴロツキどもは既に野っ原に来ていた。
ゴロツキどもと船団選抜メンバーは、お互い横一列に並んで対峙している。
全員、思い思いの武器を手にしている。
「遅かったな」
ルイスが言った。
「やっぱり、お前か」
ブリジットはゴロツキどもを見据えた。
討伐の時に見た顔だ。
「名を聞いておこう」
ブリジットは聞いた。
「ルイス・ダフ」
ルイスは正直に答えた。
「ダフ家か、確かウィルヘルムの名家だな」
「そんな良いもんじゃないさ」
ブリジットとルイスは、にらみ合うようにしている。
「まあ、いい」
「ふん、始めようか」
それが合図になった。
ブリジットとルイスは別れて各陣営に戻った。
船団選抜メンバーはさっと散開した。
剣や槍を手にしている。
対するゴロツキどもは様々な武器を手にしていて、密集している。
「おっしゃー!」
「やるぞ!」
ワーッと声が上がり、両陣営が激突した。
ゴロツキどもが密集陣形で殺到したが、船団選抜メンバーは散開したままそれを迎え討つ。
習い覚えた技を駆使して敵の武器を防いだ。
幾合も打ち合うと、差が現れてきた。
ゴロツキどもの腕が上がらなくなってきている。
「くそっ、なんだこれは!?」
「打ち合うな!」
「打ち合うなー!」
勘の良いゴロツキたちとルイスが叫んだが、時既に遅し。
全員、武器を打ち払われて、ホールドアップ状態になった。
「皆、大人しくしろ」
ブリジットが叫ぶ。
「……殺せよ」
ルイスはつぶやいた。
「船団の権限により、お前らを逮捕する」
「……」
「アルスターの所轄に引き渡す」
「どうなるんだ?」
「お前らそれぞれの罪に応じて処罰されるだろう」
ブリジットは淡々としゃべった。
「……」
ルイスはしばらく無言であったが、
「オレはもう疲れた。頼む、引導を渡してくれ」
うつむき加減で言った。
「それはできない」
ブリジットは断った。
「てか、お前ら、お上のために働く気はないか?」
そして、一呼吸置いてから言った。
ゴロツキどもは皆、縛られている。後はアルスターへ連行するだけだ。
「……」
ルイスは答えない。
「お前らは律儀に果たし合いをした。銃や飛び道具を使わなかった」
ブリジットは言った。
「お前らをおびき寄せるためだ。それ以上の意味はない」
ルイスは答える。
「銃を使ったら、まともに相手してくれないだろ?」
「まあ、そうだな」
ブリジットはため息をつく。
「返事は?」
「ノー」
ルイスは首を縦に振らなかった。
「残念だ」
ブリジットはそれだけを言うと、ルイスの前から去った。
ゴロツキどもはアルスターの所轄に引き渡され、それぞれの罪に応じた裁きを受けることになった。
ルイスは強盗団の首謀者として死刑。
ゴロツキのほとんどが殺人や強盗を犯していたので、死刑宣告を受けた。
死刑宣告を受けなかった数人も監獄行きになり、強制労働に従事させられることになった。
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