第35話
9-2
再び強盗が列車を襲った。
が、鉄道警備隊は6連発拳銃を装備していた。
たちまち強盗を撃退した。
そして鉄道警備隊、歩兵隊、船団が共同して強盗団のねぐらを突き止めた。
強盗団は構成員のほとんどが逮捕されるか射殺された。
しかし、中心人物の何人かが逃げおおせてしまった。
「くっそ、逃げ足だけは早いな…」
ブリジットはテーブルを叩いた。
「中心人物がいる限りまたいつ人数を集めてくるかわからん」
「でも潜伏されたら探しきれないですぜ」
ダブリンが言った。
「ここは罠をかけましょう」
ダーヒーが提案した。
「ふん、聞こうか」
ブリジットは言った。
良かったら採用するという意味だ。
「ヤツらが来やすい場所を作って誘い込むってのはどうです?」
「どんな所だ、それ?」
「……うーん、工場ですかね?」
ダーヒーは言った。
「ヤツら、6連発式拳銃の威力は身をもって知ったでしょうから、これをエサにしたら良いんじゃないですかね」
「なるほど」
ブリジットはうなずいた。
「それとなく情報を流すか」
*
ということで、エリンの商人を通して6連発拳銃を運んでいるという情報を流した。
こんなので引っかかるかという疑念もあったが、他に案も出なかったというエリン人の脳筋具合なので、実行された。
実際、相手の強盗団の生き残りも脳筋なので、流された情報にすぐ食いついた。
ほぼ壊滅に追い込まれた強盗団の生き残りに後がないのは自明の理だ。
後がないのであれば、暴れてやろうという気になる。
「どうせ捕まるならもう一暴れしてやろうじゃんか!」
「やんぞ!」
「うはー!」
強盗団はあんまり頭が良くなかった。
「あれだ」
野っ原を進む蒸気車。
後ろに貨物車をつけて引っ張っている。
そこに木箱が山ほど積まれている。
「ちゃっちゃとやろうぜ」
大柄な男が言った。
男の名は、ルイス・ダフと言った。
実質的なリーダーであり、武芸の使い手でもある。
本来は下級貴族の出なのだが、世渡り下手であり、このような身分にまで落ちてしまっている。
槍や弓矢の援護があったとはいえ、エドワード・グリフィスと戦って討ち取ったのは、ルイスである。
「うりぃぃっ!」
「あひゃひゃひゃひゃ!」
頭悪い雄叫びを上げて、強盗団が蒸気車に突撃した。
「うわ!?」
「強盗だ!!」
商人たちは慌てふためいた。
蒸気車から出て、荷物を捨てて逃げ出す。
「へへーん、荷物捨てて逃げていきやがった」
「やりぃ、荷物頂きだじぇい」
強盗たちは喜び勇んで荷物に群がった。
ドォン
そこへ銃声が響いた。
「ぎゃっ」
強盗の1人が胸を撃ち抜かれていた。
「な、なんだ!?」
「チクショー、罠か!?」
気付いた時にはもう遅い。
ドォン!
ドォン!
狙い撃ちにされてゆく。
強盗は次々に狙撃されていった。
*
船団員は後装式マスケットで狙撃していた。
構えたまま弾薬を装填できるので、再装填にかかる時間が前装式とは段違いに早くなる。
腰のポシェットにパーカッションキャップと紙製薬莢を入れていて、それを次々に装填してゆく。
「ふん、こんな罠に引っかかりやがって」
船団員の指揮官は言った。
「いくぞ、突撃だ」
「うぃーす」
船団員たちは後装式マスケットを手に近づいてゆく。
ちなみに6連発式拳銃も装備している。
ほぼ最新鋭の装備である。
「クソッ」
ルイスは逃げた。
皆、銃撃を受けて逃げ惑っているが、構わなかった。
なりふり構わず逃げてゆく。
「チッ…1人逃がしたな」
船団員は舌打ちした。
他の連中は撃ち殺したか降参していた。
降参した者は捕縛して連行する。
いずれ裁判にかけられて死罪となるだろう。
*
ルイスは山野に逃げ込んでいた。
今はいいが、そのうち食糧がなくなるだろう。
サバイバル技術は一応持っているが、それでも山で手に入る食材だけでは栄養が足りない。
いずれ平地に戻らなければならない。
「どうせ死ぬなら、早めに戻るか…」
ルイスは腹をくくった。
強盗は良くて死罪、悪くて官憲と戦い死亡だ。
どこまでやれるか分らないが、まどろっこしいのは嫌いだった。
元来た道を引き返して、平地へ戻る。
街道に出て何食わぬ顔で歩いた。
まさか強盗が堂々と歩いているとは皆、思わないらしくエリン東部まで逃げおおせていた。
街道沿いに鉄道が続いている。
エリン東部のボインの街を超えれば鉄道も途切れる。
そうすればウィルヘルムまで逃げられるだろう。
そんな期待を抱いて、ルイスは歩いた。
「おい、ちょっと待て」
呼び止められて、ルイスは硬直した。
「へえ、何か?」
緊張の面持ちで声の方を見ると、鉄道警備員らしきヤツらがいた。
検問っぽいことをしているらしい。
「どこへ行くんだ?」
「へえ、家へ戻りますだ」
ルイスは訛りの強い言葉で答えた。
「家はどこだ?」
「ザクソンですだ」
ザクソンはウィルヘルムの古い名称だ。
田舎ではまだ通用している。
「ふん、そうか。通ってよし」
鉄道警備員はそう言って、別の方を向いた。
他の通行人に注意が移っている。
(ふう…)
ルイスは内心、胸をなで下ろしていた。
(さっさと通ってしまおう)
そう思って、歩き始めた時だ。
「あ、そうそう」
鉄道警備員が再び話しかけてきた。
「へ? なんでしょう?」
ルイスはぎょっとして足を止めた。
「ウィルヘルムへ行くのなら、頼まれてくれないか?」
鉄道警備員は不意に頼み事をしてきた。
「は、はあ、どういった事で?」
ルイスは聞いた。
「なに簡単なことだ、この手紙をウィルヘルムの親戚に渡して欲しいんだ」
「へえ、分りましただ」
ルイスは手紙を受け取った。
そのまま邦境を超えてウィルヘルムに入った。
*
「1人だけ逃がしたか…」
ブリジットは難しい顔をしている。
「鉄道警備隊の話だと、街道の交通量が多すぎて見つけられなかったようです」
ダーヒーが報告した。
「街道を整備した結果がこれかよ」
ブリジットはふざけているようだった。
「ま、強盗団は壊滅したんでとりあえずはヨシでしょうね」
コルムがまとめた。
「じゃあ次な」
議題は結構ある。
「新型銃の生産は順調です。他国に売るくらいにはなってきてますね」
ダーヒーが報告している。
「うん、まあ、他国に売っちゃうと我らのアドバンテージがなくなりますけどね」
「いや、その前にフロストランドにキチンと許可もらおうや」
コルムが言った。
「どうせ、信管を自作すると信頼度が低くなるからフロストランド製に頼らざるを得ねぇんだぜ」
「そこまで計算してるだろうな」
ブリジットの脳裏にアイザックの無表情な顔が浮かぶ。
アイツはフロストランドのおポンチ集団と違って、ちょっと注意した方がいいヤツだ。
直感であるが、ブリジットは思った。
「ま、シャクだけどそこは乗ってやるさ。
そのうち研修を終えた化学者さんたちが、雷汞を含めて信管まで作ってくれるだろーし」
「あー、そうですね、そんなヤツらもいましたね」
ダブリンが思い出したように言う。
「ひどいこと言ってんなよ、あいつらはエリンの将来をしょって立つ存在なんだ」
「ほへー」
ダブリンはその意味を分ってない。
が、船団員は大体こんなもんである。
ブリジットはフロストランドでの留学経験があり、あちらの世界に触れた経験がある。
他の者より、少しだけ船団員より先を見れるようになっている。
(……それでもアイツらには敵わんけどな)
ヴァルトルーデ、ヤスミン&カーリー。この2人はどこか違う。
異世界人だというのは分っているが、根本的にブリジットらとは異なるのだ。
見識だろうか。
世を見通す力が全く違っているような気がする。
アイザックやメルクの女ボーグが有する論理思考・演算能力とも違う。
(……なんだろうな、実際)
ブリジットは考えているうちに、黄太郎のことを思い出していた。
(経験の蓄積……なんだろうな)
*
「強盗団は壊滅状態です」
ベンが言った。
スティーブンはまだ戻っていない。
「……」
ライアンは黙っている。
「1人逃げてきたようですが」
ベンが意味ありげに言うが、
「放っておけ」
ライアンは興味なさそうに言った。
「それより、スティーブンはどうした?」
「まだ戻ってきていません」
ベンは言った。
「ふん、まあいい」
ライアンは自分で聞いたくせに、すぐに興味をなくしたようだった。
「何度、鉄道を攻撃しても効果がでないな」
「ダメージは軽微のようですね」
ベンは無感情に答える。
「頃合いかもな」
「はい」
ライアンとベンはお互い顔も見ずに言った。
*
ルイスは放っておかれた。
その代わりに、ライアンからは何の連絡も来なくなった。
捨てられたのだ。
(まあ、いつものことだ)
ルイスはつぶやいた。
捨てられたのは初めてじゃない。
ウィルヘルムに潜伏して再起を図ろうとしていたが、もうどうにもならないかもしれない。
「人生、太く短くってな」
ルイスはつぶやいた。
「もう一回、エリンにいくか」
エドワード・グリフィスはエリンのディーゴン船団と懇意だったという。
そいつらと遊んでみるのも面白そうだ。
「さて、いくか」
立ち上がった時、ルイスは懐に何かあるのに気付いた。
手紙だ。
「……」
*
ウィルヘルム西部の田舎町。
町に見慣れぬ男がやってきた。
どうやら手紙を運んできたらしい。
エリンにいる親戚からの手紙だった。
ウィルヘルムとエリンの関係は昔から密接で、境目はなきに等しい。
あるのは政府同士の確執。
公的機関は所属する側の事を第一に考える。
ただそれだけだ。
『仕事にありつけたよ。いずれ迎えに行く』
手紙は、そんな内容だった。
「良かった」
手紙を受け取った女は喜んでいた。
男はいずれ迎えに来てくれる。
もうすぐ一緒に暮らせる。
手紙をもってきた男は、そんな様子を遠目に眺めつつ、去って行った。
*
小型金属船がアルスターの港へやってきた。
船腹には「盾に3頭の王冠を被った青いライオン」が描かれている。
メルクの船だ。
降りてきたのはひょろっとした若い男。
ヘンリック・ヤコブセンである。
ブリジットは港へ出迎えに行った。
ヘンリックがやってきたと聞き、急いでやってきたのだった。
「やあ、ルキア」
「久しぶりだな、ヘンリック」
ブリジットとヘンリックは懐かしそうに挨拶をかわした。
いわば留学時代の学友である。
「立ち話もなんだから、船団本部へ行こうか」
「ルキアはエリンの海軍の長なのか。すごい出世だな」
ヘンリックは冗談っぽく言った。
「よせよ、元々海辺で育ってそのまま大きくなっただけさ」
ブリジットは少し照れている。
船団本部へ移動した。
「昔話をしに来た訳じゃないだろ? 用件を聞こうか」
ブリジットは麦茶や菓子を振る舞って、話を促した。
「メルクが鉄道を導入しているのは知っているだろう?」
ヘンリックは麦茶を一口飲んで、言った。
「ああ、そうらしいな」
ブリジットはうなずく。
「エリンでは既に鉄道が運行している。是非、見せて欲しい」
ヘンリックは意気込んでいる。
恐らく、アナスタシアに言われてきたのだろう。
「ふーん」
ブリジットはちょっと考えて、
「フフフ、タダじゃダメだ」
意地悪そうな笑みを浮かべた。
「むむむ、条件を良いたまえ」
ヘンリックは唸ってから、言った。
「メルクの瀝青を購入したい。割引をしてくれると嬉しい」
「ふん、そう来たか…」
ブリジットが条件を言うと、ヘンリックは少し拍子抜けした顔をした。
「それから、航路を開きたいな。エリン船が南方の物資をもってゆくから」
ブリジットはニヤニヤしている。
「分った、それならメルクにも利益がある」
ヘンリックも笑顔を見せた。
ヘンリックはしばらく定宿に逗留して、鉄道を見て回った。
*
今度はエルムト船が入港してきた。
「お、エルムト船だぜ」
「ヤンネだな、賭けてもいい」
ブリジットとヘンリックは、エルムト船を見ながらしゃべっている。
アルスターの港を見学している。
エルムト船には、青地の盾に白色の斧を持った獅子のマークが描かれている。
ちなみにビフレスト、ギョッルもほぼ同じマークを使用している。
この3都市は兄弟みたいな関係という意味合いを込めているらしい。
エルムト船から降りてきたのは案の定、ヤンネだった。
お供に2人の男を連れている。
2人のお供はヘルッコとイルッポと言った。
「よ、久しぶり」
ヤンネはちょっと照れくさそうだった。
「お前も来たんかい」
「ちょっとは学問の勉強をしたか?」
ブリジットとヘンリックは意地が悪い。
「あんだよ、久しぶりに会ったってのにもう悪口か?」
ヤンネは笑顔を見せた。
「エリンの酒はビールだなや」
「ビール! ビール! ビール!」
ヘルッコとイルッポは宿に着くなり飲み始めた。
「飲み過ぎんなよ?」
ヤンネは一応釘を刺す。
「分ってまさぁ」
「ガッテンだぁ」
ヘルッコとイルッポはマグカップを差し上げながら返事する。
「オレも鉄道を見にきたんだ」
「やっぱりな」
「ヤンネ、お前もか」
ブリジットとヘンリックはニヤニヤしている。
*
ヘンリックとヤンネは連れだって鉄道を見学した。
見たものに対して疑問に思った事を質問する。
ブリジットたちが答えられるとは限らないので、専門家に聞いて答えてもらった。
ヤンネ「運営はどうしてるんだ?」
ブリジット「鉄道警備隊が行ってる」
ヘンリック「エリンの船団と同じ方式だな。海の戦いと海の商売のどちらも行っている」
ブリジット「まあね」
ヘンリック「レールを敷く時は起伏を避けると聞いたが、どうしても傾斜地を走らせなければならない時はどうすれば?」
ブリジット「そうだな、機関車のパワーが足りないから、できるだけ起伏を避ける。詳しくは技師に聞いてくれ」
技師「傾斜地を登る時は左右に蛇行させるんだ、パワーが不足してても何とか登れる」
ヤンネ「なるほど、登り方を工夫するんだな」
ヘンリック「機関車に必要な水や石炭はどのように補給するんだ?」
ブリジット「技師殿」
技師「へえ、線路沿いに補給ポイントを設置するんだ。一定の距離に設置する」
ヘンリック「ふうん、結構労力がかかるんだな」
ヤンネ「それに金がかかる」
ヘンリック「だな」
ブリジット「金を惜しむなら鉄道なんか作らない事だ」
ヘンリック「……そうだな」
こんな風に鉄道を見て回りながら、理解を深めてゆく。
*
ブリジット、ヘンリック、ヤンネは宿に戻ってきた。
「そうだ、ジャガイモ料理を食べようぜ」
ブリジットは思いつきを言った。
「ジャガ……なんだって?」
ヤンネが首を傾げた。
「里芋とは違うのかい?」
ヘンリックが聞いた。
「どっちも芋だよ。まあ、ジャガイモの方が食べやすいかもな」
ブリジットは笑った。
蒸かし、フライ、シチュー、ローストなどなど、ジャガイモ尽くしといったラインナップだ。
煮ても焼いても旨い。
こんな食材は他にない。
「食材としてはかなり優秀だ。ただ芽に気をつけないとダメだ」
ブリジットはジャガイモを食べながら言う。
「芽?」
ヤンネが聞いた。
「芽を食べると、腹痛を引き起こすんだ」
ブリジットは答えた。
「船団員の中には、わざとジャガイモの芽を食べて、腹痛を起こして休もうとかいうアホがいるがな」
そのアホとはダブリンである。
「ふーん、これ欲しいな」
ヘンリックは割と気に入っているようだった。
「少し分けてもらえないか?」
「いいよ。対価はもらうけどな」
ブリジットは意地悪そうに言った。
「ふん、君はそればかりだな、ルキア」
ヘンリックは肩をすくめた。
しばらく鉄道にベッタリ張り付いていたが、ヘンリックは先にメルクへ帰ることになった。
「ありがとう、すごく参考になったよ」
ヘンリックは別れ際もあっさりしていた。
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