第23話
6-4
「これは、カーリー殿」
ウツボがにこやかに褐色の肌の少女を迎えた。
ボートでわざわざフィンガルまでやってきたのだ。
『エリン人はヘンすぎる』
カーリーは呆れていた。
(そんなことを伝えに来たのだろうか?)
ウツボは内心思ったが、一応礼儀に則って応対する。
「我々アルバは昔からエリンと戦ってきました。
エリン人は窮地に際すると、予想外の動きをして戦況を覆す時があるのです」
「槍を足の指に挟んで投げつけるとか……」
リュサイがジト目で言う。
『……うん、今、見た』
「多分、戦の女神に愛されてるんでしょうな」
ウツボは肩をすくめた。
『……』
カーリーは無言。
「して、御用向きは?」
ウツボが聞くと、
『そうだった、すぐに皆でエルベの港に寄せて交渉をしたい』
カーリーは我に返ったように言う。
「では、モーリアン、バズヴにもそう伝えましょう」
ウツボはうなずいた。
船長4名がエルベの港へ降り立つ。
もちろん、護衛の兵士たちも一緒だ。
港では大騒ぎになっており、向こう見ずに戦おうとする兵士や逃げ惑う住民などが行き交っていた。
「落ち着け!」
ブリジットは叫んだ。
「抵抗しなければ攻撃はしない!」
「我らは交渉しにきただけだ」
ウツボも声を張り上げている。
声の大きい指揮官は良い指揮官とはよく言ったものだ。
ブリジット、ウツボは地声がでかい。
皆、声の大きさに圧倒されて、はたと立ち止まっている。
『アウグスト殿と話がしたい』
カーリーは、交渉相手を呼びつけた。
『出てこない時は港を攻撃することも辞さない』
脅しだ。
これは効果てきめんで、ほどなくしてアウグストは部下たちに押されるようにしてやってきた。
「私は代官であって、決定権はないのだが…」
「うるせぇ、あんたがここで一番偉いんだよ!」
「こういう時に役に立ってくれなきゃ困るんだよ!」
渋るアウグストを部下たちが怒鳴りつけている。
「ちくしょー、なんでオレが任期の時にこんなことが起きるんだ…」
アウグストはブツクサ言っていたが、
『アウグスト殿』
カーリーが言った。
「は、はいィッ」
アウグストはビクンと震えて、卑屈に笑顔を浮かべる。
『封鎖は解かれました』
「そ、そのようですなぁ…」
『我々はそちらの不当な封鎖処置に対応しただけで、戦をしたい訳ではない。
これまで通りに荷の積み降ろしができれば文句はないのです』
「さいですか」
『荷の積み降ろしを再開してよろしいですな?』
カーリーは迫った。
「あ、いや、それは、私の一存では…」
アウグストは消え入るような声でブツブツと言って、逃げようとする。
『では、実力で港を占領します』
カーリーが手を振ると、フロストランド兵が一斉に肩にかけたマスケットを構える。
「そ、そりは困ります」
アウグストは頭を振った。
*
エルベの港が発展し始めたことにより、プルーセン王はエルベを直轄管理化した。
税金を多く取るためである。
代官を置いて管理していることにしたのである。
なので、アウグストは浮いた存在だ。
しかも厳しく税金を取り立てたので、住民たちからは嫌われている。
それがさっきのシーンにつながっている。
恐らく、この事態のためにアウグストは処断されるだろう。
責任者を処分して済ませる。
責任者はそのためにいる。
フロストランドの要求をのめば国に処刑される。
要求をのまなければ、フロストランドの兵士たちに殺されるだろう。
どちらにしても死ぬ。
「……」
アウグストは頭を抱えた。
(いや、フロストランドの方がまだ生き残る可能性があるかもしれない)
少なからず交易に関わってきたため、フロストランドの方針を知っていた。
(確か、雪姫は非道な行為には否定的のはずだ)
*
「……分った、要求をのもう」
アウグストはうなだれた。
「だが、私の処遇は保証してくれ」
そして、つぶやく。
『それは約束しよう』
カーリーはうなずいて、
『アウグスト殿を』
フロストランド兵に言った。
「はい」
「こちらです」
兵士たちはアウグストを引き立てていく。
「おい、どこへ連れてゆくんだ?」
『檻に』
カーリーは簡潔に答えた。
「なんだと!?」
『安全です』
「いや、そうかもしれんが……」
アウグストがグチャグチャ文句を言おうとしたが、
『では、外に居ますか? 貴国の兵に捕まるかもしれませんが』
カーリーは肩をすくめる。
「……分った」
アウグストは仕方ないといった風に檻へ向かう。
フロストランド兵が檻を担いで、チュールへ運んだ。
「エルベ兵の諸君」
ブリジットが兵士たちに言った。
「武装解除をして大人しく監禁されれば危害は加えない」
「了解」
エルベ兵たちは素直に武器を渡した。
そして、付近の倉庫の一室に固まって入っていった。
兵士たちは抵抗しなければ危害は加えられないと知っている。
スネグーラチカの方針が効いていた。
ブリジットとウツボは自邦の兵士たちを率いて、エルベの港を占領した。
住民たちはむしろ歓迎している。
国の勝手な方針で、自分たちの商売が滞っていたのがまた動き出した。
「このままフロストランド領になってくれんかなぁ」
などと言う者もいる始末である。
*
プルーセンは約10の州からなっている。
都と呼ぶにふさわしい所はポメスで、その領土はポメス州である。
ポメスの統治者が、即ちプルーセンの統治者となるのが昔からの習わしだ。
ルプレヒト・シュルツはプルーセンの統治者だ。
プルーセンは古くからプルーセン人が住んでいて、何度も帝国と戦い、属州となってきた。
帝国の文化に浴する時代が長かったせいで、文化的に分離するのは不可能となっている。
そのため帝国には共感する事が多いが、北に位置するウィルヘルムにはその逆となる。
「ウィルヘルムの口車に乗ってエルベを封鎖したが、その結果はどうだ」
ルプレヒトは嘆息した。
落胆を隠さない。
既に報告が入っており、自軍の船が全滅したことが分っている。
「大金を注ぎ込んで建造した船が全滅か。
もうウィルヘルムの言うことは聞かぬ!」
「エルベは如何いたしましょう?」
臣下が聞いてくる。
「とりあえず放っておけ」
ルプレヒトは忌々しそうに言った。
「フロストランドが占拠首謀者なのだろう?」
「そのようですな」
「ならば、無体なことはせぬはずだ」
ルプレヒトは確信しているようだった。
まあ、彼の読みが外れたところで、エルベの民が死ぬだけである。
損害は出るが、こちらから軍隊を派遣してまた兵を死なせるよりは良い。
打算が働いていた。
「それに、もし交易が再開して儲けが出たら税を徴収できる」
「ですなぁ」
臣下はうなずいた。
もはや自国領の民の事は考えていないが、これが普通の統治者である。
フロストランドのスネグーラチカがおかしいのだった。
「休戦を申し出る」
ポメスより来た使者は言った。
『分った』
カーリーは休戦に同意した。
「だが、こちらの方が有利なのに、ただ休戦というのは如何なものですかね」
ブリジットが交渉をしてゆく。
「うむ、それはそうだな」
使者は少し鼻白んだようだった。
「要求を聞こうではないか」
「コレまで通り、我々との交易を認めること」
「うむ」
「港で水と菜種油を購入できるようにすること」
「うむ、上様に伝えよう」
「港の一部を我々が借り受けること」
「……それは、上様に報告してみねば答えられぬ」
使者は難しい顔をした。
ブリジットが言ったのは港の租借である。
物資の集積地であるエルベに自国領ができれば、交易に関わる様々な摩擦が軽減できる。
費用は増えるが、これから先、交易規模を拡大するならエルベの拠点は必要になってくるだろう。
交渉の末、要求をのませることができた。
結局のところ、プルーセン側はこれ以上戦いたくはない。
戦力・資源を消費したくないのだ。
フロストランド・エリン・アルバの連合軍が攻め込んでくるとなれば、負けないまでも疲弊は免れない。
それが分れば、押したり引いたりで要求を通らせる事ができる。
これにより、フロストランド・エリン・アルバの出先機関がエルベに作られることになる。
ブリジットは船団を動かしたのに見合った利益をもぎ取ったのだった。
*
「ルプレヒトめ、ひよりやがって……」
ライアンは舌打ちした。
計画では敵船は苦戦し、退散するはずだった。
まさかエリン船が我が身を犠牲にプルーセン船を全滅させるとは思わなかったのである。
そのせいで、ルプレヒトがエルベでの交易再開を認めてしまった。
ゲームなら一手返されたところである。
「ですが、陸路輸送は引き続き行うそうです」
家中の者が言うと、
「うん、プルーセンにも利益があるから、やるだろうね。
というか、やってもらわねば困る」
ライアンはうなずいた。
「我らも経済的に潤わなければな」
そして、ワハハと笑う。
家中の者は笑わなかった。
「王国内では、また海運へ戻ろうとする動きがあるようです」
「陸送も万全ではないからなぁ」
ライアンは言った。
「蒸気車が普及したら、盗賊も蒸気車にマスケットで武装しだしたようだな」
「海賊をするより安上がりですから」
「護衛を強化しよう」
「ライアン様、これはいたちごっこになりますぞ」
家中の者はため息をついた。
「保険を強化すればよい」
ライアンは肩をすくめた。
「保険金目当てで商人と賊が結託する例もあります」
「…色々と考えるものだな」
ライアンは笑った。
「笑い事ではありませぬ、お館様」
家中の者は言った。
「経済活動が高度化するにつれて、それに関わる人々の動きも変わります」
「そうだな」
ライアンは口を尖らせている。
「海運回帰勢力を牽制せねばなるまい、その上で陸運の強化だな」
「はい」
家中の者はうなずいた。
「王宮にその旨、伝える」
ライアンは面倒臭そうにしていた。
*
ウィルヘルム。
シルリング王のチャーリー・コヴァンは、ベイリー家の名誉回復を快く思ってはいなかったが、家臣団の意向が強く断り切れなかった。
ベイリー家はウィルヘルムの名家で、コヴァン家とも深い付き合いがある。
そうした歴史を全否定することはできなかった。
「陸運も海運も両立できぬものか?」
チャーリーは基本的に正直な性格で、思った事は何でも口にするタイプだ。
それは、やりたいことがハッキリしているという事でもある。
先代のジョージ・コヴァンは家臣団の意見をとりまとめるタイプの人間だったが、何がやりたいかは曖昧であった。
こうした変化には、家臣団はすぐに慣れてきており、会議のやり方も変わってきている。
「王よ、陸運は物資が沈没することはありませぬ」
答えたのはライアンである。
「そちは陸運に力を入れておるから、そう言うのだろう」
チャーリーは渋い顔をしている。
「聞くところでは、エリン・アルバがフロストランドと組んでプルーセン船団を撃破したそうではないか」
「そのようです」
「エルベに拠点を築けば、より物資の輸送が容易になるだろう?」
「投資を再開すべきと?」
ライアンは聞いた。
「……そうは言っておらぬ」
チャーリーは口を尖らせて、視線を逸らした。
ウィルヘルム王や貴族は陸運業に出資済みで、これ以上は出資したくても金がないのである。
「例えば、茶葉などは取り扱っておる商団が運送を依頼すれば良いではないか」
「それは可能ですね」
ライアンはうなずいた。
「陸運は盗賊の被害が出てきています。
護衛を増やすなど対策は取っておりますが、費用が嵩むのは否めません」
「そうであろう」
「陸運と海運の費用を比較して、より経済的な運送法を選ぶのは良いかもしれませぬ」
「うむ、そういう事が言いたかったのだ」
チャーリーはちょっと機嫌が良くなったようだった。
彼は自分の提案が採用されるのを好む。
従って、チャーリーの提案を上手く味付けして聞こえの良い形にしてやると会議が上手く進む。
「なるほど、良いアイディアですな」
他の家臣たちが、ライアンに追随してきた。
「王のアイディア力には、いつも驚かされますなぁ」
「うむ、そうであろう」
チャーリーは上機嫌になっている。
いつもこうやって操られているのである。
だが、そのためには色々とアイディアに対してアクションを起こさなければならず、家臣団の負担は以前より増えた。
ライアンは元よりそういう積もりなので率先して動いているが、他の家臣たちは面倒臭がって動かない。
そこがライアンの狙い目でもある。
家臣の貴族たちの代わりに仕事を片付けて行けば、王宮はライアンを手放せない。
「しかし、そうなるとグリフィスに逃げられたのは痛手だのう」
チャーリーは言った。
ちょっと落胆した感じになっている。
「グリフィス殿はエリンに入れ込んでおられましたからなぁ」
「エリンに顔が利く者は他におらぬのか?」
チャーリーのこの言葉が、思わぬ波及をもたらす。
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