第24話
7-1
シルリング王のチャーリーの要望に応じて、ウィルヘルムの貴族中からエリンに伝手のある者を探すことになった。
ブレンダン・クラークという者がベイリー家の情報網に引っかかった。
クラーク家は元々は事務官の出自で、それほど力のある家ではないが、エリン寄りの西部農村地帯を広範囲にまとめている。
歴史上では飢饉があった時に農村の蜂起を未然に防いだと言われる。
これにより農村より信頼が集まり、とりまとめ役になってしまったという。
簡単に言えば、ウィルヘルムの貴族連中と農村の間に挟まれる立場の人と言うことだ。
ともかく、クラーク家は距離的にエリンに近いことから、エリンに親戚が多くいる。
クラーク家より分家した者がエリンに嫁に行っており、その息子がダーヒーである。
エリン東部の者にはこうしたウィルヘルムと親戚関係の者が多い。
「弱ったな」
ブレンダンは家に帰ってくるなり、言った。
「ベイリー様に頼まれたはいいが、別にエリンの中枢につながりがあるわけではないしなぁ」
「そういえば、分家の娘がエリンに嫁入りしてませんでした?」
ブレンダンの奥方のアマンダが、思い出しながら答える。
「ん、そうだったか?」
「ええ、確かリリアンでしたかしら。エリン東部のスミス家に嫁いでいったはずでしょ?」
「ああ、そういえば」
ブレンダンは段々思い出してきたようだった。
「リリアンに息子がいたな、なんか偉くなったとかなんとか」
「いいじゃない、リリアンに聞いてみたら?」
「うん、そうしよう」
ブレンダンとアマンダはうなずきあった。
*
「……で、オレを頼ってきたって訳かい」
ダーヒーはため息をついた。
今、エリンとウィルヘルムの関係は冷え切っている。
民間はそうでもないだろうが、首脳同士の関係はよくない。
加えて、ダーヒーはエリンの中枢に最も近い組織であるディーゴン船団の三番船船長だ。
立場的にアウトである。
母のリリアンが手紙を送ってきたのだが、これを船団に知られるのはまずい。
キチンと断る必要がある。
ダーヒーは手紙を書いて母へ送った。
「すまないが、オレの立場でそれを受ける訳にはいかない。断ってくれ」
こういう内容の手紙だ。
「母の頼みを断るなんて、なんて息子だい。親戚のブレンダン叔父さんの立場もかんがえなさい。下手すると叔父さんは処断されるのよ?」
そしたら、こんな返事が届いた。
「……」
ダーヒーは頭を抱えた。
「ダーヒー、なんか元気ないな」
ブリジットが目聡くダーヒーの様子に気付いたようだった。
「い、いえ、ちょっと気になることが」
「なんだ、女か? 金さえありゃ大丈夫だ」
ブリジットはガハハと笑って、ダーヒーの背中をバンバン叩く。
オヤジみたいな女だ。
「は、はあ…」
ダーヒーはなんと反応してよいか分らずにいる。
「まあ、頑張れよ」
ブリジットはそう言って去って行く。
エルベの件が一段落して、船団内が落ち着きを取り戻している。
1隻は通常業務で出航しているが、ちょっと前までの慌ただしさはない。
食堂も開設され、船団員の生活は大分よくなってきている。
コルムやダーヒーは部下たちの管理をしなくてはならないので、出航していない時でもヒマではない。
訓練をしたり、経費の計算をしたり、予算の申請をしたり、修理の手配をしたり、かなり忙しい。
出航している時の方が目的に集中できて、精神的には楽かもしれない。
「モーリアンの修理はどうするので?」
船団の定例会議で、ダーヒーは聞いてみた。
「フロストランドへ依頼した」
ブリジットは言った。
「フロストランド船に来てもらって曳航してもらう予定だ。
ヴァハとバズヴは交代で通常業務をこなしてもらわないといけないからな」
通常業務とは、出航して定期輸送を行うのとアルスターの港の防備である。
出航しているヴァハは定期輸送をこなしている。
残ったバズヴは防備任務である。
まだ他国に攻撃された事がないので、実質休息となるが。
休息と言っても訓練は行う。
モーリアンの乗組員は、今の所やることがないので、訓練の傍ら船団本部の整理整頓、掃除、修理点検などをしている。
「フロストランド船の出動費用はかかるが、商売を疎かにすることはできないからな」
モーリアンを曳航するにはヨルムンガンド級の船が必要だ。
恐らくヨルムンガンド級の3隻のうちどれかが派遣されてくるだろう。
「エルベへ派遣する人員はどうします?」
ディアミドが口を開いた。
「それだよな、下手な者は送り込めないし」
ブリジットは口を尖らせている。
「大氏族長に言ったら、人選は任せる、だと」
「丸投げですな」
ディアミドは言った。
「皆、周知のように派遣先は他所の土地です。軍事行動が可能な部隊級でないといけませんでしょう」
「じゃあ歩兵隊か?」
ブリジットは単純に思いつきを言ったが、
「歩兵隊は商売関係には疎いですから、ウチの連中が適してます」
ディアミドは頭を振った。
彼は歩兵隊出身だ。
古巣の事はよく知っていた。
「それに、船団員なら我々がコントロールしやすいというのもあります」
「なるほど」
「適正のある船団員を選出し、新たなチームを編制しましょう」
ディアミドの頭の中には既に構想が出来ているようだ。
「分った、その辺は任せても?」
「ええ、もうリストを作ってます」
ディアミドはオーラにリストを持ってこさせる。
ブリジットはリストに目を通した。
機転の利く者、
商売に通じている者、
戦闘の指揮に長けている者、
そして…。
「ディアミド、あんたも入ってるぞ?」
「ええ、適任でしょう?」
ディアミドは冗談めかしている。
「でも、本部の方はどうするんだ?」
ブリジットは聞いた。
思い切った人事だが、後釜をどうするのか。
「マルティナさんが後を引き継ぎます」
「……事務局長だぞ?」
ブリジットは思わずディアミドを見た。
「実は既に事務の仕事を手伝ってもらってまして、既に固まっているルーチンワークであればこなせるはずです。
トラブルなどは船団長がいますからね」
「うーん」
ブリジットは唸った。
マルティナ・グリフィスは、エドワードの妻だ。
確かに、グリフィス殿の名は宣伝効果がある。
マルティナは貴族の夫人にありがちな、家に居て何もしない人間ではなかった。
女だてらに蒸気車を運転し、ウィルヘルムからエリンまで来ている。
それを見込んで、船団員たちに蒸気車の運転を教授してもらっていた。
性格的には仕事を好み、没頭したがるきらいがある。
(エドワードの事を考えたくないんだな…)
ブリジットは察したが、船団本体の仕事を任せるとなると判断がつかない。
「ウィルヘルムの者が船団本部にいるのは?」
「今更ですな、ウィルヘルムに親戚がいるエリン人なぞ沢山おりますぞ。
問題はエリンのために仕事ができるかです」
ディアミドは答えた。
揺るぎない自信を持っているようだ。
「分った」
ブリジットはうなずいた。
「異例だが、マルティナさんの件は認めよう。大氏族長には報告しとく」
*
船団はまた忙しくなってきた。
ヨルムンガンドがやってきて、モーリアンをフロストランドまで曳航した。
修理をするためである。
大砲に駐退機・復座機を追加、ガトリング銃を新設する予定だ。
フロストランド関係は、ブリジットが担当した。
ヴァハとバズヴは交代で通常業務をこなしつつ、エルベに人員を輸送した。
ディアミドは港の土地を借り受ける交渉を行い、港の倉庫を拠点とした。
実質ディーゴン船団の支部である。
アルバやフロストランドの船が頻繁に訪れて、ディアミドと会談を行った。
議題は、エリンの租借地を間借りするか、独自に土地を租借するか、である。
結局はエリンの先行投資を眺めることにしたらしい。
間借りしたり、一枚噛ませてもらうだけに留めた。
特にアルバは借金を抱えているので、投資には慎重だった。
フロストランドは資金には問題ないが、他所の土地に出るのを嫌う傾向がある。
やはり、エリンにおんぶに抱っこだ。
エリンのエルベ拠点は開設された。
港の作業員は、エルベの住民を雇う。
違いは、エリンが経営しているという点だけで、通常の港岸と変わらない。
ディアミドは、さらにエルベの為政者へ上納金を払うことにした。
アウグストがその地位に就いている。
アウグストはあの後、檻から解放された。
ポメス統治者のルプレヒトは、エルベに手を出そうとは思わなかったようだ。
特に処罰はなく、むしろエルベを監督する立場になった。
交易をよく知ってるからだった。
もちろん、ポメスの貴族たちよりは、という意味である。
アウグストは上納金を税金と一緒にポメスへと送る。
これが一番の仕事だ。
ディアミドはポメスの貴族たちに文句を言わせないように上納金を出したという訳だ。
貴族たちは懐に金が入りさえすればよくて、港の業務には興味がない。
次に行ったのは、フロストランドの技術者を呼んでボイラーなどの設備を作らせる事だった。
船団本部と同じ仕様にしたいというのが理由だ。
それにプラスして、エルベにも普及させて行こうと考えている。
今でも徐々に普及してきているのだが、地元の職人が作っているため品質にばらつきがある。
フロストランド製を導入すれば、地元の職人が参考にできる。
これはフロストランドの意向でもあった。
技術の伝播を視野に入れているのだ。
もちろん、進んだ技術をエサにしているという批判が付きまとう。
現実世界でも宣教師が似たようなことをしていたというが、元々あった経済活動をムリヤリねじ曲げて行く行為にも等しい。
利益を享受できる当事者たちは積極的に受け入れている。
そうでない者たちは元からある文化を壊す行為だと考えている。
「金の力で文化を破壊している」
「浅はかな考えだ」
「けしからん!」
ウィルヘルム、プロトガリア、帝国ではほぼ共通の認識だ。
シルリング王宮の貴族連中も同じような考えを持っていたが、肝心の王であるチャーリーはそうではなかった。
空気が読めない、独りよがり、己の考えだけが特別。
そうした性格だ。
「エリンとの関係をもっと強めよ」
チャーリーは力説した。
彼は、フロストランドの技術に注目しており、エリンやアルバがウィルヘルムより先にその技術を得ているのが我慢ならないようだ。
もちろん面白い玩具を持っているという意味で、だ。
「既にエリンとつながりのある者を通じて、連絡を取っております」
ライアンが答える。
「うむ、様子はどうじゃ?」
「はい、返事が来次第…。関係のある商人たちに輸送する物資をまとめさせております」
ライアンはうまく濁して、別の話題にスライドさせる。
「やはり茶葉の輸送量が多く、これを陸運だけでなく海運に振り分けるのが良いかと」
「そうか、リスク分散じゃな?」
チャーリーは気付いて言った。
意外に勉強している。
歴代の王はこうした世事に興味を持たなかったが、チャーリーは自分の興味だけには貪欲だ。
「ええ、よくご存じで」
ライアンが言うと、
「ふふ、そうじゃろう、そうじゃろう」
チャーリーは上機嫌でうなずく。
「ライアン殿、王との会議ですが、毎回困難になってきておりますなぁ」
「おっしゃる通りですな」
ライアンはうなずく。
会議が終わった後、お茶会を催すのが定例になってきている。
幹部連中の間で情報交換をするのが目的だ。
「王は、その……積極性はあるのですが、それに付き合わされるとあっては…」
「このまま、王の好きにさせては身が持ちませんね」
「そう、我々も身を守る事を考えざるを得ませんなぁ」
「そうですねぇ」
ライアンはちょっと考えた風である。
チャーリーの御し方は分っていたが、その結果として働かされる。
幹部である貴族連中は段々と苦痛になってきているのだった。
「しかも、王はフロストランドに興味を持っている」
「そうだ、あんな田舎どうでもいいのに」
「しかし、スゴイ技術を持っているだろう?」
「小手先のものだろ、そんなものに囚われるから、文化がないがしろにされるのだ」
「まあまあ、そう悲観したものではないでしょう」
皆の会話に熱が入ってきたので、ライアンは冷静になるよう促した。
ライアンにとっては望ましい状況といえる。
チャーリーを疎ましく思う者が多くなっている。
「何か、手を考えましょう」
「いい手があるのかね?」
「心辺りがあります」
「ふむ、ではお任せしましたぞ」
「ええ、我らの利益のために」
「我らの利益のために」
*
リリアンの元にブレンダンが訪れていた。
ダーヒーから返事が来ないので、しびれを切らしたのだった。
「今は、蒸気車があって便利になったねぇ」
ブレンダンは到着するなり、言った。
「じきに定期便が行き来するようですよ」
リリアンは、歓迎もそこそこに話し出す。
「北の方には鉄道というものがあって、人や物資をまとめて運べるのですって」
「ほう、それはいいな。この辺にも建設してくれないかな」
ブレンダンは言いながら、土産として用意してきた食べ物などを渡す。
帝国経由で入ってきている茶葉、北方から入ってきている缶詰、酒などなど。
スミス家に厄介になるつもりなので、こうした心使いは必要だ。
スミス家は元来は鍛冶屋だが、地主の娘を娶ってから半貴族のような立ち位置にいる。
資産家であり、氏族の一つでもある。
ウィルヘルムの下級貴族には金目当てで娘を嫁がせるということがよくある。
その代わりに貴族社会へ仲間入りするという訳だ。
「まあ、お気遣いありがとうございます」
リリアンは礼を言って、土産を受け取った。
「ダーヒーは出世したそうだね」
「ええ、まあ、そうなんですよ」
リリアンはもらったばかりのお茶を淹れ、ブレンダンに出す。
「一人前の船乗りになって、この間、船長になったとかで」
「へえ、それはスゴイな」
「やあ、ブレンダンさん、いらっしゃい」
そこへ旦那のオーエンがやってくる。
「やあ、お邪魔してますよ」
ブレンダンとオーエンは気が合うらしく、それなりに付き合いがあった。
「ダーヒーが船長になったそうですね」
「ええ、そうなんですよ」
オーエンはニコニコしている。
「エリンの船団といえば、王国の海兵と名高い」
「ははは、それほどでも」
ブレンダンが褒めると、オーエンは上機嫌になる。
「あなた、お茶を」
「おお、ありがとう」
リリアンがお茶を追加してくる。
「ウィルヘルムではエリンとの関係を強めたいと思ってるようで」
ブレンダンは本題を切り出す。
「また海運で物資の輸送を依頼したいのです。
上手くいった暁にはもちろん謝礼も」
ライアンに言われた事を伝える。
「船団は海運を一手に取り仕切ってますからな」
オーエンが言った。
「息子に伝えてみましょう」
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