第22話
6-3
ブリジットとダブリンは甲板に出た。
「よし、戻ってきたぞ」
「なんか不思議な技でしたね」
「ヒントは得た。今から皆に伝えろ」
「ウィース」
ブリジットの伝令を受けてダブリンは甲板を走り回った。
*
モーリアンから手旗信号が来ていた。
「こちらに考えがある。戦場から離れて待機していろ」
「船団長は何を言ってるんだ?」
ダーヒーは悩んだが、
「……仕方ない、戦線から離脱するぞ」
すぐに命令を下した。
これは他の船も同じだった。
「えー?」
『ルキアは何を言ってる?』
ヤスミン&カーリーは混乱したが、
「モーリアン1隻に任せて、他3隻は戦力を温存しろということです」
ドヴェルグの兵士が追加の伝言をもってきたので、
『一理あるか』
カーリーはつぶやいた。
このままでは4隻とも燃料切れ、砲弾切れで白旗を揚げなくてはいけなくなる。
『戦線離脱する!』
カーリーは兵士たちに向かって叫んだ。
「ルキア、どうすんだろ?」
『分らんが、なんとかするかもな』
「ブリジットはおかしくなったのか?」
「エリン人ですからね」
アルバ船のフィンガルでは、ウツボとリュサイが会話していた。
「過去に我らとの戦で、土壇場でひっくり返された例はいくらでもあります」
「ふん、我らもエリンの事はよく知ってるな」
「ええ、不本意ながら」
ウツボとリュサイは苦笑した。
「よし、戦線離脱だ!」
ウツボが叫んだ。
3隻の船はモーリアンを残して戦線から離脱した。
「よし、船を止めろー!」
ブリジットは命令した。
「ウィース」
乗組員たちは命令通りに船を止めた。
説明は聞いていたものの、皆不安ではある。
「ダブリン、皆に食べ物を配れ」
ブリジットは言った。
「へい」
ダブリンは用意していた食べ物……といっても缶詰と酒だが……を皆に配り始める。
「増加食ってやつだな」
ブリジットはワハハと笑って、自分でも缶詰と酒を食べ始める。
甲板に直に座っており、行儀というものがない。
「増加食って普通、前の日の晩に出ませんかね?」
乗組員がツッコミを入れたが、
「こまけーこたぁ、いーんだよ!」
ブリジットは適当に手を振って誤魔化す。
仕方がないので、皆、船長のブリジットに習って甲板に座り込んだ。
*
「船長、エリン船が停止しました」
プルーセン船の乗組員が報告しにくる。
「なんだと?」
プルーセン船団の船団長は驚いている。
名をレオンハルトと言った。
「何か企んでるのか?」
「遠眼鏡で様子を伺ったところ、甲板で飲み食いしてるとか」
「なんだそれは?」
「分りません」
乗組員は頭を振った。
「頭がおかしくなったんでしょう」
「どうかな…」
レオンハルトは少し考えたが、
「なんだろうと絶好の機会だ。全船に伝えろ、全力で砲撃だ!」
プルーセン船10隻に連絡が行き、全船が急遽逃げ回るのを止め、砲撃を始めた。
*
「お嬢、ヤツら撃ってきやしたぜ」
ダブリンが言った。
「おう、やっとか」
ブリジットが答えた瞬間、
どごぉぉぉっ
コーン
船腹に砲弾が命中した。
プルーセン船が左右を取り囲んで砲撃していた。
「うひょおっ!?」
「ぎょえー!?」
モーリアンの乗組員たちが騒ぎ出す。
「騒ぐな、酒がまずくなんだろーが!」
ブリジットはまったく動じない。
その間もドンドン砲弾が降ってきて、モーリアンの船腹に命中する。
「おめーらもドンドン飲めし!」
「うおー、もーヤケだあっ」
「死なば諸共だぜぇ」
「そーれ、イッキ、イッキ!」
乗組員たちはヤケになって騒ぎ出した。
*
「どうだ?」
レオンハルトが聞くと、
「それが……」
遠眼鏡を覗いていた乗組員は言いにくそうにしている。
「貸せ」
遠眼鏡を奪って、覗き込む。
「む?」
遠眼鏡に映ったのは、エリン兵たちが甲板で肩を組んで歌っている様子だった。
皆、ベロンベロンに酔っ払っている。
「はあっ!?」
レオンハルトは何が起こってるのか理解できず、叫んだ。
その間も砲弾はドンドン命中していて、敵船は船腹、甲板、船室すべてがボロボロになってゆく。
だが、エリン兵たちは意に介さず、バカ騒ぎをしている。
不思議なことに砲弾はエリン兵たちには命中していないようだった。
「なんだ、あれ?」
レオンハルトは遠眼鏡から目を離し、その乗組員に聞いた。
「分りません、頭がおかしいとしか…」
「船長、砲弾が残りわずかです」
そこへ別の乗組員が報告しにきた。
「なんだと!?」
レオンハルトはまた叫んだ。
プルーセン船団は調子に乗って砲弾を撃ちまくっており、エリン船はズダボロになっていたが、それでも一向に沈まない。
しかも砲弾の残りが切れそうだという。
「どうして……!?」
レオンハルトは固まった。
プルーセン船は大砲の口径が小さく威力がない。
対するエリン船は、フロストランドのヨルムンガンド級だ。
大砲の口径、耐久力では勝ち目がない。
それから、向こうの大砲は無傷のようだった。
自軍の練度不足である。
「全船、急速離脱だ!」
レオンハルトは即座に決断し、叫んだ。
「え!?」
乗組員たちは、一瞬、その命令が理解できず、もたついた。
それで離脱の機会が失われる事になる。
*
「おーし、そろそろ反撃すっぞー!」
ブリジットが叫んだ。
「ウィース」
「全大砲、撃ち方準備ィーッ」
「ウィース」
「撃てェッ!」
皆、酔っ払ってはいたが、普段こなしてきた訓練の成果が発揮された。
モーリアンの乗組員はテキパキと準備をした。
「発射!」
どおぉぉぉん!
モーリアンは大砲を発射した。
左右、8門ずつ。
一斉射撃だ。
狙いなどつけず、ひたすら周囲の海へ向けて発射する。
黒煙がもうもうと立ちこめるが、モーリアンの乗組員たちは無視した。
ひたすら繰り返したルーチンワークで、全弾撃ち尽くす気だ。
*
プルーセン船はモーリアンへの砲撃にのめり込むあまり、密集しすぎていた。
加えて、初動が遅れた。
どごおぉおん!
バキャーン
船腹に大口径の砲弾を喰らい、たちまち浸水してゆく。
「ギャー!?」
「海に飛び込めーッ!」
パニックを起こしたプルーセン船の乗組員たちが、こぞって海に飛び込んだ。
「くっそ、なんてヤツらだ!!」
レオンハルトは握り拳を船室の壁に叩き付けた。
「船団長、はやく逃げないと!」
乗組員が言った。
「くっそ、エリン人め、覚えてろ!」
レオンハルトは恨み言を吐いて、部下たちの後を追った。
*
プルーセン船団は全船が大破し、沈んでいった。
乗組員は皆、海に飛び込んでおり、プカプカと浮いている。
待機していた残りの3隻がボートを出して、敵兵を救助した。
昔ながらの習慣で、敗残兵は身柄を拘束し、捕虜とする。
身代金を取るのである。
それが分っているので、プルーセン兵は大人しくしていた。
「おっわ、煙たいじゃんか」
ブリジットがゴホゴホと咳き込んだ。
黒色火薬を使用しているため、大砲を撃ち続けると黒煙が溜まってもの凄いことになるのだった。
「プヒー、でも敵は全滅みたいッス」
ダブリンが報告した。
こちらも遠眼鏡を使って周囲を見ていた。
「へっ、みたか、ソーセージ野郎め! これがエリンの底力よ!」
ブリジットは威勢良く言ったが、モーリアンは沈まないだけでダメージが蓄積しており、航行不能になっていた。
ダーヒーが部下に命じて、バズヴがモーリアンを曳航することになった。
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