第21話
6-2
というやり取りがあって、ヤスミンが派遣されてきたという訳だ。
『ここに来る前にアルバにも寄ってきた』
カーリーが言った。
「後でアルバ船も1隻、エルベに来るって」
「お、じゃあ全部で4隻になるのか」
ブリジットは言った。
モーリアンとバズヴがフロストランド船と一緒に出航、ヴァハは留守番だ。
『すぐに出航すべきだ』
カーリーが言った。
『遅れれば遅れるほど敵の防備が強まる可能性があるからな』
「そしたら、ウシュネッハには伝令を出しとくか」
ブリジットはすぐ伝令を仕立てた。
そして自分たちは、出撃準備をする。
「おらぁッ、ヤローどもォッ! 出撃だぞ!」
「ウィース」
船団員たちはすぐに準備を始めた。
フロストランド船は、フェンリル、ヨルムンガンド、ヘルの3隻が最も有名だが、その他にもいくつかの船を有している。
チュール、オーディン、トール、フレイアなどなど神話に因んだ船がある。
ヤスミンが乗ってきたのはチュールだ。
フェンリル、ヨルムンガンド、ヘルの3隻は大型船。
オーディンなどの船は中型船だ。
大きな船はいかにも強そうだが、運用面では燃費が悪すぎて小さくせざるを得なくなったのである。
あまり小型にすると重量が足らず砕氷能力を損なうので、中型船が落としどころになる。
ちなみにエリンやアルバの船は初期に建造されているので、大型船である。
帆船の大きさはピンからキリまであるが、
大きくて北宋時代の船が全長100メートル級、
ガレー船などは全長50メートル級、
ヴァイキングのロングシップは全長28~30メートル級、
まで様々なものがある。
こちらの世界でも帆船の大きさは様々だが、大型船は100メートル超、中型船は50~100メートル、小型船は50メートル以下くらいの規格である。
金属船は技術的な問題で、こんなに大きくは造れなかったので、大型船は50メートル超、中型船は20~50メートル、小型船は20メートル以下がだいたいの基準になっている。
ヨルムンガンドは、全長54メートル、排水量3,000トン、乗組員50名、大砲16門。
チュールは、全長25メートル、排水量1,700トン、乗組員30名、大砲8門。
エリンのモリグナ3隻、アルバの2隻はヨルムンガンドの同型船で、ヨルムンガンド似たようなスペックだ。
兵装は古いので大砲16門しかない。
チュールは新型兵装を装備している。
大砲には駐退機・復座機がついており、その他にガトリング銃が8基設置されていた。
これらはヴァルトルーデが引き続き開発を行っていて、実現化させたのだった。
ヤスミンの話では、ヴァルトルーデはさらなる新兵器を開発しているとのことだ。
対するプルーセン船は小型船で、全長18メートル、排水量1,000トン以下、小口径の大砲8門を装備している。
速度ではプルーセン船の方が上回ることが予想できた。
「敵はとにかく動き回って引っかき回してくるだろうな」
ブリジットは言った。
「ですよねー」
「こちらは大砲を当てるために工夫しなきゃな」
「どうするんです?」
ダブリンが聞いた。
「……わかんね」
ブリジットは肩をすくめた。
「その場にならんと思いつかない」
「無策かい」
ダブリンは呆れている。
「てか、あっちの世界でアイディアもらえるとか思ってません?」
「……いや、思ってない」
ブリジットは視線を逸らした。
エルベの港では、相変わらずプルーセン船がたむろしていた。
封鎖はずっと続いており、既に他所の船が寄りつかなくなっている。
そのせいで陸路の輸送に需要が集まり、帝国からウィルヘルムの商人たちが潤ってきている。
反対にエリンとアルバは干上がってきている。
エリン・アルバの輸送に頼っている国々も同様だ。
時間が経過すればするほど、被害が増えてゆく。
アイザックが強攻策に出ようとしてもムリはないといえる。
チュール、モーリアン、バズヴ、フィンガルの4隻の船が集まった。
チュールからボートが降ろされ、港へと向かって行く。
「おい、ぶっ飛ばされたくなかったら帰れ!」
プルーセン船の甲板から怒鳴り声がした。
ボートに乗っているのは、ちんちくりんの少女とドヴェルグの船員だけである。
『我はフロストランドの使者だ』
少女が言った。
カーリーだ。
『しかるべき地位の方に書簡をお渡ししたい』
「へ、こんなガキが使者かよ?」
プルーセン船の乗組員は意表を突かれたのか、攻撃する機を失ってしまったようだった。
「よお、どーする?」
「ん? まあ、書簡持ってるってんなら上に報告すんべや」
「んじゃ、しばし待ってくれろ」
プルーセン船の乗組員たちは言った。
実はヒマを持て余していたようである。
ヤスミン&カーリーはエルベの港へ通された。
港にある商館でしかるべき地位の者と謁見である。
『書簡です』
カーリーは余計な事は言わず、簡潔に用件を述べる。
「これはどうも」
書簡を受け取った相手は会釈した。
エルベの港岸管理の責任者では役不足なので、エルベの街を仕切っている代官が出張ってきている。
代官は、アウグストと言った。
アウグストは書簡を開いて読む。
先に述べた通り、書簡の内容は簡潔である。
「……この要求は飲めませんな」
アウグストは肩をすくめた。
『では、開戦を宣言させて頂く』
カーリーは宣戦布告を伝え、その書簡を取り出した。
「はあ、用意が良いですな」
アウグストは半ば呆れている。
「ですが、まあ、その度胸は評価いたしましょう。誰か、この娘を拘束しろ」
そして、部下を呼び、捕縛を命じる。
『お、いつものヤツ来たなぁ』
カーリーはまったく動じてない。
「コイツなんで、リラックスしてんだよ?」
「知るか、とにかく捕まえろ」
控えていたエルベ兵がヤスミン&カーリーを捉えようと近づいてくる。
『ふむ』
カーリーはするりと兵士の手をすり抜けた。
膝の後ろを蹴ると、兵士の1人がカックンとくずおれる。
「うおっ!?」
「コイツッ!」
「抵抗する気か!?」
エルベ兵は腰の剣を抜こうとした。
カーリーはいつの間にか兵士に近寄っており、剣の柄を手で抑える。
「ぐっ…」
エルベ兵は剣を抜き放てず。
その隙に、カーリーは部屋の外へと飛び出した。
「逃げたぞ、追え!」
「その小娘を捕まえろ!」
商館とその周辺は上へ下への大騒ぎになった。
カーリーは余裕で逃げ出して、ボートの所まで走ってきた。
「お早いお着きで」
ドヴェルグの船員がのんびりした感じで言う。
『うん、逃げるぞ』
カーリーはボートに飛び乗る。
「へえ、準備できてますぜ」
ドヴェルグはすぐボートを動かした。
エンジン付きのボートだ。
たちまちボートの姿が見えなくなる。
遅れてエルベ兵が殺到した。
「今、戻った」
チュールから手旗信号が送られてくる。
「良かった、無事か?」
「捕縛されそうになったので逃げてきた。いつものことだ」
「はあ?」
という会話が、チュールとモーリアンの間で交わされる。
「カーリーのヤツ、いつもこんなことしてんのかよ」
ブリジットは呆れている。
「ま、いいか」
「ハードな生活してまんな」
ダブリンも呆れている。
その間も手旗信号が送られてくる。
「宣戦布告をした、攻撃可能だ」
「何はともあれ戦闘開始だな」
ブリジットはどこかで聞いた台詞を言った。
*
戦闘開始だ。
「やろーども、いくぞーッ!」
ブリジットは命令を下した。
「ウィース」
乗組員たちは忙しく動き始めた。
訓練でいつもやっている動きだ。
モーリアンが動き出すと、バズヴも同じように動き始める。
バズヴ船長のダーヒーは訓練の成果を見せている。
一々言わずとも、どうすれば良いか分っているのだ。
エリンの強みは兵士たちの連携精度だ。
モーリアン、バズヴが先行して港へ向かった。
その後をフィンガルとチュールがついて行く。
「撃てェ!」
ブリジットが叫ぶと、
ドォン
モーリアンの船首大砲が火を吹いた。
弾が飛び、
ばしゃあああっ
プルーセン船の間の海に落ちる。
敵襲を知り、プルーセン船は動き始めた。
速度を上げ、港を離れる。
10隻の小型船がそれぞれ散開して向かってくる。
モーリアン、バズヴが並んで大砲を撃つが、プルーセン船には当たらない。
「ち、ちょこまかと!」
ブリジットは悪態をついた。
相手が動き回って砲撃を躱すだろうことは予想できた。
こちらは砲撃を続けて当てるしかない。
問題はこちらの燃料が先に尽きるということだ。
相手に付き合えば自滅する。
燃料が尽きる前に、ちょこまかと逃げるプルーセン船10隻を何とかしなければならない。
それが出来なければこちらの負けだ。
「止まるなよ?」
ブリジットはつぶやいた。
こちらは止まってしまうと、たちまち敵の砲撃に晒される。
一撃一撃は軽くても、何発も喰らったら装甲が破られる可能性がある。
だから追いかけ続けなければ。
「撃てぇ!」
「ウィース」
「追いかけろー!」
「ウィース」
「くっそー、ちょこまか逃げんな!」
「はあ…」
モーリアン、バズヴ、フィンガル、チュールはプルーセン船を追いかけ回した。
が、一向に捕まらない。
「ちくしょー、港を攻撃できればなぁ」
ブリジットはつい愚痴ってしまう。
「でも、雪姫様に禁止されてんでしょ?」
ダブリンが確認するように言う。
「そーなんだよ」
ブリジットは今にも地団駄を踏みそうである。
相手の動きを止めるには、弱点を攻めるのが一番だ。
だが、それは封じられている。
敵もそれが分ってるようで、
「ここまでおいでー」
「ぷひゃー」
プルーセン船の乗組員たちは甲板に出て尻を突き出したりしている。
「クッソ」
「バカにしやがって!」
エリン兵は怒り心頭である。
(チッ、良くない感じだ)
ブリジットは焦った。
(どうにかしないと…ッ!)
「クソッ」
怒りに身を任せて、ブリジットは甲板へ出ようとする。。
「あ、お嬢ッ」
ダブリンが追いかけてくる。
「お嬢っていうな!」
ブリジットは言いながら船室を出る。
しかし、次の瞬間、ブリジットとダブリンは見知らぬ場所にいた。
*
小さいが美しい景色を模した庭。
日本の独特な美観なのだろう。
そして、木造の大きな建物。
板張りの広い部屋がある。
「……ジジイの家じゃない?」
ブリジットは驚いた。
「なんですかね、ここ」
「多分、ニポンの武術の練習に使う場所じゃないかな?」
ブリジットは記憶を探っている。
テレビで見聞きした知識だ。
「へー、ニンジャーとかサムラーイとかいうヤツ?」
ダブリンは目を輝かせた。
テレビの誇張されたイメージである。
「おいおい、そんなの本当にいるわけねーだろ。あんなのはお話だよ、お話」
ブリジットはハハハと笑う。
と、その時、
『誰かいるのか?』
声がして、中年男性が家の奥から現れた。
道着に袴姿である。
『うぉっ!?』
そして、ブリジットとダブリンを見て驚いたのだった。
『誰だ、あんたらは?』
『あー、勝手に入って申し訳ない、我々は怪しいものではありません。
エリ……エイルランドから来ました』
ブリジットは適当に話をした。
英語で話している。
『え、アイルランド?』
男は英語が話せるようだった。
『そう、興味がありまして』
ブリジットはでまかせを言ってゆくが、
『ああ、ウチの武術に興味があると?』
男の目が輝いた。
『海外より来られるとは熱心ですなぁ』
『ええ、まあ』
ブリジットは曖昧にうなずく。
とりあえず話を合わせていると、男の警戒心は薄れたようだった。
『申し遅れましたが、私は御前隆と申します』
男は名乗った。
(ゴゼン? 確か、巴と静がそういうファミリーネームだったよな)
ブリジットは一瞬、固まりそうになる。
(まさか、巴と静の家じゃないだろうな?)
(あまり返事が遅れると訝しまれるか?)
ブリジットはそう思ったので、すぐに言った。。
『私はブリジット・オサリバン、こっちはダブリン・ドネリーです。
邦ではレスリングとソードを練習しています』
板の間から、茶の間に通されている。
お茶とお菓子が振る舞われた。
『見たところ、相当鍛えられている様子ですな』
男は言った。
専門家らしく、一目でブリジットとダブリンの腕前を看破したようである。
いわゆる軍人・兵士なので訓練により身体は出来ている。
『故郷でも有数の剣匠に教わりました』
ブリジットは言った。
『もう亡くなりましたが…』
それを聞いて、ダブリンはうなだれた。
『あ、申し訳ない、しんみりさせる積もりはなかったのですが』
『それはさぞ悲しかったでしょう』
隆は何かしら感じる所があったのか、
『折角来られたのです、道場の方で実際にやってみましょう』
立ち上がって道場の方へと促した。
『ふむ、基礎は申し分ない、そうだな握りをもっと軽くした方がいいでしょう』
隆は言った。
ブリジットとダブリンに木刀を振らせている。
(……あれ? このセリフ、どっかで聞いたな)
ブリジットは気付いた。
(あ、そっか。静がヤンネに言ったセリフだ)
留学時に見た剣の稽古風景を思い出した。
『握りを軽くするとどうなるんです?』
ブリジットは聞いてみた。
一般に日本人は先生に従順だ。
率直な質問は失礼に当たるのではないかと躊躇する。
が、海外ではそんな決まりはない。
エリン人も思った事は率直に聞くのが普通だ。
隆はそういう事情を知っている。
彼の継承する石火神雷流は、日本ではまったく普及せず、むしろ海外での方が受けが良かった。
そうした経験があり、英語が話せる。
海外の事情もよく知っている。
『刀が活きます。切っ先の動きの事ですね』
『斬るために必要ってことですか?』
『そうですね』
隆はうなずく。
『斬る、つまり何か仕事をさせるということです』
『ふーん』
ブリジットは半信半疑だったが、静や巴の動きを実際に見て、体験もしている。
『例えばどんなものが?』
『それじゃ、刀を出してみてください』
隆は言った。
『はい』
ブリジットは素直に木刀を突き出す。
隆は自分の木刀でそれを弾いた。
それだけで、ブリジットの身体が崩れ、大きく泳いだ。
『切っ先の使い方の一例です』
『うへー、馬鹿力でもないのに崩された』
ブリジットは驚いた。
『身体の使い方が重要です。これはどんな事にも通じますが』
隆は説明を続けている。
『こうした武器の動きを素手に生かしたり、多人数……つまり戦の用兵を個人対個人の決闘に活用したり、そういった術と言えるでしょう』
『すごいな』
ブリジットは感心している。
「お嬢、プルーセン船の倒し方も聞いてみたらいいんじゃないですか?」
ダブリンが小声で言った。
ダブリンも英語の聞き取りは大分できるようになっている。
今、抱えている問題を解決できるアイディアを得ようということだ。
「お嬢って言うな。分った、聞いてみる」
ブリジットはうなずいて、そして言った。
『もう一つ良いですか?』
『ええ、どうぞ』
隆はにこやかに答える。
武術の話をするのが嬉しいようだ。
いわゆる武術家の職業病。
武術談義をすると止まらなくなるのだ。
『動きの速い相手と戦うには? 相手が凄く速くて捉えられないという場合の話です』
ブリジットが言うと、
(ん? なんか妙に具体的な質問だな…)
隆はそんな表情をした。
『……ちょっと待ってください』
隆は庭の方を指さした。
『アレです』
指先を辿って行くと、竹でできた装置がある。
流水を受け、ある程度水が入ると重さでパタンと回転し、水を吐き出す。
そして、その反動で竹が石に当たり、
「カコーン」
と鳴る。
『え?』
ブリジットは一瞬何を言われてるのか分らなかった。
『あの装置、面白いですよね』
ダブリンが英語で言う。
『確かに面白いけどね。てか、どういう意味?』
ブリジットは聞いた。
『静から動への変化。
相手がいかに速くてもこちらを攻撃する一瞬は止まってるんです』
『はあ?』
『その一瞬を捉えられれば、速さは関係ありません』
『よく分りません』
ブリジットは素直に言った。
その後、隆は実際にやってみせた。
ブリジットとダブリンの打ち込みを、ことごとく制して見せる。
どんなに工夫しても、ひっかき回してもダメだった。
これにはブリジットもダブリンも脱帽するしかなかった。
『分った、勢いが変化するんだ』
ブリジットはしばらく考え込んでいたが、突然叫んだ。
『おお、よく分りましたね』
隆はお茶を注いだ。
また茶の間へ戻ってきている。
『勢いというのは、戦と同じで刻々と変化します。
一カ所に集まった時は強くなり、散漫になれば粗になり弱くなります。
変化の瞬間も勢いが弱まっている』
隆は講釈を垂れた。
『なるほど』
ブリジットはうなずいた。
『ありがとうございます』
『いえいえ、この程度のことで良ければいつでも』
隆が言った時だ。
「ただいまー」
若い女の声が玄関から聞こえてきた。
『娘が帰ってきたようです』
そう言って、隆は玄関の方へ行った。
(え? やばいぞ…)
ブリジットは焦った。
ヴァルトルーデに、こちらに来た時は静たちに会わないよう言われているのだ。
『おい』
『へい』
ブリジットとダブリンは、茶の間の襖を開けた。
一歩踏み出す。
*
「今、外人さんがウチの流儀を体験しにきてるんだ」
「へー、そんなこともあるんだね」
隆と静は連れだってやってくる。
「やー、お待たせしました」
隆が茶の間に入ったが、2人は居なかった。
お茶の入った湯飲みが残されている。
「あれ?」
「お父さん、夢でも見たんじゃないの?」
静は呆れたように言った。
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