第20話

6-1


それからしばらくして、プロトガリアが金属船を建造した。

問題なのは、フロストランド製ではないということだ。

わざわざメルクから技術者を呼び寄せ、スクリュー船を作らせたのである。

北の海に行くわけではないので、砕氷機能はない。

蒸気タービンは燃料と水を文字通り湯水のように使うので、不採用。

通常の蒸気機関である。

燃料はアルコール、または石炭だ。

蒸気タービンに比べればパワー不足だが、そこそこで良いという考えである。

武装は大砲を備え付けていた。

中古のフロストランド製大砲を購入して、レプリカを作ったのだった。

それも一回り以上小さく作った。

性能はかなり落ちるが、その分値段も安い。

他国へ売る事を視野に入れていた。

もちろん、売り先は帝国だ。


帝国、プロトガリア、ロムペディア、そしてウィルヘルム。

これらの国々が経済圏を形成しつつあった。


いわば反フロストランド連合である。



フロストランドではこの動きを掴んでいた。

アイザックの情報収集アンテナに引っかかってきたのである。


「あまり良くない傾向ですね」

アイザックは言った。

いつもの会議だ。

アイザックは、マグダレナ、クレア、パトラの代わりにスネグーラチカの相手をしていた。

ヴァルトルーデとヤスミンは仕事で外出しがちなので、あまり相手できないのだった。


「ウィルヘルムは結構しぶといのう」

スネグーラチカは口を尖らせている。

「メルク戦で消耗したはずなのですがね…」

アイザックがブツブツと文句を言うと、

「戦を仕掛けた張本人が言うんじゃない」

スネグーラチカは小声でツッコミを入れた。

当初アイザックは敵性神族として見られていたが、最近はまるっと毒が抜けたようで、館で働くドヴェルグたちも気にしなくなってきている。

ドヴェルグもその他の種族も、フロストランドで暮らす種族は皆、ボーグには一定の敬意を抱いている。

「まあ、その話はもう良いじゃないですか」

「ああ、そうじゃったな」

スネグーラチカはうなずいた。

「プロトガリアが建造しておるスクリュー船の強さはいかほどじゃ?」

「我が国の船より劣るでしょうが、数を揃えて来ると思われます」

アイザックは答えた。

「個々が弱い物を使って戦う場合は束ねるのが適切な戦法ですから」

「なるほど、そうじゃな」

スネグーラチカは相づちを打っている。

「それからメルクの技師がプロトガリアへ招聘されたようですね。

 ヤクシ……いや、アナスタシアさんに報告された方が良いと思いますが」

「うむ、伝えておく」

スネグーラチカは言った。

「じゃが、昔の名前で呼ぶのは止めよ。アナスタシア殿が嫌がるからの」

「分りました」

アイザックはなんとも微妙な表情をした。


スネグーラチカはすぐアナスタシアと連絡を取った。

魔法の石というアイテムを介して話が可能だ。

これは以前、メルクの精神的指導者であるアナスタシアがフロストランドを訪れた時に置いていった物だ。

「実は、メルクの船舶技師がプロトガリアに招聘されたようです」

スネグーラチカは言った。

『……それはこちらでも把握しています』

アナスタシアは答える。

『一応、手は打っているのですが、何分、民間の事でして強制はしにくいのです』


メルクは以前、ヴァルトルーデが蒸気船を作った事が発端になり、今でも造船業が盛んである。

フロストランドと技術交流が行われていて、スクリュー船や内燃機関も手がけている。

フロストランド以外で「船」と言ったらメルクだ。

メルクの為政者が規制をかけようとしても、一般の造船所や工房などすべてを管理するなどといった事はできない。

商業的利益を追求するのを止めさせる事は不可能だ。


「それは分ります」

スネグーラチカは言った。

「ですが、この流れですとウィルヘルムやプロトガリアが団結して我らに楯突いてくるでしょうな」

『はい、その可能性は高いですね』

アナスタシアは同意した。

『メルクは貴国への協力は惜しみません』

「そう言って頂けると心強いです」

スネグーラチカは頭を下げた。

相手には見えないのだが、この辺は静と巴の仕草がうつってしまったのかもしれない。



エルベの港に異変が起きていた。

赤い鷲のマークが描かれたスクリュー船が多数現れ、港を封鎖し出したのである。

赤い鷲のマークはプルーセンのマークだ。

自分の領地とはいえ、こんな勝手な事をしたら大問題になる。

というか、既になっていた。


「なんだこれは?」

コルムは思わずつぶやいていた。

エリンの二番船であるヴァハは、プルーセン船のせいで入港できずにいた。

他の地域の船も同じように立ち往生している。

問題は、プルーセン船に大砲が装備されていることだ。

強行突破で入港しようとすれば、攻撃してくる可能性が大である。

「……正気か、戦になるぞ」

コルムはまたつぶやいた。

「船長、どうします?」

部下が聞いてきた。

「どういう事なのか聞いてみよう」

「はあ」

「他の船にも声を掛けてみるか」

コルムが部下たちに指示して、手旗信号で周囲の船と連絡を取り合った。


その中にアルバの二番船オシアンがいた。

オシアンは近寄ってきて、ちょうど真横に停止した。

「お初にお目に掛かります。オシアン船長のパデンです」

甲板に現れたゴツイ身体付きの男が言った。

その身体付きとは正反対に表情は柔和だ。

「ヴァハ船長のコルムです」

コルムは挨拶を返した。

「どういう状況かまったく分りませんが、プルーセン船に直接聞こうと思ってます」

「それはいい、我々も困惑しておりましたから」

パデンはうなずいた。

「他の船にも声をかけましょう」

パデンはコルムと同じ事を言った。

「では、また後で」

オシアンは再度エンジンを動かし、去って行った。


何隻かの船がプルーセン船の方へ近づいた。

自国の旗と白い旗を同時に掲げ、武器は収めている。

白い旗はよく誤解されているのだが、本来は非交戦状態であることを表明するもので、これを出したからすぐ降伏という訳ではない。

しかし、プルーセン船は即座に大砲を向けた。

攻撃の意思ありという事だ。


『我々に攻撃の意思はない』

コルムは慌てて手旗信号を送った。


『それ以上近づくと攻撃する』

プルーセン船は同じく手旗信号で返事をした。


「クソッ、どうなってやがる?」

コルムは毒づいた。

「どうします?」

部下がハラハラした表情で聞いてきた。

「これじゃ港に入れん、引き返そう」

コルムは即断した。


ヴァハを始めとする蒸気タービン船は、動力である蒸気タービン発電機を動かすのに燃料と水が大量に必要だ。

補給ができなければ、たちまち役立たずと化す。

燃料があるうちに動かないと、漂流するはめになる。


『我、帰邦せり』

ヴァハは手旗信号でオシアンらの他邦船に連絡した。

『了解、我らも帰邦する』

返事がきて、その場にいた船は皆、引き返すことになった。



予定より早く帰ってきたヴァハの報告を受け、船団本部は大騒ぎになった。

「どういう事だ?」

ブリジットが聞くと、

「詳細は分りません。ちょっと近づいただけで攻撃してきそうになったんでさぁ」

コルムは肩をすくめた。

「調査はしなかったのか?」

「調べたいのはやまやまでしたが、モリグナは大食らいですからね。燃料がなくなれば終わりです」

「ふん、確かにな」

ブリジットは言った。

自分が同じ状況にいても、同じ判断をしただろう。

「ウチらも普通の蒸気船を揃えるべきかもな…」

「それなら内燃機関の方がいいですぜ」

ブリジットがつぶやくと、コルムが言った。

「その辺の話は後だ。まずは大氏族長へ報告する」


ブリジットはすぐにダブリンの運転で、ウシュネッハへ移動した。

「なんだと? エルベの港が!?」

リアムは驚いて、椅子から落ちそうになる。

「いや、しかし、なんでそんなことを!?」

「そうだ、意味が分らん」

ギャラガーも憤った感じで言った。

「意図は単純ですね、我々……というかすべての商売を妨害して何か利益を得ようという魂胆でしょう」

ブレナンが指摘した。

「通行料ってことか、古くさいやり方だな」

リアムが腕組みした。

「でも、我らの船にはよく効きます」

ブリジットは渋い顔をしている。

「蒸気タービン船は補給できなければ、ただの鉄クズです」

「弱点はカバーしたいところだが、まずはどうするか、だな」

リアムがうなずいて、言った。


それから、幹部会議から氏族長会議を経たが、良い案は浮かばなかった。

アルバの幹部とも会議を行った。

「ウィルヘルムに報告する」

が、決まったのはそんな案だった。

使者がウィルヘルムに行ったが、返事はなかなか来なかった。

「プルーセンに話をしてみる」

返事はこんなもんだった。


「これじゃあ、いつまで経ってもエルベに入れぬではないかッ」

ギャラガーがドンとテーブルを叩いた。

「……うすうす感じてましたが、ウィルヘルムは何もする気がないようですな」

ブレナンが言った。

「我が邦の商売が滞っています、遅れれば遅れるほど利益を損ない、客も離れてゆくと思われます」

「先だっての出資金の件といい、今回といい、我が邦を潰そうとしているとしか思えませぬ」

幹部の1人が憤った。

「うむ、これでは我々は大きな負債を抱えてしまう」

リアムは頭を抱えている。


ウィルヘルムの扱う茶葉がなくなった今でも、小麦、絹や木綿、生薬などを積み、フロストランドの缶詰、成形炭などを降ろしている。

エルベに入港できなければ、物流が止まってしまう。

売り買いが出来ず代金が回収できない。

輸送費が入ってこない。

さらに、ずっと倉庫に物資が置かれて保管費用が嵩んでしまう。

利益が出ず費用が増えてゆく。

商売をする上で一番ダメな形だ。


(なんだって、オレが大氏族長の時にこんな面倒な事ばかり起きるかな…)

リアムだけではなく、皆の正直な胸の内がこんななので、解決策が決まらない。

「ではどうします?」

ブレナンが建設的な意見を述べようとして、聞いた。

「うーん」

リアムは唸ったが、

「フロストランドに使者を送ろう」

やがて案をひり出した。

「フロストランドですと?」

ブレナンが少し驚いた顔で聞き返す。

「そうだ、現状ではすぐに解決することはできない。ある程度の損害は容認するしかない」

リアムは決意が固そうな顔で言った。

「関係国の中で、大きな影響力を持つのはフロストランドだけだ。

 状況を打開するための知恵を借りよう」

「……」

幹部連中が皆、押し黙った。

雑に述べると「フロストランドに言いつけてエリンの代わりにプルーセンをぶん殴ってもらおう」という案だ。

「それは如何なものかと思いますが…」

「王国の権威を著しく傷つけるものでは?」

幹部たちは難色を示した。

「しかしだな、このまま何もしなければ破産は免れないぞ?」

リアムは主張した。

「それはそうですが……」

「ウィルヘルムがなんと言うか……」

皆、煮え切らない。

「ウィルヘルムは当てにならんと分ったではないか」

バン。

リアムはテーブルを叩いた。

「ならば、もう王国の権威などないにも等しいのだ」

「……」

「すべての責任は私が負う、フロストランドへ船を派遣する」

リアムの案に賛成する者はいなかったが、逆に反対する者もいなかった。



「父上…いや大氏族長から指示が来た」

ブリジットは言った。

既に船団本部へ戻ってきている。

「フロストランドへ行って助力を取り付けてこい、だと」

ブリジットは書簡をテーブルへおいた。

「なんか、意外とまともな指示ですね」

コルムが拍子抜けという顔をしている。

「いいじゃないか、あたしはまた「ウィルヘルムと仲直りする」とか言い出すかと思ってたよ」

ブリジットは少し安心しているようだ。

「王国の呪縛から解き放たれたんだろ、実害があると目覚めんだよなー」

「問題発言ッスね」

ダーヒーが言った。

「いーんだよ、世の中、利益で成り立ってんだから」

「このまま損害を放っておくよか、ナンボもいいだろう」

ディアミドも同調している。


「フロストランドの船が来ました」

船団員が報告してきた。

ブリジットが行くまでもなく、向こうからやってきたようだった。

船から下りてきたのはヤスミンだ。

「やあ、久しぶりだな」

「そうだね、ルキ元気だった?」

ヤスミンはニコニコしている。

「ああ、超面倒臭い事になってるけど、あたしは元気です」

ブリジットは視線を逸らしたまま、言った。

「……あんまり元気じゃなさそうだね」

ヤスミンは若干引いている。


「フロストランドの使者として、プルーセンに書簡を渡すんだよ」

ヤスミンは言った。

「あー、いつもやってんのか、そういう仕事」

「うん、だいたいカーリーがやってくれてるよ。今回は私が担当してるけど」

「カーリーのこと知ってんのか、ヤスミン」

「時々、お話してるよ」

「話、できるのかよ」

ブリジットはポカンと口を開けたまま言った。


『ルームメイトだからな』

ヤスミンの口から違う口調の声がした。

多分、カーリーだ。

「おい、交代とかしなくていいのかよ?」

『うるさい、その辺は適当なんだ』

「なんか変な進化してねー? ご都合主義っつーか」

ブリジットは呆れている。


話は簡単だ。

プルーセンに書簡を渡す。

書簡には「封鎖を解いてね、雪姫からのお願い」と書いてある。

プルーセンが封鎖を解けばハッピーエンド、

封鎖を解かなければ「じゃあ、開戦するね」となる。


「わお、戦闘前提かよ」

ブリジットは、氷の館のエキセントリックさに驚いていた。

「誰が考えたんだよ、これ?」

「アイザックさん」

ヤスミンは即答。

「やっぱりな…」

ブリジットはため息。



時間は少し前に遡る。

氷の館の会議室。

「エルベの港を攻撃しましょう」

アイザックは言った。

「いきなり何を言っとるんじゃ」

スネグーラチカはコメカミを抑えている。

アイザックと話していると、時々頭痛を禁じ得ないのだった。

「封鎖を解くには、忍耐強く説得するか攻撃するかの方針を選ぶ事になります」

「説得じゃイカンのかえ?」

「ええ、説得にかかる労力を50とすると、攻撃にかかる労力は25になります。単純に費用の問題です」

「なんか頭痛がするんじゃが…」

「それはいけません、早めにお休みになられた方が」

アイザックに皮肉は通じないようだ。

「それはよい」

スネグーラチカは本題に戻った。

「せめて通告をしてからにせぬか?」

「では、宣戦布告を…」

「封鎖解除を促す勧告にせよ」

「はあ、雪姫様がそうおっしゃられるのなら」

「うむ、おっしゃってるぞ。

 まずは勧告をして、解除すればよし、解除せぬ場合には攻撃もやむなしじゃ」

スネグーラチカは頑なにこだわっている。

「それから、爆薬を持って港に突撃だとかエルベの住民に被害を与えるようなこともダメじゃ」

「えっ?」

アイザックは驚いた。

先のメルク-ウィルヘルム戦では、アイザックはウィルヘルムのベイリー家に所属しており、爆薬を使ってメルクの港を攻撃させている。

スネグーラチカは詳細は知らないようだが、性格上卑怯な振る舞いやいたずらに被害を大きくする行為は好まない。

なりふり構わず相手の弱点を突く戦法は禁じられるということだ。

「……しかし、効率は悪くなります」

「効率は悪くとも構わぬ。

 封鎖解除後までにエルベの民に与える印象を考えれば、手荒なことはできぬ。

 私もそのような事は許さぬ」

スネグーラチカは断固として主張した。

雪姫の方針はいつ何時でも揺るがない。

「分りました。その方が難易度が高くなって面白いかもしれません」

アイザックは自分の中でそう解釈したようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る