第17話

5-2


茶葉の輸送のためにプロトガリアへ向かった。

モリグナは既に幾度もプロトガリアの港へ行っている。


プロトガリアは、大まかにプルーセン、プロトゥゲザ、ガリアの3つの地域に分れる。

スティーリャ、シュヴィーツを入れて5大地域とする場合もあるが、他所の連中はさしたる興味もないので3つくらいしか覚えていないのが普通だ。

地理的に帝国に隣接しているため、帝国の属州としての歴史が長い。

農作物が豊富で比較的豊かな土地として有名だ。

帝国の文化や技術が入ってきており、シルリングやそれより北の国々を田舎として馬鹿にしている節がある。


エリンに最も近い港はプルーセンのエルベである。

エルベは元々は川の名前であるが、街の名前としても使われている。

これはビフレスト周辺のエルムト、ギョッルと同じだ。

港は交易の影響で発展してきており、ボイラーなどの技術も少しずつ導入されている。


エルベの港に入ってくるのはエリンの船だけではない。

アルバの船もちょくちょく来ているようだ。

アルバの船は2隻ある。

フィンガルとオシアンだ。

本当は3隻目が欲しいのだが、資金の関係で購入できずにいるらしい。

もし3隻目が購入できたら、オスカルと名付けるだろう。

アルバの伝承に出てくる英雄とその息子、孫の名前だ。


これが、エリンの伝承とはすこぶる折り合いが悪い。

エリンの伝承の主役格であるクーフーリンが弱体化されていて、その代わりにフィンガルが活躍するのだ。

クリントにも同系統の伝承があるのだが、あちらでは独立した物語が伝わっている。

エリンとアルバの仲の悪さが分るというものだ。


もちろん、ブリジットはそういったものには触れる事はない。

アルバも同じだろう。

交易を介して利益を分け与え合う関係にあるのに、自分から協調を乱すなんてのはあり得ない。


「やあ、ブリジット」

港へ降りてすぐ、ヒゲの男が声を掛けてきた。

フィンガルの船長ウツボ・ワードだ。

アルバとの会談で何度か会った事がある。

ウツボは男2人と女1人を連れていた。

アルバの船員だろう。

対するブリジットはダブリン1人だけを連れている。


(コイツ、「海の番人」とか言うなんか極まった名前なんだよな…)

ブリジットは内心思ったが、あまり人の事は言えない(ブリジットはケルト神話の女神の名前)ので、おくびにも出さない。

「やあ、ウツボさん」

ブリジットは挨拶を返した。

「エルベにはよく来るんですか?」

「ああ、ウィルヘルムの使者が茶葉を輸送しろって煩いもんでね」

「ウチもですよ」

ウツボとブリジットは、わははと笑い合った。

共通の話題を探すと、ウィルヘルムへの愚痴になりがちなのだ。

立ち話も何なので、適当な酒場に入る。

昼間から飲む気にならないので、果実ジュースを頼む。

ウツボたちとダブリンはビールを頼んだ。

あちらの女も果実ジュースである。


「聞くところによるとグリフィス殿がかなり交易に入れ込んでるそうじゃないか」

ウツボが言った。

「ええ、ウチの船団の顧問のような事をしてもらってます。剣術も教わってますが」

ブリジットはにこやかに答える。

「ホッ、そりゃいい」

ウツボは朗らかな性格らしく、好意的な表情を見せた。

「グリフィス殿はエリンに骨を埋める気らしい」

ウツボが言うと、あちらの連れたちが笑った。

冗談が好きなのだろう。

雰囲気が和らいできた感じがする。

「そちらの使者殿は如何です?」

ブリジットは聞いた。

「槍とか教わってます?」

「ハハハ、冗談きついな」

ウツボはビールを呑みながら言った。

「こちらも何とかあやしてるよ。君らに教わった通り出資者になってもらってから、大分落ち着いた」

「それは何よりです」

ブリジットはうなずく。


エリンとアルバはこまめに情報交換をしていた。

友好関係を築くためでもあるが、そうやってお互いに助け合っている。

そのお陰か、関係者間は、大分友好的になってきている。

ウツボたちが朗らかなのにはそうした理由がある。

(ま、ウィルヘルムありきの関係だけどな…)

ブリジットは思った。


「茶葉のお陰で積み荷の量が安定してきた」

「あったり無かったりだと、赤字になりますもんね」

「そう、足がでる」

ウツボはビールを煽った。

「これまでは色んな伝手を使って荷をかき集めてきたよ」

「船の数が過剰気味でしたからね」

「ちょっとずつ好転してきたのはありがたい」

アルバの女が初めて口を開いた。

「リュサイは我らの船の副長だ」

ウツボが紹介した。

リュサイはゲール語で「光」を意味する。

ラ・ティエーン語でいうルキアだ。

「リュサイ・リーです」

リュサイは会釈した。

リーは「森の中の開けた場所」という意味。

先祖は森の中に住んでいたようだ。

「あんたも光か、私のミドルネームもルキアで光を意味するんだ」

ブリジットはなんとなく親近感を覚えた。

「そうですか、光栄です」

リュサイは少し緊張しているようだった。

「ハハハ、有名な“船上のルキア”殿に会えて緊張してるのですよ」

ウツボは笑いながら説明した。

余談だが、連れの男2人はジョックとドナルドという。

アルバではありふれた名前だ。

しばらく話をしてから、ウツボたちと別れた。



茶葉の荷積みはエルベの港の労働者がやってくれたが、ブリジットたちは何もしなくていい訳ではない。

港岸局の役人に書類を渡したり、倉庫に船荷証を渡したり、積み荷が間違いないか確認したり、荷の積み方をチェックしたり、やることは沢山ある。

それらをこなしつつも、ブリジットたちは結局、荷積みを手伝っていた。


茶葉は木箱に入れられている。

木箱の中の茶葉は紙で包装されているらしい。

らしい、というのは、輸送担当のブリジットたちは木箱の中身を見る機会がないからだ。

茶葉は産地のニブルランドから海路・陸路ではるばる帝国まで輸送されるが、通気性が悪いと茶葉が痛むため木箱を使用していると言う。

木箱は湿気らないよう漆の塗装がなされている。


電動クレーンで木箱を吊って、ヤードから甲板へ降ろす。

甲板では労働者たちが待ち構えていて、降ろした木箱を貨物室へと運んでゆく。

モリグナは貨物輸送船ではないので、直接貨物室へ荷を落ろす構造にはなってなかった。


エリン人は皆、バカだ。

やらなくても良い事をやってる。

そんな空気があったが、しかし、こうやって一緒に働くからこそ労働者と目線を同じくできる。

ブリジットは大氏族長の娘だが、その立場に胡座をかいたりしてこなかった。

船団員と同じように寝起きし、同じ物を食べ、同じように船に乗って働いてきた。

だから、船団員たちはブリジットと意思を同じくしている。

(ま、とは言っても、皆よりは楽させてもらったけどな…)

ブリジットは心の中でそうつぶやいた。

(その分、皆には色々と還元してゆきたい)

海軍だから仕事はキツイかもしれないが、給料は保証する。働いた分だけ払う。

宿舎、食堂、保険の完備、給料の一部を積み立てする。

などなど、待遇や福利厚生を充実させてゆきたい。

ディアミドが既に着手し始めている。


こうした考えはブリジットだけでなく、ウツボたちも同じようだった。

アルバの船員たちも、貴族じみた考え方は持っていない。


つまり働くのは下々の者。

貴族様は働かない、何もしないのが良い。


ブリジットが最も嫌いな考え方だ。


「君達は頭が悪いらしい」

声がした。

気付くと、ウツボが立っていて、ニヤニヤしていた。

エリン船の乗組員が金にもならない労働をしているのを見かけて、やってきたらしい。

「笑いたければ…」

「実は、我々も頭が悪いんだ」

ブリジットがバカにされたのかと思って言おうとしたが、ウツボは自嘲気味に笑った。

そして、木箱を持ち上げた。

手慣れている。

日常的にやってる動きだ。

「ふん、そんな事を言いにきたのかい?」

ブリジットは荷を積む手を止めて、ウツボの相手をする。

「はい積みの仕方だが、もっと積み方を考えないと積み荷効率が悪い」

「しかし、荷崩れする事を考えたら規定の積み方じゃないと」

ウツボが何やら提案してきたが、ブリジットは答えた。

はい積みは簡単に言うと、荷の積み方だ。

先人達が経験を通して編み出した積み方だ。

荷崩れしない積み方と荷の数を一定にする積み方を両立している。

「確かにそうだ。だが、我々はちょっとしたアイディアを持ってる」

「ふーん、それ教えてくるっていうこと?」

ブリジットは興味を持ったようだった。

「まあ、そういうことだ」

ウツボはうなずいた。


ウツボが持っているアイディアとは、荷積みスペースに鉄の枠組みを置くことだった。

確かに木枠に荷物を積むというやり方はある。

しかし、船のスペースに鉄枠を置いて荷をギチギチに積むなどと言うやり方は前代未聞だ。


「将来的には鉄のコンテナにして、クレーンで積み込むのがいいだろうな」

ウツボは言った。

「じゃあもっとパワーのあるクレーンにしないとね」

「ああ、そうだな」

ブリジットが言うと、ウツボはうなずいて、

「今のうちに参画しとけば分け前があるぞ」

冗談を飛ばした。



「新たな考えを実行する、まあそうやって少しずつ物事が良くなってゆくんだろうな」

「やりたくないんですかい?」

ダブリンが聞いた。

「いや……ああ、うん、いや」

ブリジットは煮え切らない。


「アホですか」

コルムが言った。

「やらないより、やった方がいいに決まってるじゃないですか」

「おまい、随分と変わったよな」

「なに言ってんですか、一度に積み込める荷数が増えれば輸送費が安くなるんですぜ?」

コルムは麦茶を一口飲む。


船団本部に戻ってきていた。

茶葉はアルスターの港の倉庫へ入庫し、荷主が取りに来るのを待っている。

一両日中に出庫し、陸路でウィルヘルムへ輸送されるだろう。


鉄枠については船団本部で議題にされ、次にウシュネッハの幹部会議で議題にされた。

「アルバと協調路線で」

という結論になった。

(要はアルバにやらせて自分たちは完成したものを使いたい、ということか)

ブリジットはイラッとしたが、「いつもの事だ」と考えないようにした。


「既に契約済みの茶葉の輸送がまとまった数量になるので、上がりも期待できます」

ブリジットは収支報告をした。

「この儲けなら出資者に分配する配当金、返却する出資金を捻出するのは可能ですね」


出資者は出資金を出して終わりではなく、期限が来たら返却するというやり方をしている。

そうでもなければ金を出す訳がない。

返却は当然の話で、そこへ更に商売で出た儲けを分配して配当金とする。

船団は厳しく出資金の管理をしなければならない。


ウィルヘルムやエリンの有力者が出資金を出す。

集まった金を運転資金として、商品を買い、経費を払う。

商品に儲けを上乗せして販売する。

販売価格から原価と経費を引いた額が「儲け」だ。

実際には儲けの額は希望額になるので、「原価+経費+儲け」が「販売価格」になる。


儲けはそのまま自由にできる訳ではない。

次の買い付け資金、急な出資金の返却のための金、配当金を引かなければならない。


次の買い付け資金は商売を継続してゆくためには絶対に必要なもの。


出資金は1年の期限で返却する。

ほとんどの出資者は一端返してもらったことにはするが、実際には引き続き出資する。

同額出資が多い。

出資額を減らしたい場合は差額を返却する。


そして配当金。

出資額に応じた配当を出資者へ渡す。

配当金は定期的に発生する。

とりあえず半年間に出た儲けを分配することにしていた。


それらを引いた後に残る金が自由に使える金だ。

恐らくいくらもない。


こうした金のバランスを保たないといけないのが面倒と言えば面倒だったが、ディアミドと事務局が頑張っているので、それについては問題なかった。


「出資者が全員、出資金を引き上げたら、たちまち破産だな」

ブリジットが肩をすくめた。

「エリン幹部会議も出資者になっているから、その配当金と出資金を当てればいいのです」

ディアミドが言った。

「幹部方には悪いですがね」

「ふん、幹部なんだから当然だよ」

ブリジットは鼻を鳴らした。

それにフロストランドへ支払う研修費やら設備設置費用なんかも捻出しないといけないから、幹部会議の配当金は一銭も懐には入らない予定だ。

これにグリフィス殿をはじめとする幾人かの有志が費用を出すので、少しは助かっている。

「しかし、商売ってのはなかなか大変だなぁ」

ブリジットは頭を抱えた。

「世の中の商人ってのは守銭奴だとばかり思ってたけど、儲けを出さないと首くくらないといけなくなんのな」

「まあ、我々は邦の組織ですから、そこまでの責任はないですよ」

コルムが言った。

「そっか」

ブリジットは少し安心したようだった。

「つーかさ、ないとは思うけど、扱い量が減っちゃった場合は?」

「扱い量が減れば儲けが減ります。

 儲けがなければ配当金が減って、出資金を引き上げる出資者が続出するでしょう」

「あー、これっぽっちしかもらえねーのかい!ってなんのかな」

「そういうことです」

ディアミドがうなずいた。

「求心力を失ったら終わりです」

「ふーん、なかなか難しいもんだなぁ」

ブリジットは椅子に背を預けた。

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