第9話

3-2


エリン、アルバ、クリントの3邦は、ウィルヘルムを中心としたシルリング王国に属している。

シルリング王国にはその他にも、メルクやビフレストなどのように都市単位所属の所もあるが、そうした場所は辺境や田舎としての認識だ。

ウィルヘルム、クリント、アルバ、エリンの4邦が開けた土地とされる。

それだけ重要なメンバーである。

エリン、アルバが協力体制を結び、さらにフロストランドとつながって行くなどというのは、ウィルヘルムが許す訳はない。


「お前が言う通り、相手におんぶに抱っこでは計画倒れだな」

リアムが唸っている。

「それに、連合と言ったか、幹部間でも同じ発想はあったんだ」

「へえ、それじゃあ…」

ブリジットが言いかけると、

「いや、それはムリだ」

リアムは断言した。

「王国が分裂しかねない」

「……別にいいんじゃないの? ネチネチ文句ばっか言ってくる王国とか分裂しちゃっても」

ブリジットは口を尖らせる。

「バカを言うな。我らは王国の一部を担う重要な土地だぞ」

リアムは腕組みをして目を閉じた。

こうなるとテコでも動かない。

(……頭、固ってぇなぁ)

ブリジットは思ったが、口にはしなかった。

しかし、顔に出ている。

「言いたい事は分るが、ダメだ」

リアムは頭を振った。



「くっそー、父上のヤツ、頭固すぎんだろ」

ブリジットは癇癪を起こし、麻袋をぶっこ抜きジャーマンで投げた。


「おじょ…ぐわーっ!?」


駆け寄ってきたダブリンが麻袋を喰らってぶっ倒れた。

激突のショックで破れた袋から、麦がこぼれ落ちている。

「お嬢っていうな」

「す、すいやせん…」

ダブリンは倒れながらもお約束のセリフを言った。


「女の子がこんなモン投げちゃダメですぜ」

「うるせー」

「てか、アルバと協力すんなら、フロストランドとの方がまだ良いんじゃね?」

ダブリンは肩をすくめる。

「順序ってもんがあんだよ。

 いや、父上たち幹部の要望か。

 でもアルバと協力するってことは、その延長線上にフロストランドとの協調路線があんだよ。

 ウィルヘルムとの関係が希薄になってゆくってことだからな。

 父上たちはウィルヘルムとは関係を維持したままで、フロストランドから利益だけ掠め取りたいんだ」

「あー、奥さんと関係を維持したまま、新しい女も欲しいってヤツですか」

ダブリンが分りやすい表現に変換すると、

「下世話な言い方だな」

ブリジットはジロリと見やってから、

「だが、概ね正しい表現だ」

「えへへ」

「褒めてねえし!」

ブリジットはやり場のない怒りを堪えて言った。

「てか父上のヤツ、ブレブレじゃねーか! 連合までやれよ!」

「いやー、協力と連合はまた違うんじゃないですかね」

「いーんだよ、どーせフロストランドとくっついた方が利益がでんだからよ。ウィルヘルムがナンボのもんじゃい、北方諸国と連合しろし!」

ブリジットはぶっちゃけた。

「いや、そういうのは思っても言っちゃダメですぜ」

ダブリンはジト目。


「まあ、いいや」

ブリジットは30分くらいしてからやっと冷静になった。

その間、ずっと麻袋に当たり散らしてたのだから、エリン中の人々がブリジットの事を「変人」、「お転婆の極地」「じゃじゃ馬の女王」と評しても仕方がない。

「まずはアルバだな。

 結局、アイツらも利益ガッポガッポなら文句ねーだろ? ああん?

 そーゆーアイディア出せばいいんだろーがよ!」

「はあ」

ダブリンはため息。

「なんつーか「暴れ」と「有能」を行ったり来たりすんのやめてもらえます?」

「あー、煩いな、エリンに利益もたらしゃいいだろうがよ」

ブリジットは、ダブリンに閂固めを掛けた。

「イダダダダッ!」

ダブリンは痛みに呻いた。

「やめてくださいよ」

「このまま連行してやるぞい」

ブリジットは悪ノリして、ドアを出た。


「ん?」

次の瞬間、畳の部屋に出る。

「イダダダ、あれ? どこだここ?」

ダブリンが驚いてキョトンとしている。

「なんで、お前もいんだよ?」

「なんでってお嬢が連れてきたんでしょうが」

ダブリンは関節を決められたので、逃れようがなかった。


「ん? なんじゃ、今日は2人かい」

気付くと、黄太郎が後ろに立っていた。

「いや、別に連れてくるつもりなかったんだけどな…」

ブリジットはポリポリと頭を掻いた。

「いや、このジジイなんです? てかどこなのここ!?」

ダブリンは、徐々に現実が分ってきたのか、騒ぎ始める。

「こら騒ぐな!」

ブリジットが言った。

「騒ぐと、テレビ様に食われて一生箱の中で暮らさなならんくなるぞ」

「はあ?! なにそれ怖い!?」

「ウソを言うんじゃない」

黄太郎が突っ込んだ。


「コイツは部下のダブリン」

「こんちは」

ブリジットが言うと、ダブリンは力なく挨拶。

初めて来た場所なのでオドオドしている。

「よく来なさった。あんたもエリン人なのかの?」

黄太郎は興味津々で聞いてくる。

「はあ、まあ、一応」

ダブリンはかしこまっている。

『おじいちゃん、だからアイルランド語じゃわかんないって』

藍子が文句を言った。

皆にお茶を淹れている。

『お、すまん、つい熱が入ってしまっての』

黄太郎は頭を掻いた。

『アイルランド語じゃなくてゲール語だ』

ブリジットが訂正した。

英語で話し出したので、ダブリンは困惑した。

「お嬢、その言葉分んねッス」

「お前は黙ってろ」

「ひでえ」

「てか、いつそんな言葉ならったんスか?」

「フロストランドだよ、お前も研修してただろ。あたしは留学扱いだったけど」

「へー、そんなことしてたんですね」

ブリジットが早口で説明すると、ダブリンは納得した。

『おじいちゃん、ゲール語ってなに?』

藍子は首を傾げてる。

『ゲール語(Gaelic)は、インド・ヨーロッパ語族ケルト語派に属する言語じゃ。

 古くはゴイデル語 (Goidelic) とも言った。

 古アイルランド語でゲール語の話者(ゲール族、ゴイデル人)を指す「Goidel」に由来する。

 アイルランド語では「Gaeilge」、スコットランド・ゲール語では「Gàidhlig」、マン島語では「Gaelg」という』

黄太郎はすらすらと答えた。

『ほえー』

藍子はポカンとしている。


2人とも日本語で話していたので、ブリジットとダブリンには分らない。

「この人たち、どこの言葉でしゃべってるんです?」

「ニポンの言葉だろ」

ダブリンとブリジットは暇そうにしている。


『……という訳で、アルバとの友好に苦心してるんだ』

『アルバ……スコットランドか』

黄太郎が言い換えた。

『あれ? ラ・ティエーン語分るのかよ、ジジイ?』

ブリジットは驚いている。

『ラテン語ではゲール人を「スコティ」と言っとったそうじゃな』

『よく知ってんな、あたしらエリン人もアルバ人も皆一緒くたに「スコティ」だかんな、むかつくぜ』

ブリジットはプンスカと怒りながら言った。

『まあ、そういう国なんじゃろう』

黄太郎はブリジットの怒りをスルーしている。

『それにしても、ゴブリンの次はアルバか、忙しいヤツじゃのう』

『ほっとけ、ジジイ』

「あ、オレ分ったッス、お嬢の変なアイディアって、この人達から得てるんじゃないですか?」

ダブリンが何か閃いて叫んだ。

「あー、そうだよ! 別に秘密って訳じゃねーし! でも、お前らに言っても信じねーだろ!」

ブリジットは、ダブリンにアイアンクローを掛けた。

「イデデデデデッ」


『まあ、いつもの通りゆっくりしてゆくがいい』

黄太郎はなぜか王様のようなセリフ。

『いつもスンマヘンなぁ』

『なんのキャラだよ?』

ブリジットと藍子は仲が良い。


「納豆、食えよ、納豆!」

夕飯時。

ブリジットは納豆を出してきた。

勝手知ったるなんとやら、ということでダブリンに納豆を食わせようという腹だ。

「うわ、なんだ、この臭い!?」

ダブリンは臭いで拒否反応を起こした。

それでなくとも普段とは異なる食材と料理である。食欲が失せている。

箸も使えないので、フォークとスプーンを借りている。

『イジメんのやめなさいよ』

『なんだよ、人聞きの悪い。あたしは納豆の旨さを広めようとだなぁ…』

『納豆の伝道師かよ』

藍子が突っ込む。

『食べ物で遊ぶんじゃない』

黄太郎が言った。


『斡旋じゃな、交易をするならエリンがうまくとりまとめるのがいいんじゃないのかの』

黄太郎は意見を述べた。

『ほうひうほほ?』

ブリジットは納豆を頬張りながら聞いた。

既に納豆好きになっている。

『食べながらしゃべらないでよ』

藍子がたしなめる。

『どういうこと?』

『うむ、皆が皆、エリンやアルバのように船を持って海運・交易を行える訳じゃあるまい』

『まー、そうかな』

『交易をしたい内陸の連中の代わりに商品を斡旋してやる、その分の手間賃を取るのじゃ』

『なるほど』

『アルバが船を持っとるならば同じように斡旋業をさせたらいい。そのお膳立てをしてやればいいじゃろう』

『ふーん』

ブリジットは感心したようだった。

直接交易しか浮かばなかったが、黄太郎の言うような方法もあるのだろうな。

物事というのは考えようで変わる。

「ウィルヘルムは基本的に内陸の土地だ、ヤツらの欲しいものを買えるようにしてやれば……」

ブリジットがつぶやいたのを、

「……関係改善のきっかけになるかもしれませんね」

ダブリンが続けた。

「まあ、そういうこと」

黄太郎が締める。

『あー、またゲール語になってるー!』

藍子が叫んだ。



『つーか、ジジイ、なんでそんなに交易に詳しいんだ?』

ブリジットはお茶を飲みながら聞いた。

『ワシ、昔は商社マンじゃったからのう』

黄太郎はどこか遠い目をして答えた。

『その当時からアイルランド史を研究しとってな』

『ショーシャマンって何だ?』

ブリジットは頭の上に「?」マークを浮かべている。

『トレーダーだよね』

藍子が言い換えた。

『ああ、そういう仕事ね。完全に理解した』

ブリジットはよく分っていない。

『もうちょっと興味持ってくれんかのう?』

黄太郎が責めるように言った。

「あー、交易の専門家なんすね、このジイさん」

ダブリンがうなずいている。

英語が分らないダブリンのために、ブリジットが逐一通訳していた。

「んだんだ」

ブリジットは適当に流している。

「つか、おまいも英語覚えろよ」

「えー、オレ勉強苦手なんすよー」

ダブリンは露骨に嫌そうな顔。

「そのうち超重要な言葉になんだぞ?」

「はあ、食いっぱぐれなければ覚えてもいいかもッスね」

『なにゴチャゴチャ言ってんのよ?』

藍子がイラついてきて言った。

ゲール語が分らないので、疎外された気になるらしい。

『まあ、昔の話じゃよ』

黄太郎はそういって、茶をすすった。


その日は、ダブリンは黄太郎の部屋に泊った。

ブリジットはいつも通り、藍子の部屋に泊めてもらう。


『そういや、カップメン作った?』

『いやまだ』

藍子とブリジットは寝ながら話している。

『いっつも突然来て、突然帰るけど、誰か連れてくるとかないわー』

『わりい、なんかサブミッションかけたら連れてきちまったわ』

『あんたね、若い女の子が関節技とか掛けてんじゃないよ』

藍子はため息をついた。

『趣味レスリングとかないわー』

『レスリング愛好家は多いんだぞ』

『カバディと同じくらいないわ』

『なんだか分らんけど、それ引き合いに出すのはやめれ』

ブリジットは舌打ちした。

『戦場じゃ接近戦で組討ちができないと死ぬからな。剣や槍だけじゃ戦いきれないんだ』

『マジレスどうも』

藍子は言って、横になった。

すぐに寝息が聞こえてきた。

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