第8話

3-1


モーリアンを使って交易を開始した。

フロストランドより魚の缶詰、里芋、山芋を購入して他の地域へ売る。

他の地域より小麦粉、蕎麦粉、豆などを購入してフロストランドへ売る。

エリンを中心とした交易ルートが構築された。

そうすると、輸送目的で荷を預ける商人が現れ始める。

純粋な輸送業務だ。


フロストランドやメルクでは、既に輸送業を営む蒸気船が多く存在する。

加工工場や港の倉庫が発展してきたという下地があってのことだ。

市場が活発化している証拠だ。

ブリジットは、それを真似ているのだった。


エリンでも、アルスターの港にも倉庫を増設している。

大氏族長の方針だ。


運んできた物資を倉庫で保管する。

出入庫料、保管料を取る。

倉庫で荷役夫を雇うので雇用対策にもなる。

基本、良い事ずくめだ。


「アルバから?」

ブリジットが聞いた。

「そうだ」

リアムはうなずいて、

「アルバも我らと同じように交易に力を入れてきている。どうせなら一緒にやろうじゃないか、ということらしいな」

フンと鼻を鳴らした。

言葉通りには捉えていない様子だ。

「胡散臭い申し出だね」

ブリジットはストレートに言った。

「そうだな、だが悪い申し出じゃない。こっちにも利益はあるしな」

リアムは言った。

自分の意見は薄い代わり、周囲を取り巻く状況分析は得意なようだ。

「だけどさあ、うちらがどう思うかねぇ」

ブリジットは渋っている。

エリンとアルバは昔から共存してきたが、特段仲が良いという訳ではない。

エリンの住人たちはどう思うか。

得られる利益が倍増するならいいが、利益が減ると考えるのではないか。

それに、アルバの連中だって似たようなもんだろう。

一緒にやっても協力できるのは最初だけ。

すぐに利害が一致しなくなって仲間割れするのがオチだ。

「とにかく、うまく行けば旨みがあってガッポガッポのウハウハになるだろ」

リアムは何も考えてない。

「……まあ、やるだけやってみるか」

ブリジットは言ってみたが、失敗する前提である。



船団拠点に帰って、コルム、ディアミドにこの話をした。

「……チッ、アルバのヤツらと仲良くなんかできる訳ないですぜ」

コルムが舌打ちする。

「同感ですな、あいつらと上手くやるなんてムリですぞ」

ディアミドも頭を振っている。

「だよなー」

ブリジットはため息をついた。


そもそも歴史を紐解けば、最初にちょっかいを掛けたのはエリンだ。

エリンの海賊は有名だ。

アルバとエリンは何度も戦ってきた。


「しかし、アルバがまったくの被害者とは言えんだろ」

ディアミドがブツクサ言っている。

「エリンだって被害を受けてる」

コルムが同意した。

「オレのひいジイちゃんがアルバとの戦いで戦死したって聞きました」

ダブリンが付け加えている。

「アルバとの戦いに関わってない身内を探す方が難しいぞ」

ディアミドが鼻を鳴らした。

「まあ、報復&報復で報復合戦が続いてるからなぁ」

ブリジットは、またもため息。

「言いたい事は分ります、お嬢」

「お嬢って言うな」

「でも、あいつらとは仲良くなんてムリですぜ」

コルムはジロリとブリジットを見る。

「同感」

「そうですぞ」

ダブリンとディアミドもうなずいた。

「だよなー」

ブリジットは言って、椅子に背を預けた。

匙を投げたともいう。


とは言っても、完全に投げてしまう訳にもいかず。

「ダメくさいと分っていても、やらにゃイカンのが宮仕えの辛いとこだな」

ブリジットは独り言。

「ま、協力体制を作るとこまではできるだろうな…」


問題はその後だ。

エリンもアルバも相手を当てにして怠ける、ズルする、でも自分の取り分だけは主張するってのが目に見えている。

双方とも自分の利益だけしか見えないに決まってるのだ。

そんな協力体制は崩壊するに決まってる。


それを避けて上手く協力体制を軌道に乗せるには……。


「オレはイヤですぜ」

「オレも」

コルムとダブリンはそっぽを向いた。

「私も気が進みませぬな」

ディアミドも肩をすくめる。

「……皆、非協力的だな」

ブリジットは、ぷぅっと頬を膨らませた。

が、

「そんな顔してもダメですぜ」

「んだんだ」

「ふん」

3人は欺されない。

「くっそ、3人はどんな集まりだよ、こらぁっ!」

ブリジットはヤケクソになって怒鳴った。



そんな状態でアルバとの会談の席に着く訳だから、雰囲気は最悪だ。

双方の代表は表面こそ友好的だが、腹の底では先ほどのコルムたちと同じ意見だ。

もちろん、アルバ側も。

ちょっとしたことで取り繕った仮面が剥がれ落ちる。


「両者の代表がここに集った、これは歴史的な快挙だ」

「そうですな、ハッハッハッ」

「お互いの未来のために協力いたしましょうぞ」

「ですなぁ」

談笑から始まったが、

「エリンには“点滴石を穿つ”という言葉があります。何事も継続し続ければ成果が出るものです」

エリン側の者が何の気なしに言ったところ、

「……それは我々を軽んじているのか?」

アルバ側の者が反応してしまった。

アルバは石灰の産出邦である。

普通ならスルーするところだが、エリンの者に言われてカチンと来たらしい。

「我々を穿つ気かね」

「いえ、とんでもない。気を悪くされたら申し訳ありませぬ」

「失言でござる、平にご容赦を」

エリンの者が一斉に謝ったので、

「……失礼、我らも少し大人げなかった。忘れてくだされ」

アルバ側も冷静さを取り戻した。

「なあに“雨の後には晴れが来る”ものです」

アルバの者が笑い飛ばそうとしたが、

「エリンは水に縁が深い」

今度はエリンの者がむっとして、機嫌を損ねた。

「……」

「……」

どちらも無言になってしまう。

(アチャー)

同席していたブリジットは頭を抱えた。

一回目の会談は不調に終わった。


「やっぱりね」

「ほら、言わんこっちゃない」

ダブリンとコルムが口を揃えて言った。

「なんだよ、2人とも練習でもしてきたのか?」

ブリジットは悪態をついた。

そういう気分だ。

ブリジットも2人が言いたいことはよく分ってる。

しかし。

自分でもいまいちハッキリとは表現できないが、これを乗り越えなければいけないような気がするのだ。


「チッ、こうなるのは分ってた。でも、めげずに続けていけば……」

ブリジットは言いかけたが、

「いや、こんな面倒臭いこと続きませんよ」

ダブリンが否定した。

「まあ、そう言うなし」

ブリジットは不機嫌になりつつも食い下がった。

「お嬢、なんだってそんなにヤツらと協力したがるんです?」

コルムが聞いた。

「ウィルヘルムだ。てかお嬢っていうな」

ブリジットは答えた。

「メルク戦以来、エリンはウィルヘルムとの関係がこじれてる。それはアルバも同じだ」

「ふん、日和見な態度でしたからな」

ディアミドは鼻を鳴らす。

彼は当時、参戦派だったようである。

「今更ではあるが、ウィルヘルムに協力してメルクを蹴散らしていれば、今頃瀝青も入手しやすくなったでしょうな」

「だけど、フロストランドから圧力が来ていただろう」

ブリジットは言った。

「究極の選択。ウィルヘルムとフロストランド、どっちかの機嫌を損ねた方がマシか?」

「うーん、ウィルヘルム?」

ダブリンが答えた。

自分で考えた結果ではなく、ブリジットの顔色を読んでいるだけである。

「そうだ、ウィルヘルムは機嫌を損ねても金属船を差し向けてきたりはしない。マスケットを装備した兵隊を突撃させてきたりもしない」

「……では、フロストランドの機嫌を取るしかなかったと?」

ディアミドが若干冷静さを取り戻した様子で、言う。

「うん、そういうこと。

 言い換えれば、ウィルヘルムに嫌がらせされてる程度で済んでるんだ」

「ふむ、興味深いですな」

ディアミドはうなずき、そして言った。

「ところで、アルバも同じようにウィルヘルムから嫌がらせをされているのでは?」

「かもな」

ブリジットがちょっと驚いた顔で、ディアミドを見た。

「てことは、エリンとアルバは同じ立場なのかな」

「もしかしたら、それを活用できるかも」

ディアミドは案を出した。

「心情的にはアルバと仲良くするのには抵抗はありますが、ウィルヘルムを共通の敵として認識すれば協力体制を構築する事も可能でしょうなぁ。

 それから、フロストランドやビフレスト等とも協力体制を作れば…」

「連合か…」

ブリジットは声を潜めた。

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