第5話
2-2
色々と話をした。
あまり長居する訳にもいかず、翌朝にメロウの町を後にする。
「元気でな」
「そっちもな」
ヴァルトルーデと挨拶を交わし、ブリジットは船に戻った。
「もしまたあっちの世界に行ったら、慎重に行動しろ」
とヴァルトルーデは言っていた。
ブリジッドにはよく理解できなかったが、巴や静と出会っても知らない振りをしないといけないということらしい。
……いや、相手はこちらを知る前だったりするかもしれないのか。
ややこしい。
面倒くせえ。
ブリジットは考えるのをやめた。
*
「お嬢!」
ダブリンが船長室へ飛び込んでくる。
「なんだ、騒々しいな。てか船長って言え」
ブリジットがしかめっ面をする。
「フロストランドの船がっ!」
ダブリンが言った通り、交差するハンマーに盾のマークが描かれた船が接近してきていた。
フロストランド所属船だ。
「くっそ、何の用だ?」
ブリジットは悪態をついた。
行きは何もなかったのに、帰りに絡んでくるとは。
完全に油断していた。
『こちらはエリン所属船だ、貴船の来意を伺いたい』
手旗信号を使って通信を試みる。
『近隣海域で海賊が出没した、調査に協力願いたい』
フロストランド船が返信してくる。
「……どうしやす?」
ダブリンが聞いてくる。
「受けるしかないだろ」
ブリジットは言った。
「ご協力感謝します」
フロストランド船からボートがやってきて、ゴブリン兵が乗船してきた。
「いえ、当然のことです」
ブリジットは答えた。
「率直に言います。
エリン船は以前、沿岸集落を略奪し、住民を殺害したことがありますね?」
「それについては申し訳なく思っている」
ブリジットは素知らぬふりをした。
ここで自分達がやったと申告してもこじれるだけだ。
「一部の不心得者たちが海賊行為をしていたようだ。だが、我々は貴国とは友好関係にあると思っている」
あくまでも海賊行為を働いたのは一部のアホども、ということになっている。
エリン本体はフロストランドには敵意はない。
エリンの公式見解だ。
「我々はすぐには信じられない」
ゴブリン兵の指揮官らしき者は言った。
「しっかり調査をさせてもらいたいですな」
……嫌がらせか。
ブリジットは冷や汗をかいていた。
質が悪い。
このまま航行の妨害をして足止めを喰らわすつもりらしかった。
ゴブリン族は、建前上は雪姫勢力から独立している軍隊だ。
雪姫勢力とは協力体制にあるが、指揮系統は別物だ。
スネグーラチカに苦情を入れても役に立たない可能性が高い。
「もちろん、協力は惜しみません」
ブリジットはこの申し出を受けるしかなかった。
「ご自由に見て回ってくださって結構ですよ」
「協力感謝します」
ゴブリン兵の指揮官はニコリともせずに言った。
……まずいな。
ブリジットは思った。
立ち往生だ。
食糧などの物資だって無限ではない。
いつまで引き留められるのか分らないが、エリン兵も大人しくしているヤツばかりじゃない。
下手をすると戦いになるかもしれない。
*
エリン船団はフロストランドの沿岸を荒らした。
被害を受けたアールヴたちはエリン船に対して恨みを持っている。
このエリアを仕切っているゴブリン族もアールヴたちと気持ちを同じくしている。
ゴブリン軍が金属船を動かしてきたのは、住民たるアールヴたちに対するアピールと言える。
ゴブリン海兵が操る船は「グレムリン」と呼ばれている。
グレムリン。
ゴブリンたちに伝わる想像上の生き物。
妖精だか精霊だか分らないのだが、いずれにしてもブリジットは見たことはない。
エリンのモリグナと似たようなものなのだろう。
「あ~~~ッ!」
ブリジットは頭を抱えた。
足止めを食ったら、食糧がなくなってしまうかもしれない。
そうでなくても、ちょくちょく寄港して買い付けているくらいだ。
モーリアン1隻を動かすにも50人からの兵士が必要だ。
ソイツらが食べる食事の量。
保存食がいくらあっても足りない。
「缶詰…」
ブリジットはつぶやく。
食糧はあるにはある。
しかし、買ってきた缶詰に手をつけてしまったら、何のためにメロウの町へ行ったのか分らなくなる。
大氏族長にもなんと申し開きしたらいいか。
「うー、困った」
「んがー」
ブリジットが言うと、ダブリンが妙な声を出す。
「なんだそれ?」
「いや、なんか言わなならん気がして…」
「はあ…」
ブリジットはため息をついた。
「疲れた、もう休む」
「ウィース」
ダブリンの気の抜けた返事を背に、ブリジットは船長室へ扉を開けた。
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