第4話

2-1


ブリジットは大氏族長のリアムに報告をしに来ていた。

「ディアミドが訓練に顔を見せるようになったよ」

ブリジットは言った。

ディアミドは、エリンが持つ3隻の金属船、モーリアン、ヴァハ、バズヴのうち、バズヴの船長である。

ディアミドは歩兵隊出身のため、畑違いの船乗りには馴染まない様子であったが、ブリジットのパフォーマンスのお陰で改善が見られたのだった。

「うむ、その調子で頼む」

リアムは言ったが、浮かない顔である。

「父上、なにか心配事でも?」

ブリジットは率直に聞いた。

「お前に話しても仕方ないが、ウィルヘルムとの関係が上手くいってないのだ」

リアムはため息をつく。


ウィルヘルムは最近起きたメルクとの戦いで、エリンとアルバが参加せず静観した件について文句を言って来ている。

ウィルヘルムと不仲になれば色々と問題が生じてくるが、最も問題があるのは瀝青だ。

エリンはウィルヘルムより瀝青を購入している。

瀝青は船を多く使用する民族であるエリン人にとっては必要な物資だ。

この瀝青が入手困難になってくる可能性がある。

「またメルクから買えばいいんじゃないの?」

ブリジットは気楽に言ったが、

「一度、メルクからウィルヘルムへ変えた経緯があるからな。またメルクへ戻すとこちらが頭を下げて頼まなければならないだろ」

リアムはしかめっ面をした。

「なんだい、頭を下げたくないだけじゃん」

ブリジットは呆れた。

「いや、邦と邦の関係ではそう簡単に頭を下げれないのだ」

リアムは真面目腐って主張する。

「一度頭を下げてお願いしてしまうと、それ以後の関係が不利になる」

「そんなもんかねぇ」

ブリジットは信じてない。


もちろん、この場で有効な答えが出てくる訳がなく、報告は終わりになった。



ディーゴン船団はしばらく訓練に明け暮れていた。

ディアミドはあれから毎回顔を見せるようになり、むしろブリジットたちより熱心であった。

歩兵隊ではみっちり訓練をしてきたらしい。

厳しく訓練を行って、船団員の統率に貢献していた。


それからディアミドは港の倉庫を借りた。

酒場を根城にしているのを、倉庫に事務所を開設するように変更したのだった。

この辺は事務経験が生きている。

歩兵隊の伝手で事務員を調達、デスクワークに従事させた。

倉庫のスペースを仕切って部屋にし、船団員を寝泊まりさせた。

投資金額は高いが、長い目で見れば酒場を使っているより、安くつくはずである。


ブリジットは、ディアミドに自由にやらせた。

その方が利益が大きいと思ったからである。


そのお陰で、予算・収支管理、給金の管理、大氏族長への収支報告などをしっかり行えるようになった。

ブリジットたち船団員の多くは勘定が苦手で、この辺は弱点であった。

さらにディアミドは歩兵隊へのパイプを使って有望そうな兵士を引き抜いた。


「これからは海軍が発展する」

大氏族長を始めとする幹部らはそう考えている。

その要望に沿った行為である。


しばらくして、ブリジットはリアムに呼び出された。

「前回はああ言ったが、メルクとの関係も良くしたい」

リアムは少し恥ずかしそうにしている。

あれから幹部たちとの会議を重ねており、そういった結論へ至ったのである。

「どうせなら、フロストランドとも関係を良くしたい」

「船で行って来いってこと?」

ブリジットが聞くと、

「そうだ」

リアムはうなずいた。

「すげー時間が掛かりそう」

「いきなりメルクへ行けということじゃない、まずはフロストランドだ」

リアムは言った。

「フロストランドもメルクもボーグが代表者で、彼女らは仲が良いと聞く」

「あー、そうだね」

ブリジットはうなずいた。

自身が留学と称してフロストランドにいた時に、そういう話を聞いた事がある。

「スネグーラチカとアナスタシアは結構仲が良いらしいよ」

「なら、フロストランドと仲良くなっておけば、メルクとの関係をよくするのに役立つだろう?」

「あー、そういうこと」

ブリジットは納得した。


A君とB君が仲が良い。

この二人と仲良くしたいなら、先にA君かB君、どちらかと仲良くなればいい。

……ということか。


そう上手くいくかな?

と思わなくはないが、大氏族長の命令ならば従わない訳にはいかない。


「分りました」

ブリジットは言って、退出。

港のあるアルスターからウシュネッハまで来るのは面倒だが、蒸気車を導入することで時間短縮をしていた。

エリンでもボイラーが普及してきており、それに伴って蒸気車が走り始めている。

船団でも専用車を購入して、ウシュネッハへの移動用に使っていた。

運転手はダブリンという船団員だ。

コリンと一緒にフロストランドで研修を受けている。

「鉄道があればな…」

ブリジットは帰路の中、言った。

「あれ、便利ッスよね」

ダブリンは答える。

「いずれエリンにも欲しいね」

「どんだけ金、かかるか分りませんぜ」

「金は作ればいいんだ、エリンにも売れるもんはあんだろ?」

ブリジットは座席にもたれて、だらけている。

「魚とかッスかね?」

ダブリンは適当に答えた。

「生ものは加工しないとなぁ」

「缶詰工場とか」

「今からじゃ、フロストランドに敵わないだろ」

ブリジットは思い起こしている。

最北のメロウの町では海産物の加工が盛んで、ブリジットも前回缶詰を購入している。

今では、ビフレストなどの周辺都市が缶詰をかなり買っているらしい。

「じゃあ、フロストランドから買ってそれをまた売ればいいんじゃないですか?」

「セコイな」

ブリジットは苦笑している。

「でも、いいかもな」

フロストランドの弱点は他の地域から遠いことにある。

エリンならアルバ、クリント、ウィルヘルムはもちろん、その他の地域へも行くのが近い。

「父上に言ってみるか、引き返すぞ!」

「えっ!?」

ダブリンは驚いている。



フロストランドから物を買うのは関係をよくする事につながる。

缶詰を買えば食糧備蓄にもなる。

転売すれば利益も出る。


リアムの許可を取り付けて、ブリジットはモーリアンでフロストランドへ向かった。

途中、ゴブリン族の土地は避け、さっさと通り抜けていく。

以前、自分達が荒らした事があるので恨まれている可能性があるからだった。

一応礼儀として武装の照準を外し、エリン旗を掲げている。

フロストランドの研修で学んだことだ。


ゴブリン族の土地にも港があり、そこに金属船が常駐しているが、エリンの船に絡んでくる事はなかった。

ジャンヌの教育により航海法を叩き込まれていたからだった。

領海といえども通過は可能だ。

そのためには所属を明らかにし、攻撃の意思がないことを示す必要がある。

モーリアンはそれを行っていた。


食糧は保存性の高い野菜の塩漬け、塩漬けの肉、小麦やオーツ麦などを積んでいる。

それからレモンを買い込んでいた。

船上ではビタミンが不足しがちになるので、野菜の塩漬けとレモンを用意していた。


三食全部に野菜の塩漬けとレモンがでる。

全乗組員に食べさせるので、すぐに在庫が底をつくのが難点だ。

従って、ゴブリン族の土地を過ぎたらすぐ港へ寄せて、野菜と果物を購入する。


メロウの町まではちょくちょくと寄港して食糧を購入した。


メロウの町へ着くと、すぐに港の管理局へエリンの船で缶詰の購入に来たと告げる。

商人を紹介してもらい、缶詰の購入を進めた。

フロストランドでは商人もアールヴで、人間の商人のような欺しがない。

その代わりかなり頑固だが、交渉についてはかなり安心できる。


「我々は購入した缶詰を他の地域へ販売することも視野に入れているが、問題ないか?」

ブリジットは正直に商人へ訪ねた。

「はあ、そうですか…」

メロウの商人はちょっと考えていたようだったが、

「まあ、あっしらの力の及ばない地域なら問題ないでしょう。むしろ、売り上げが上がるのなら歓迎です」

と肯定的に捉えたようだった。

これが人間の商人なら、こうはいかない。

転売に対する嫌悪感とでもいうのだろうか、自分が損した気分になるようだ。


缶詰を購入して、観光がてらメロウの町を見て回る。

これも仕事の内である。

ダブリンを連れている。

進んだ技術があれば取り入れることを考えるのだ。

単なる船団長ではなく、エリンの大氏族長の娘という立場だからこそである。


「あれ? ルキアじゃないか」

ブリジットが町並みを見て回っていると、声をかけられた。

「ヴァルトルーデ!?」

「こっちに来てたのか、久しぶりだな」

ヴァルトルーデは気さくに近寄ってきた。


「え、他の皆はいなくなったのか!?」

ブリジットは驚いていた。

町の食堂で昼食がてら話をしている。

「ああ、虚空に消えた」

ヴァルトルーデはうなだれる。

「何がどうなったのかよく分らない。スネグーラチカは闇のボーグの仕業だと言ってたが…」

ヴァルトルーデは起きたことをかいつまんで話した。

ちなみにヴァルトルーデは港湾荷役作業に使っている作業機械の調整に来ていた。

「残念だ」

ブリジットはため息。

巴とまた手合わせしたかったな、と思っていたのだ。


「ところで、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだが」

ブリジットは話題を変えた。

「この前、どこか分らない場所に行ったんだ」

「はあ? なんだそれは?」

ヴァルトルーデは怪訝な顔をしている。

「どう言って良いのか分らないんだが、つまり、あんたがこっちの世界に来たのと似ていると思う」

ブリジットは表現に苦労しているようだった。

「あんたがこっちに来たのとは逆に、私はあっちに行ったのかもしれない」

「……どういって良いか分らない」

ヴァルトルーデは困惑している。

「草でできた床が敷いてある建物で、ほぼ木造だったな。それからウドンの細いのを食べた」

「日本か」

「やはり知ってるんだな」

「多分、ルキアの考えてる通りだ」

ヴァルトルーデは言った。

「巴と静の故郷だな」

「じゃあ、二人に会えるかもしれないのか!」

「……いや、それはやめた方がいいかもしれない」

ヴァルトルーデはブリジットを見た。

「な、なんでだ!?」

「スネグーラチカが呼び寄せたのは9人。私とヤスミンの2人はアナスタシアが呼び寄せた。

 最近分ってきたことだが、どうも9人と私たち2人には時間的な隔たりがあるようなんだ」

「へ?」

ブリジットは理解できずに変な声を上げる。

「お前、分る?」

「オレに分る訳ないでしょ、お嬢が分らんのに」

ダブリンは端から理解を諦めている。

「ルキアは、巴と静がこっちに来る前の時間帯に行ってるかもしれない」

「ん? それって、まだ私の事を知らないかもしれないってことか?」

「そうだ」

ヴァルトルーデはうなずく。

「確たることは何も言えないが、時間がズレているとなると慎重に行動しなければならない。

 下手に関わると、私たちの関係に影響するからな」

「……はー、そんな面倒な事になってるんかー」

ブリジットはため息。

「何も分らない状態だからな、事情がハッキリしてきたらまた話は違うさ」

ヴァルトルーデは気休めを言った。

ブリジットがあまりにも困惑しているからだ。

「ま、いいや。また行けるとは限らないから」

「そうだといいな」

ヴァルトルーデは浮かない顔をしていた。

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