第3話

1-3


なぜ戻ってきたのか、よく分らない。

ブリジットは自分の身に起きたことが信じられないまま、元の生活に戻った。

一体、何だったのか。

夢を見ていたのだろうか。

あちらでは1日過ぎていたはずなのだが、戻ってきたらものの10分程度しか経っていないようだった。

時間の経過にズレが生じているのかもしれない。


ブリジットは大氏族長のリアムに呼び出された。

近況の報告をさせられるのだ。

「…ふーむ、ディアミドを入れたのは上手く行かなかったか」

リアムは腕組みをしている。

「それなんだけど、私に考えがあるんだ」

ブリジットは言った。



ブリジットは大氏族長のリアムにいって、ある物を入手させた。


フロストランドで作ってる魚の缶詰め。

ニシンの切り身を塩水に漬けて発酵させたもの。


アレクサンドラは結局、それを作っていたのだった。

皆には言わず秘密裡に作っていた。

一部の愛好家がドヴェルグたちの中にいて、静たちが居なくなった後も作り続けていた。

スネグーラチカは何度も摘発し、禁止してきたのだが、それでもなくならなかった。

仕方なくルールを定めて、製造を認めることにしたのだった。

その後、一応、珍味として国外にも知れるようになった。



製造工場の作業員たちは、かつての苦労を思い起こす度に歌うのだった。


♪臭いは旨い、臭いは旨い

♪発酵食品、微生物の力

♪栄養満点、国民に力


♪臭いは旨い、臭いは旨い

♪保存食品、夢の食品

♪長期保存、みんなの夢


♪でも、開ける時は外でねー



その名もシュールストレミング。


ブリジットは、パンパンに膨らんだ缶詰を目の前に置いていた。

発酵過程でガスが生じているのだった。


これを運んできた商人の話では、外か水中で開封するのがいいらしい。


「コルム、開封用意!」

「へい、お嬢」

ブリジットが言うと、コルムが缶切りを持ってスタンバイする。

「お嬢はよせ、開封!」

「へい!」


ぐわー!


阿鼻叫喚の大混乱になったのは言うまでもない。


「ウィスキーで洗って、パンに挟んだら何とか食べれるな」

ブリジットは色々試してみた後、定番の食べ方に落ち着いた。


「なんです!? この臭いは!?」

ディアミドが臭気に耐えかねて、一階へ降りてくる。

二階のディアミドの部屋にも臭気が届いていたようだ。

ちなみに酒場の従業員、船団員は既に外へ避難していた。

ブリジットとコルムだけが残っている。

「一体、何をしてるんです!?」

「フロストランドの珍味を食べていた」

ブリジットは答えた。

「はあ?」

「めっちゃ臭い魚の缶詰なんだが、食べるとそうでもない」

「いや、はた迷惑も大概にしてくださいよ」

ディアミドは呆れている。

ブリジットのお転婆具合はエリン中の人間が知っている事だ。

「ディアミド、私はあんたの事はよく知らなかった。いや、知ろうとしなかった」

ブリジットは構わず続けた。

「な、なにを言ってるのです?」

ディアミドは困惑した。

「叩き上げで古参の兵だったんだそうだな」

「え、まあ、そうなりますかな…」

「膝を負傷したそうだな」

「……」

ディアミドは一瞬、黙ってしまう。

「わざわざそんなことを言うために、こんな馬鹿げた真似を?」

が、むっとした様子で言った。

「これと同じだ」

ブリジットはパンに挟んだニシンの切り身を見た。

「え?」

「実際に食べて見ないで、聞いた話だけで判断してしまった。

 だから、わざわざ取り寄せてちゃんと食べて見た」

ブリジットはディアミドを真正面から見据えた。

「ディアミド、あんたと向き合ってゆくのも同じだ」

「……」

「船団員、いやエリンの者は皆、仲間であり家族だ」

「馬鹿馬鹿しい」

ディアミドはため息をついた。

「そんなデモンストレーションに感化される訳がない。

 失礼させてもらう」

そう言うと、ディアミドは二階へ戻って行った。


「……ダメだったか」

「いや、お嬢はよくやりましたよ(こんなクダラネェこと)」

「お嬢って言うな(クダラネェ言うな)」

ブリジットとコルムはいつものやり取り。



二階。

ディアミドは自室で麦茶を淹れていた。

麦茶はフロストランドから入ってきたもので、エリンでも流行している。

「ふん、小癪な娘だ」

ディアミドはつぶやいた。



「おらー、やろうどもー、今日もビシバシいくぞー」

ブリジットは、朝っぱらからデカい声を張り上げている。

「うぃーす」

船団員たちが返事した。


訓練。

ひたすら繰り返して、身体に動きを叩き込んで行く。

有事にはパニックになり、通常通りに動くのは難しい。

考えずに身体が反応するくらいにならないと実戦では通用しない。


「おらぁ、チンタラやってんじゃねーぞ!」

「うぃーす!」

ブリジットが檄を飛ばしたところで、

「ふん、ぬるいですぞ、船団長」

声がした。

ディアミドだった。

「あー!?」

「ディアミド船長!?」

ブリジットとコルムが目を丸くしている。

「私が歩兵隊に居た頃は、隊員を厳しく律したもんですぞ」

ディアミドはブチブチと文句を言っている。

「船団長!」

「あ、ハイ」

ブリジットは思わず返事する。

「私が船団に入ったからには、今以上に規律を叩き込んでゆきますぞ!」

「ああ、思いっきりやってくれ」

ブリジットはニヤリと笑った。

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