第3話
1-3
なぜ戻ってきたのか、よく分らない。
ブリジットは自分の身に起きたことが信じられないまま、元の生活に戻った。
一体、何だったのか。
夢を見ていたのだろうか。
あちらでは1日過ぎていたはずなのだが、戻ってきたらものの10分程度しか経っていないようだった。
時間の経過にズレが生じているのかもしれない。
ブリジットは大氏族長のリアムに呼び出された。
近況の報告をさせられるのだ。
「…ふーむ、ディアミドを入れたのは上手く行かなかったか」
リアムは腕組みをしている。
「それなんだけど、私に考えがあるんだ」
ブリジットは言った。
*
ブリジットは大氏族長のリアムにいって、ある物を入手させた。
フロストランドで作ってる魚の缶詰め。
ニシンの切り身を塩水に漬けて発酵させたもの。
アレクサンドラは結局、それを作っていたのだった。
皆には言わず秘密裡に作っていた。
一部の愛好家がドヴェルグたちの中にいて、静たちが居なくなった後も作り続けていた。
スネグーラチカは何度も摘発し、禁止してきたのだが、それでもなくならなかった。
仕方なくルールを定めて、製造を認めることにしたのだった。
その後、一応、珍味として国外にも知れるようになった。
製造工場の作業員たちは、かつての苦労を思い起こす度に歌うのだった。
♪臭いは旨い、臭いは旨い
♪発酵食品、微生物の力
♪栄養満点、国民に力
♪臭いは旨い、臭いは旨い
♪保存食品、夢の食品
♪長期保存、みんなの夢
♪でも、開ける時は外でねー
*
その名もシュールストレミング。
ブリジットは、パンパンに膨らんだ缶詰を目の前に置いていた。
発酵過程でガスが生じているのだった。
これを運んできた商人の話では、外か水中で開封するのがいいらしい。
「コルム、開封用意!」
「へい、お嬢」
ブリジットが言うと、コルムが缶切りを持ってスタンバイする。
「お嬢はよせ、開封!」
「へい!」
ぐわー!
阿鼻叫喚の大混乱になったのは言うまでもない。
「ウィスキーで洗って、パンに挟んだら何とか食べれるな」
ブリジットは色々試してみた後、定番の食べ方に落ち着いた。
「なんです!? この臭いは!?」
ディアミドが臭気に耐えかねて、一階へ降りてくる。
二階のディアミドの部屋にも臭気が届いていたようだ。
ちなみに酒場の従業員、船団員は既に外へ避難していた。
ブリジットとコルムだけが残っている。
「一体、何をしてるんです!?」
「フロストランドの珍味を食べていた」
ブリジットは答えた。
「はあ?」
「めっちゃ臭い魚の缶詰なんだが、食べるとそうでもない」
「いや、はた迷惑も大概にしてくださいよ」
ディアミドは呆れている。
ブリジットのお転婆具合はエリン中の人間が知っている事だ。
「ディアミド、私はあんたの事はよく知らなかった。いや、知ろうとしなかった」
ブリジットは構わず続けた。
「な、なにを言ってるのです?」
ディアミドは困惑した。
「叩き上げで古参の兵だったんだそうだな」
「え、まあ、そうなりますかな…」
「膝を負傷したそうだな」
「……」
ディアミドは一瞬、黙ってしまう。
「わざわざそんなことを言うために、こんな馬鹿げた真似を?」
が、むっとした様子で言った。
「これと同じだ」
ブリジットはパンに挟んだニシンの切り身を見た。
「え?」
「実際に食べて見ないで、聞いた話だけで判断してしまった。
だから、わざわざ取り寄せてちゃんと食べて見た」
ブリジットはディアミドを真正面から見据えた。
「ディアミド、あんたと向き合ってゆくのも同じだ」
「……」
「船団員、いやエリンの者は皆、仲間であり家族だ」
「馬鹿馬鹿しい」
ディアミドはため息をついた。
「そんなデモンストレーションに感化される訳がない。
失礼させてもらう」
そう言うと、ディアミドは二階へ戻って行った。
「……ダメだったか」
「いや、お嬢はよくやりましたよ(こんなクダラネェこと)」
「お嬢って言うな(クダラネェ言うな)」
ブリジットとコルムはいつものやり取り。
*
二階。
ディアミドは自室で麦茶を淹れていた。
麦茶はフロストランドから入ってきたもので、エリンでも流行している。
「ふん、小癪な娘だ」
ディアミドはつぶやいた。
*
「おらー、やろうどもー、今日もビシバシいくぞー」
ブリジットは、朝っぱらからデカい声を張り上げている。
「うぃーす」
船団員たちが返事した。
訓練。
ひたすら繰り返して、身体に動きを叩き込んで行く。
有事にはパニックになり、通常通りに動くのは難しい。
考えずに身体が反応するくらいにならないと実戦では通用しない。
「おらぁ、チンタラやってんじゃねーぞ!」
「うぃーす!」
ブリジットが檄を飛ばしたところで、
「ふん、ぬるいですぞ、船団長」
声がした。
ディアミドだった。
「あー!?」
「ディアミド船長!?」
ブリジットとコルムが目を丸くしている。
「私が歩兵隊に居た頃は、隊員を厳しく律したもんですぞ」
ディアミドはブチブチと文句を言っている。
「船団長!」
「あ、ハイ」
ブリジットは思わず返事する。
「私が船団に入ったからには、今以上に規律を叩き込んでゆきますぞ!」
「ああ、思いっきりやってくれ」
ブリジットはニヤリと笑った。
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