4.大好きな彼
私、どこまでも彼に堕ちてしまったんです。
初めて見たのは、高校生の頃。
秋の文化祭で開催された美男子コンテストで栄えある一位を取った彼は、男女構わずほぼ全校生徒に羨望の眼差しを向けられていました。
容姿端麗、品行方正、文武両道、これ以上ない好青年。
逆に彼を嫌う人間がこの世にいますか、と訊きたいくらいでした。
対する私と言えば、これと言って取柄もなく、まぁ平々凡々。
生まれてからずっと、モブとして生きてきたタイプ。
「普通」に埋もれすぎて、年齢=彼氏いない歴なんて当然の結果という感じ。
だから一つ上の彼と同じ世界線、ましてや同じ学校という環境で同じ空気を吸っているというのは、贅沢の極みと言っても過言ではありませんでした。
そんな彼に叶いもしない恋心を抱き続けていたら、話すどころか視線が交わることもないまま、あっという間に半年が過ぎました。
私は学年が一つ上がり、真ん中の学年に。
当の彼はというと、学校から姿を消しました。
そうです、卒業してしまったんです。
なんとまぁ、残念な結果。
一度くらい声を掛けに行けばよかったのに、と思う人もいるかもしれませんが、それができるほど私はスクールカーストの上位にはいないので仕方ありません。
「華」を失ってしまうと、学校生活はよりつまらなくなりました。
いつもの時間に登校して、一向に進まない長針と黒板を交互に見ながら退屈な授業をやり過ごし、帰宅部らしく家に直帰する。
そんな当たり前と言えば当たり前の生活が一年続き、気づけば最高学年になってしまいました。
ここでぶつかるのが、進路の壁。
将来の夢なんて毛頭なく、高校だってとりあえず進めば何とかなるだろう、となるようになるさの精神で生きてきた私には、進路なんて言葉がピンと来ませんでした。
でも進路希望調査の用紙を渡されたら、書かざるを得ません。
何になりたいか、何をしたいか、何を勉強したいか。
ここに来て、初めて真剣に悩みました。
各大学や専門学校のパンフレットを端から端まで読み漁ったりもしました。
すると一つだけ、ここだと思う学科が見つかったんです。
生まれて初めて、ここに行って、こうしてああして、ああなって、なんていう未来図を思い浮かべることができたんです。
それはもう、感動としか言いようがありませんでした。
そこからはもう単純。
進路指導の先生に、私の学力に合うレベルの学校をいくつか見つけてもらって、その中からより行きたいと思えるところを選んで、何としてもそこに入ろうと必死に勉強しました。
初めは渋い顔をしていた親も、私の真剣さに首を縦に振ってくれるようになりました。
そして訪れた受験日。
悴む両手をカイロで温めながら入室した部屋。
周りは圧倒的男子で、なんとなくアウェイな雰囲気でしたが、これから先の未来図を思えば、黒い学ラン集団に囲まれながらの受験も怖くはありませんでした。
「始め」の合図で問題用紙をひっくり返し、シャーペンを手に取って無心で説いていたら、心配の種だった周りのカリカリ音もページを捲る音も、全然気にもなりませんでした。
勉強したことを全て出し切ったら、試験終了の合図とともに疲労と達成感がどっと体に押し寄せて、全身が脱力してしまいましたけどね。
その日から一か月。
頑張った結果が出ると涙が出るほど嬉しいものですが、そこからは怒涛のように入学準備やら引っ越しやらに追われて記憶も曖昧で、取り留めて思い出と言えるようなことはなかったように思います。
ただ覚えていると言えば、これで一歩、あの彼に近づけたという幸福感がいつも心の片隅にあった、ということでしょうか。
新しい生活は、とても充実していました。
だって、勉強する何もかもが新鮮で、高校生活で学んだことは一体どこに役立つのだろうと思うくらいだったんです。
好きなこと、興味深いことばかりを勉強すればいいなんて、こんなに心がときめくことはありません。
見る見るうちに、今まで中の中くらいだった私の学力は群を抜き、教授も一目置くような存在になりました。
数年そうやって過ごし、また訪れた人生の分岐点。
普通に就職するか、研究職に就くか、はたまた別の何かを目指すか。
教授に進路を訊かれた私でしたが、答えは一択しかありませんでした。
そうした過程を経て、現在に至るわけです。
私はいつしか、少しは名の知れた研究者になりました。
研究分野はそうですね、電気工学に近いと言いましょうか。
詳しく話すと難しくなるので、その程度にしておきます。
きっと話したところで、理解ができないと言われるかもしれませんから。
ところで、例の彼には再会できたのか、ですよね。
驚かないで下さい。
私は今、彼の隣にいます。
すごいでしょ。
え、どうやって高校卒業した後の彼の動向を知って追いかけたのかって?
何を言ってるんですか。
そんなの、名前と顔しか知らないんだから、無理に決まってるでしょう。
ますます意味がわからないって?
わからないなら、そのままで結構。
だって私は今、こんなに幸せなんですから。
たとえ隣の彼に、体温がなくたってね。
海の備忘録 海月𓈒𓂂𓏸 @novel_kurage
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